第2話「ゲーマー都市、国津市」

 入学式とホームルームが終わり、明日から本格的な授業が始まることになった。

 そうとなれば学校に用事はなく、ゆうはまこととそそくさと教室を出る。

 はずだった。

 だが、ひそひそとクラスメイトがささやき合う中、見事にガッチリ捕獲されてしまう。

 優の手を取ったのは、美しく、そしてでっかく成長した刹那せつなだった。


「途中まで一緒に帰ろう、優。まことも、ほら」

「はぁ? 優はともかく、なんで俺まで手を繋がなきゃいけないんだ」

幼馴染おさななじみだろ? 昔みたいにわたしと仲良くしてほしい」

「仲良くって……そういうのは優とやれっての。彼氏はそっちじゃんか」

「うん、だからもうしてる」


 なんだか、町中を歩いてても落ち着かない。

 横を見上げれば、怜悧れいりな無表情が涼し気だ。突然、激しい身長差があるので母に手を引かれてるようなものである。

 まことほどじゃなかったが、優も男子としては小柄な方だ。

 それに比べて刹那は、ざっと185cmはありそうな長身である。


「ちぇー、なんだよお前、保護者かよ。昔は守られてばっかりだった癖に」


 などと言いつつ、渋々まことも刹那の手を繋ぐ。

 見た目は完璧に『お姉ちゃんに連れられた弟と妹』である。

 なんだこれ、ちょっとなにこの雰囲気。

 だが、優はそこまで嫌ではないのも確かだ。

 刹那には確かに、あの日の泣き虫の面影おもかげがある。


「よし、わたしは先週この街に戻ってきたんだ。10年ぶりだからな……昔みんなで行ってた、駄菓子屋だがしやに行ってみようと思う!」

「あ、それね、刹那」

「あの店のおばあちゃん、施設に入ったからお店を閉めたんだ」


 初めて刹那が、真顔以外の表情を見せた。

 はっきり「え」と不安を口にする。


「じゃ、じゃあ、いつも遊んでた空き地は」

「宅地整備でマンションが建ってるよ」

「なんと……ううむ、どうしよう。この街は確かに、変わってしまったんだな」


 グヌヌと唸る刹那の感慨ももっともだ。

 ここは国津市くにつし、東京都の隅っこにある小さな街だ。

 しかし、10年前とは何もかも違う。

 片田舎かたいなかの雰囲気を残した下町はそのままに、そこかしこに高層建築が立ち並んでいる。巨大なショッピングモールもできたし、以前より格段に華やかである。

 なにより、東京都の実験構想によって、通信環境が素晴らしい。


「逆にさ、刹那。僕たちが案内するよ」

「そうそう! 10年ぶりの里帰りだろ? 行こうぜ、色々すげえんだから、国津市」


 刹那は手も大きくて、でも柔らかくて暖かい。

 ギュッと優が握れば、迷わずしっかり握り返してくる。

 だが、突然刹那はキリリと表情を引き締めた。

 そして、二人をかばうように背に回して振り返る。


「だ、そうだ……お前も隠れてないで一緒に来るか? 斗馬とうま


 突然の言葉に、優は驚いた。

 そして、背後の物陰から一人の少年が歩み出てくる。

 全く気づかなかったが、学校からずっと斗馬がついてきたらしい。

 少しバツが悪そうに、彼は両のポケットに手を突っ込みながらしゃに構える。


「チッ、背格好ばかりか声までデカくなりやがって」

「フフフ、もういじめられてた時のわたしではないのだ。昔のよしみだ、仲良くしてやってもいいぞ?」

「ケッ、だーれがっ! ……そ、そういやさ、刹那」


 不意に斗馬は口ごもった。

 意外に思った優だが、同時に変わってないなとも思う。

 乱暴者だが変に繊細で、悪ガキだが悪人ではない雰囲気。いじめっことして昔から鬱陶うっとうしく絡んでくるが、時折斗馬はそういう顔を見せる。


「……親父おやじさん、元気か?」

「ん、パパか?」

「他に誰がいんだよ」

「パパ……パパは、今」

「ま、まさか」

「太った。あと、引退した。今はラーメン屋をやっている」

「そ、そっか。って、そういう話はいいんだよ!」


 自分から投げておいて、ブンブンと斗馬は頭を振って話題を霧散させる。

 そして、制服のポケットからオプティフォンを取り出した。

 ――

 それは、かつてスマートフォンと呼ばれていた多目的携帯端末の最新版。ジッポーライター並みの小ささが主流だが、一部の人間にはまだまだ板状のタイプが人気である。

 何故なぜなら、


「おい優、俺と勝負しろ」

「僕が? なんで」

「いいから見せてみろってんだよ! お前の、ファイテング・ギグセブンの腕前をよぉ!」


 斗馬はオプティフォンをゲームのコントローラーのように両手で握った。

 そして、親指をそっと滑らせる。

 たちまち無数の光学ウィンドウが浮かび、その中から人の姿が拡大される。

