第22話「愚者と勇者の武闘祭」

 春の祭典が始まった。

 否、それは地獄のデスゲーム……ファイティング・ギグセブンの世界統一イベント、スプリング・デスランブルが開幕したのだ。

 その瞬間を、ゆうは学校の教室で迎えた。

 本日午後0時、正午にゴングは音もなく高鳴る。

 昼休みに入ると同時に、教室内も騒がしく盛り上がった。


「おいっ、オプティフォンだ! もう始まってるぞ、ネットで見ようぜ!」

「推しのチャンネルに課金しなきゃ! 町中バトルだらけね!」

「早速三年生の教室でバトル発生らしいぞ! 先生たちに怒られるんじゃ」

「……フッ、遂にこの時が。さあ、やろうぜ! ……だ、誰か、対戦してください……小生しょうせいと……」


 改めて優は、全世界規模の一大エンターティメントに驚く。

 大昔は、格闘ゲームといえば一部のマニアが愛好する日陰の趣味だった。それがやがて、競技性の高い名作が多数出そろい、eスポーツとして認識され始める。

 1on1タイマンの対戦格闘技は、一目瞭然いちもくりょうぜんで観る者に直接興奮をもたらした。

 技も知識もわからない、それでも試合の凄さは誰にでも伝わるのだ。


「ちーっす! ユウユウ、なんか校内盛り上がってるけどー、なーんかあった?」


 まことと今後の話をしようと思って、立ち上がった優に抱き着いてくる影。それは、三年生の塔子とうこだ。彼女はいつも距離が近くて、ついドギマギしてしまう。

 しかし、この陽キャの見本市みたいな先輩が、この大イベントを知らないとは意外だ。


「ど、ども、塔子先輩」

「はいはーい、パイセンですよー? って、ありゃ? 斗馬とうまっち、知らない?」

「あれ? そういえば……」


 ふと教室を見渡せば、斗馬の姿が見えない。

 しかも、机にはかばんがなかった。


「あっ! あんにゃろー、フケやがったぽーい! 彼女様を放ってかよー、うー!」

「ま、まあまあ、塔子先輩」

「しゃーないね、うん。じゃ、ユウユウにまことっち! ランチを……ん? 刹那せつなっちは」


 まことは相変わらずコンビニのパンやおにぎりを持参で、早くもオプティフォンをネットに接続している。

 しかし、刹那は机に突っ伏して寝ていた。

 授業中は起きてたような気がするが、ちょっと自信がない。

 優が近付きそっと肩に触れると、じっとりジト目で彼女は身を起こした。


「大丈夫? 刹那」

「お腹、減ったぞ。なんだか力が出ないんだぞ」

「減量、てこずってるね」

「あと3kgが、なかなかなんだぞ。でも、ようやく、お昼ご飯……」


 もそもそと刹那が、鞄から弁当箱を取り出す。

 彼女の昼食は極端に少なく、それを補うために別の容器にフルーツが入っていた。刹那の肉体を維持するためのカロリーは、果たして足りるのだろうか?

 恐らくギリギリの線だろう。

 専門のトレーナーである咲矢さくやも側にいるから、一応は安心なのだが。

 その、ままごとの玩具みたいな弁当に塔子は目を丸くした。


「えっ、刹那っち!? それ、足りるー? パイセンがおかずわけたげよっか?」

「え、遠慮するぞ……気持ちだけ、うん。ありがと、ござます」


 すかさずまことが説明の言葉を差し込んだ。

 今、修斗しゅうとの大会に向けて刹那は減量中であること。階級はそのままライト級なのだが、ここ最近遊びまくって食いまくってたので、完全にウェイトオーバーなのだと。

 塔子も驚いた様子だったが、ふむふむと納得してくれた。


「そっかあ、刹那っち。がんばんなよー? あーしも応援してるし」

「お、おう……試合が、終わったら、焼肉……豚まん、おしゅし……アイスクリーム」

「うんうん。食べな食べな―? 試合終わったらね。いつ? 応援いくし!」

「一週間後。都の体育館で。全国大会の、東京都Bブロック予選――」


 その時だった。

 ノートパソコンも開いていたまことが、突然ガタン! と椅子を蹴る。

 ほとばしる絶叫が、あっという間にクラスメイトたちを集めてしまった。


「斗馬、もうバトってる!? 学校サボってなにやってんだ、あいつー!」


 殺到する周囲も、ノートパソコンを覗き込んで「あ、ホントだ!」「このキャラ、斗馬のじゃん」「やべ、動画撮れ動画!」「どっち勝ってんのー?」と口々にさえずる。

 その人混みからそっと離れつつ、優もオプティフォンで動画を探す。

 今まさに、通行人の生配信で試合が中継されていた。

 無表情でもぎゅもぎゅと大豆ハンバーグを食べる刹那を尻目に、優は映像に引き込まれた。背に乗っかるようにして、背後から塔子も画面を凝視する。


「ありゃ、斗馬っちじゃん」

「相手は……どこかで見たことあるな、この、なんていうか」

「軍人さん? なんつーの、この迷彩コーデ」

「このキャラ、どこかで……あっ」


 すぐに優は思い出した。

 今まさに、この街のどこかで斗馬のオルトロスと向き合う対戦相手。見るからにいかつい、巨漢の迷彩服姿は屈強な兵士を思わせた。精密にモデリングされたキャラクターは、筋肉の躍動までこちらに伝わってきそうな迫力がある。

