塩谷さんは甘くない!

ながやん

第1話「その子は今は、デカくて美少女」

 神音優かみやゆうの高校生活が始まった。

 そして、試行錯誤の日々は続いていた。


「やっぱ、素人しろうとのモーションキャプチャーじゃ無理だよ、優」

「かなあ。公式のデフォルトサンプリングデータを使うか?」

「えー、それって微妙じゃない? やるからには勝つ、勝つためにはいいキャラを作らなきゃ」


 入学式を待つ教室で、同じクラスになった少女が語気を強める。そのハスキーな声は、実は彼が男子であることを如実にょじつに物語っていた。

 名は、いぬいまこと。

 この春女装デビューを飾った、小さい頃からの親友だ。

 そして、二人はひたいを突きつけるようにタブレットをにらむ。

 そんな時、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。


「よぉ、優。それと、そっちはまことか? やべ、まじで女の格好してんのかよ」


 顔を上げれば、これまた見慣れた長身がニヤニヤと笑っていた。

 小学校の頃からの腐れ縁で、やたらと絡んでくる知り合いだった。彼も高校デビューを気取っているのか、髪を金髪に染めて制服を着崩している。

 優はこの少年が苦手だった。

 どういう訳か、幼い頃からすぐに突っかかってくる。

 だが、飽きずにまことが立ち上がって声を張り上げた。


「別にいいだろ! 落ち着くんだよ、スカート。それに、学校の許可も取ってる」

「ふーん? ま、別にいいけどよ。女の腐ったような連中同士、仲がいいこって」

「それ、女の子にも失礼だって。いいからあっちいけよ」

「……んで? 例のデータ作成は進んでんのか?」


 シュッ! とこぶしが空を切る。

 不良一年生のヤンキー気取りが、まことの鼻先にパンチを突き出したのだ。それで思わず、背後に崩れるようにまことは椅子へ落ちる。

 いつもこれだ。

 空手をやってるとかで、すぐに力をちらつかせてくるのだ。

 見れば、教室のざわめきも優たちに注目していた。

 やれやれと優は言葉を選ぶ。


「えっと、宇野うの君。夏までには間に合わせるつもりだし、大会にも出るんだ。去年から準備してるし」


 厄介な少年の名は、宇野斗馬うのとうま

 いわゆる典型的なガキ大将で、そのまま小中とスクールカーストの上位に君臨してきた。優やまことのような、いわゆるオタク系とは真逆の存在である。


「優よお、手こずってんだろ? ……俺が手伝ってやてもいいんだぜ?」

「あ、それはいいよ。いらない」

「ッ! なんだよ! お前っ、勝ちたくないのか? 本戦に行って、優勝すんだろ! あの、ファイティング・ギグセブン! ワールド・ストリート・チャンピオンシップ2045によぉ!」


 ――ワールド・ストリート・チャンピオンシップ。

 通称、WSC。

 大人気格闘ゲーム、ファイティング・ギグⅦの世界大会である。

 出場者は、自分でメイキングしたキャラクターのデータを用いて、1on1タイマンの異種格闘技バトルを繰り広げるのだ。

 優とまことは、このゲームをやり込む仲間なのだ。

 そして、同志……タッグを組む強力なパートナーである。


「俺がやってやるよ、モーションキャプチャー。こう見えて空手五段だぜ?」

「遠慮するよ、宇野君」

「ああぁ!? なんでだよっ!」

「本当にいいキャラを作りたいんだ。一年に一回のお祭りなんだしね」

「どーいう意味だぁ? ええ、おいっ!」


 心底面倒だが、暴力を振るわれた経験はない。

 斗馬は空手の技を見せることはあったが、一度も殴ってきたことはなかった。その虚勢すら、優たちには鬱陶うっとうしいのだが。

 だが、今日は突然異変が起こった。

 そう、異変だ……非日常だ。

 全くありえない声が割り込んできたのだ。


「ちょっとまない、取り込み中か? わたしはその男に……神音優に用がある」

「ああ? 見てわかんだろ、すっこん……で、ろ……デカッ!」


 振り向いた斗馬が固まった。

 そして、クラスの誰もが息を呑む。

 優はまことと一緒に、ずずいと前に出てきた少女を見上げた。

 凄く、背が高い。

 あの斗馬よりも頭半分くらい高い。

 まるでスーパーモデルだ。

 長い長い銀髪をポニーテイルに結っているが、なんだか江戸の剣術小町サムライしょうじょみたいなオーラがある。

 彼女はゆっくりと、優とまことを見渡した。


「神音優、15歳。東京生まれの東京育ち、血液型はA型、2030年2月18日生まれ」

「あ、はい。……どこでそれを?」

「そっちのは、恋人か? 付き合っているのか? ……いや待て、違うな。お前は乾まことか。二人共久しいな」


 妙に圧が強い、真顔の美少女だ。

 そして、何故なぜか優には見覚えがあるような、そんな面影おもかげが脳裏にちらついた。

 だが、斗馬は黙ってはいなかった。


「おうこら、デカ女っ! 俺が喋ってんだろ、優と!」

「そういうお前は……ああ、宇野斗馬か。相変わらずだな」

「ああ? って、お前……え、えっ? もしかして、お前」


 表情に乏しく、声も平坦で抑揚よくようがない。

 なのに、その少女は歯切れ良い言葉で謎を振り撒いていく。

 そして、ようやく優は思い出の化石を掘り当てた。


「あれ……もしかして、刹那? 塩谷刹那しおやせつな、さん?」

「そうだ。9年と128日ぶりだな、優」


 むかしむかし、大昔……確かにそんな小さな友達がいた気がする。いつも斗馬にいじめられてた、小さな男の子だ。

 けど、違った。

 違ってしまった。

 実は刹那は女の子だったし、見るも立派に成長してしまったのだった。

 その刹那が、くすりともせずに真っ直ぐ優を見詰めてくる。


「で、どうなんだ、優。付き合ってるのか、まことと。恋仲か」

「あ、それは違うけど……でも、今でも仲がいいよ。親友」

「そうか、よかった」


 素直に再会は嬉しいが、様子がおかしい。

 まだ、異変としか言えぬ微妙な雰囲気に空気は凍りついている。

 そして、面倒事を裂けてか他のクラスメイトは遠巻きに見守るだけだった。

 そんな周囲を気にせず、見違えた刹那は突然断言した。

 そう、それは正しく……告白だった。


「優、昔からお前のことが好きだった。わたしと恋愛関係になってほしい」


 突然の爆弾発言に、教室が静まり返った。

 ホームルームのために来た、新しい担任教師すらも固まっていた。

 優も目を白黒させながら、何度も言われた言葉を反芻はんすうする。

 眼の前に今、どうだと言わんばかりにフンスと鼻息も荒い、刹那の姿が眩しい。本当に別人みたいで、でも瞳のうつろな光は確かにあの日の刹那だった。

 結局、優は深く考えずに「いいよ」と頷いてしまった。

 アニメやマンガみたいな再会は出逢いで、そして新しいドラマが始まるのだった。

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