 あっという間に、目の前に等身大のゲームキャラクターが現れた。

 AR機能を用いた立体映像だが、あまりの臨場感に誰もが振り向く。そして、この街ではこうしたデータサイズの大きなゲームも都市機能が自然と補佐してくれる。

 勿論もちろん、住人にとっては日常茶飯事の出来事だった。


「おっ、なになに? ファイギグファイティング・ギグⅦすんの?」

「おーい、野試合だぞー! 共有、拡散してやろうぜー」

「ランカーかなんか? 最近はガキも強いからなあ」


 この国津市は、ちょっとしたARゲームのメッカである。買い物は秋葉原、そして遊ぶなら国津市というのが最新のオタク事情という訳だった。

 斗馬が出したキャラクターは、厳つい筋肉質の大男だ。

 その筋肉の盛り上がりは、パンプアップの熱が伝わってきそうである。

 ピッチピチなシャツに青いジーンズ、そして赤いベスト。

 ちょっと顔は、どこかで見た誰かに似ている気がした。


「これが俺のエディットした持ちキャラ、オルトロスだっ!」

「あ、うん」

「……おうこら、優! 刹那もまことも! リアクション薄いなおい!」

「いや、よくできてるね。公式のデフォルトデータ未使用、完全純度100%のオリジナルなんて珍しいよ。ね、まこと」


 うんうんとまことも流石さすがに感心した様子だ。彼もすぐにオプティフォンを取り出し、表示されたオルトロスの画像を拾ってゆく。

 まことは以前からずっと、ファイテング・ギグⅦのアセンブラーだ。多種多様なデータを統合して、一人の電脳格闘家ファイターをこの世に生み出すのが趣味なのである。


「へーっ、見て優。このキャラ、かなり連勝してる」

「斗馬の腕もあるのかな。かなり完成度が高いね」

「ふむふむ、ふーむ! おしっ! サンキュな、斗馬。勉強なったわ、もうしまっていいよ」


 まことの言葉に「ああん?」と斗馬が凄んで来る。

 どうやら対戦は不可避のようだった。

 きょとんとしてしまった刹那の手を放すと、優もオプティフォンを取り出す。


「まあ、ランキングのポイントは欲しいしね。99秒で3本勝負、2本先取で勝ちでいいかい? 斗馬」

「おうっ! 来いよ、オタク小僧! ブッ潰してやる」

「いや、君のキャラも相当のもんだと思うよ? ……いいね、やろう」


 小柄で華奢きゃしゃで優男、そんな風体の優にも実は、闘争心がある。それも、普段隠してるだけで、人並み以上の負けず嫌いでもあった。

 普段の生活で、優の本性が現れることはない。

 どこまでもぼんやりとした、影の薄い陰キャである。

 だが、ファイテング・ギグⅦのプレイヤーとしては別だ。

 そっちこそが、仮面を脱ぎ捨てた本当の優なのだ。


「まこと、アセンどこまで進んでる? 仮組みくらい?」

「仮の仮組み、かな。現状動かせるけど」

「けど?」

「動くだけだよん? コマンド設定とかは一通り済ませてるけど」

「オッケー、やってみよう。ついでにシェイクダウンだ」


 優のオプティフォンからも光が広がり、周囲で脚を止めた通行人たちが盛り上がり始める。あっという間に人だかりができて、道行くサラリーマンも買い物途中の主婦もオプティフォンを向けてくる。

 オーディエンスの数は、その場の通信環境を補強してくれる。

 それに、最新のライブ中継が今も全世界に配信されているのだった。

 そして、優がまことと作ったキャラクターが表示される。

 瞬間、周囲の緊張感が緩んで、斗馬の高笑いが響く。


「プッ! ハハハッ! なんだそりゃ! ちいせえキャラだな、しかもタヌキかよ!」


 そう、

 キャラの外観はさまざまで、公序良俗こうじょりょうぞくに反しない限り自由とされている。

 ロボットでもいいし、怪獣でもメイドでも女子高生でもいい。

 そして、まだまだアセン中の優のキャラは今……仮にタヌキの姿を与えられていた。その身の丈は、オルトロスの半分しかない。

 おまけに、なんだかコミカルで手足もデフォルメされた短さだった。


「お前なあ、優よお! めてんのか、ああ?」

「いや? 僕が自分でモーションキャプチャリングしたけどね……思うようにいいデータが取れないんだ。これが精一杯さ。でも、これが今の僕の……僕たちの」

「俺たちの全力全開だぜっ!」


 まこととうなずきを交わした瞬間、両者のアプリがマッチングを終えて、ゴングが鳴る。空間を共有するこの場の全てのオプティフォンが『Session.1セッション・ワン! Readyレディ……Goゴー!!』と電子音声を響かせた。

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