第23話「春に煌めくデスゲーム」
かくして、狂乱の宴が開幕を迎えた。
スプリング・デスランブル……うたかたの春に悪夢が試練を振りまく。
今、世界中のゲーム小僧たちは地獄の鎌に放り込まれた。普段の、ちまちまとランキングポイントを稼ぐ戦いとは違う。
相手に勝てば、相互の順位を入れ替えられる。
この瞬間なら。誰でもナンバーワンを倒すだけで頂点に駆け上がれるのだ。
そんな狂奔の坩堝に、優たちも叩き落された。
――筈だった。
「優、全部の技のバランス取り、終わった。細部を詰めたから、トータルで見てみて」
今日もかわいいを作り込んでるまことが、データを回してくれる。それをオプティフォンで受け取る優は、すぐさま自分の相棒を目の前に実体化させた。
等身大の少女が、ファイティングポーズに身構え現れる。
刹那のモーションを受け継ぎ生まれた、カナタ……優が魂を込めて戦えるだけの器、戦士だ。格闘ゲームプレイヤーたる優の、戦場での肉体そのものである。
「ん、いいね。ありがとう、まこと。いつもながら完璧な調整だよ」
「まーねっ! ……はあ、俺にできることもここまでかあ」
ここは槙島のジム、その片隅である。
老若男女がフィットネスなりなんなりに汗を流す中、隅っこを借りて最終調整の真っ最中だった。優の操るカナタは、その完成度を高めて完全体になりつつある。
だが、その元となった生みの親、モーションを提供した刹那はグダグダだった。
ふとジムの中央を見れば、リングの上で刹那はスーパー賢者タイムに入り浸っていた。
ジムのオーナーにして刹那のトレーナー、咲矢の声が響き渡る。
「だーかーらー! こらっ、刹那ちゃん! 動けっ、攻めて! なまけるなっつーの!」
「うあー、力が出ないぞ……ハラペコなんだぞ」
「うるせえ、このリア充巨娘! ああくそ、フィジカル激強かよ……サイドで抑えてポイント取ったら、さらに攻めろっての!」
「あー、うん、そうだなあ……そうだった、うん。そういう練習だった」
リングの中央で、咲矢は塩漬けになっていた。
最もしょっぱいスタイル、フィジカルに物を言わせての抑え込みだ。咲矢は鍛え上げられてても小さいし、体格差のある刹那はボーッとしてても抜かりないテクニックを発揮していた。
そして、サイドからの抑え込みをしっかりキープしたあとで、刹那が動く。
それは同時に、反撃のために咲矢が下から攻めるのと同時だった。
「くっそー! ガードポジションに戻してえ、からの! 思い知らしてやるわあ、小娘!」
「あっ、それ……前に習ったやつだぞ。デラヒーバ対策は、わたしなりに考えてきたんだぞ」
まるで滑るように、咲矢のグラウンドテクニックが滑らかに輝く。
ちょっとした隙に、塩漬けで抑え込む刹那の下に風が走った。シュパパパと嘘みたいな衝撃映像を優に見せつけて、咲矢は刹那を押しのけつつ寝たまま主導権を握った。
ようだった。
でも、デラヒーバガードと呼ばれる攻撃的なディフェンスは崩された。
下からじっくり攻め直そうとした咲矢が浮き上がる。
「力こそパワー……マットから引き剥がせば関係ないんだぞ!」
寝転ぶ咲矢の襟首、ラッシュガードを両手で掴む。
彼女はそのまま、握力と腕力で小柄な相手を持ち上げた。
咲矢のびっくりする顔が優には見えた。
刹那はそのまま、リフトした小さな咲矢をマットに転がす。叩き付けなかったのは、いわゆるバスター……反則行為と取られるかもしれない投げを避けたのだ。
それでも、空中で奪われた自由を咲矢は取り戻せない。
そこに刹那のサブミッションが炸裂した。
「お、おおう……はらぺこで全力が出ないのに、咲矢さんに勝ってしまったぞ」