 そう、このキャラはある意味で有名なプレイヤーのものだった。


「……斗馬、初っ端しょっぱなからまずい奴に当たったね。っていうか、斗馬から挑んだのか」

「ん? ちょっと、ユウユウ! どゆこと?」

「このキャラは、この国津市くにつしじゃちょっと有名なんだ。サージェント・グレイ、そのプレイヤーは……世界ランキング4511位、†紅蓮の黒騎士ヨシオ†@彼女募集中」

「は? いやいや、ちょい待ち……なんて?」

「†紅蓮の黒騎士ヨシオ†@彼女募集中、多分ハンドルネーム、偽名だよね」

「……紅蓮って赤だから、黒騎士じゃなくね?」

「そこは突っ込まないであげて、塔子先輩」


 ヨシオは有名な凄腕プレイヤーだ。

 どっちかというと、イメージの悪い意味でだが。

 そのプレイスタイルを見て、やはりかと優も中継を睨む。

 斗馬のオルトロスは、完全に攻めあぐねていた。


「……なんか、動かなくね? ユウユウ、これって」

「うん。先輩、ヨシオのサージェント・グレイは……

「つまり?」

「見てて、ほら」


 徹底した消極的な逃げのスタイル。互いに技を競うのがファイティング・ギグⅦだが、ヨシオ何某なにがしの戦術は誰からも忌避きひされる。さりとて、ルール違反ではないので立ち向かうしかないし、攻略できなければ負けるだけだった。

 守りに徹して、自らは絶対に攻めない。

 飛び道具や牽制技等、リスクの少ない技しか出さずに下がり続けるのだ。

 流石さすがの斗馬も、苦戦中である。


「めっちゃ卑怯じゃん!」

「これもまた戦術、僕も好きではありませんがファイトスタイルの一つですよ」

「男らしくなーい、キンタマついてんのかー!」

「ちょっと、塔子先輩。言い方、言い方」

「この背景……駅前じゃん! ちょっとあーし、行ってくる!」


 塔子は猛ダッシュで教室を去っていった。

 そして、まことを中心にギャラリーしている面々も盛り上がっている。盛り上がってはいるが、徐々に白けたムードが漂い始めていた。

 動きがないし、派手な駆け引きもない。

 斗馬のオルトロスが攻撃を出せば、そこにカウンターを合わせるだけの作業。

 徹底して受け身の相手に、さぞかし斗馬もれてるだろう。

 だが、うさぎ型に切ったりんごを食べながら刹那がぼんやりつぶやいた。


「斗馬、勝つぞこれ。わたしにはわかる、気がする」

「やっぱり? うん、僕もそう思う」


 妙な確信を共有する優と刹那。

 そして試合が動いた。クラスメイトたちからも「おおおおお!?」と歓声が上がる。どんな時でも斗馬は斗馬、そして……彼のリスペクトするマスク・ド・ケルベロスは決してひるんだり逃げたりしない男だったのだ。

 優はそんな彼の思考に先回りするように呟く。


「まずは距離を詰めつつ……そう、ジャンプはしない。前へ、歩く。少し下がって、そう」


 距離をずらしつつ、奥へ手前へ、前へ後へとオルトロスが脚を使う。だが、決して安易なジャンプ攻撃に先走ったりしない。

 飛べば、無敵の対空技で迎撃されてしまうからだ。

 また、下手に手を出しても同じ……攻撃の喰らい判定、伸ばした身体の一部がバッサリだ。それができるから、サージェント・グレイは亀になって鉄壁の構えなのだ。


「焦らず、相手の空振りを……今だね」


 オルトロスは距離を変え位置を変え、巧みなステップワークで相手を翻弄ほんろうした。その時、サージェント・グレイが根負けして先読みの迎撃技を放つ。それは無敵時間もある強力な蹴り上げだったが、技名すらわからぬ間に決着へと試合が動いた。

 そのキックは天高く空をいて……ギリギリでオルトロスをかすめて空振りに終わった。

 瞬間、双頭の番犬オルトロスが躍動する。

 硬直時間中のサージェント・グレイは、あっと言う間にコンボでダウンし、画面端へと追い詰められた。みるみる弱っているように見えて、あとは観戦するまでもなかった。


「な? 斗馬の勝ちだ……でも、優でも勝てるぞ、多分」

「だといいよね。でも、これで斗馬はランクアップ、一気に僕をランキングで抜いたことになる」

「そうなのか?」

「イベントバトル、スプリング・デスランブルは……。普段のポイントを稼ぐバトルと違って、相手のランキング順位を乗っ取れるんだ」


 そう、例えば今この瞬間……もし優が十伯爵テン・カウントの一人、世界ランキング7位の吉乃よしのを倒せば、その瞬間から優が7位、十伯爵入りである。

 だから、このイベントはデスゲーム。

 誰もが世界中で、自分より格上に挑む武闘祭なのだった。.

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