「はい、そーです! 刹那ちゃんの勝ちでいいから、いてて! ギブ、ギブッ! 極めが強過ぎるっての、タップしてるっつーの! 離れろバカ巨娘!」
刹那は咲矢をそっとマットの上に放った。
それでも、受け身を取って身構えた咲矢は流石に玄人だったと思う。
だが、刹那はすぐに咲矢の細い足を抱えて捩じる。
完全に極まったアンクルホールドは、カナタにも受け継がれた彼女の得意技の一つだ。
「いたた……おおやだ、やだやだ。ざっくり雑に負けるの、超嫌だ……凹むなあ」
踵のあたりをさすりながら、解放された咲矢が立ち上がる。
彼女は改めてフィットネスの担当者に指示を出しつつ、捩じり上げられた右足を引きずって優たちの前にやってきた。
無論、どこか心ここにあらずな刹那も一緒である。
「優君と、まこと君だっけか。いらっしゃい、調子どう? ファミコンのゲーム、進んでる?」
「咲矢さん、ファミコンじゃないですよこれは。でも、ええ……いい感じです」
「アタシから見れば一緒よもぉ……あーやだ、元カレ思い出した、ピコピコ毎日ゲームやってた記憶が蘇った! ……まあ、付き合ってないからノーカンか、それより」
咲矢の言葉尻を刹那が拾う。
こうしている今も、優はまこととデータの整理をして、キャラの調整に没頭していた。学校では昼休みに、斗馬の激闘を見ていたのにだ。自然と芯から燃え上がれる、最高に熱いバトルを見たあとでも……優は平常心でカナタの精度を高めていた。
「優、ファイティングナントカのイベント、始まってるんだぞ!」
スパッツ姿の刹那がリングを降りて迫ってくる。
だが、優はオプティフォンが映し出す映像と数字に集中していた。
そして、まことが本音の本心を代弁してくれる。
「優、バトルしなくていいのか! なんか、ゲームのイベントなんだぞ!」
「今はまだいいんだ、刹那。それより」
汗だくで今、刹那は肩で呼吸を貪っている。
どうやら、減量がきつくて体力のコントロールが上手くいっていないらしい。見た目はしゃんとしてても、優には刹那の消耗度合いがはっきりとわかった。
我慢に我慢を重ねた減量の中で、来週までに体重を落とさなきゃいけない。
そのことでナイーヴになってても、刹那は優を心配してくれた。
だから、隠し事なく全てを優はさらけ出して伝える。
「それなんだけどね、刹那。優も、咲矢さんも」
咲矢は無限にグルグルパンチを繰り出していたが、右手を突き出した刹那に押し止められている。悲しいかな、物理的なリーチの差は決して揺るがない。
それでも、悲しい独身女の苛立ち攻撃を遮り、刹那は微笑んだ。
「わたしは優を、優の操るカナタを信じてるんだぞ」
「ありがとう、刹那……このキャラは、信じるに足る努力の結晶、僕が知る限りの最強の格ゲーキャラクターだよ!」
断言した、はっきりと言い放った。
その言葉の通りの意味で、口にすれば決意を揺るがないものにした。
刹那によって生まれたカナタで、世界を取る。
この惑星で、一番強いゲーマーとして頂点を極める。
それだけは常に、優の中では確かな未来のヴィジョンだった。
「優……だからこそ、すぐにでもバトルなんじゃないのか! わたしは、カナタはやれるぞ、やれるんだぞ! 戦って、勝つ!」
「いやまあ、それは疑ってないんだよ。っていうか、刹那。信じてる。信じさせて」
「お、え、あ、ぬ、っもっほ! ……はいぃ、それはもう、どうにでも。でも」
「刹那、見てて……ずっと、見ててほしい。僕の戦いはこれからなんだ」
そう、このイベント期間は特別な日常だ。
普段なら、バトルの回数を重ねてポイントを稼ぎ、その質と量でランキングが決まる。
だが、今は祝祭の春を祝う狂乱の武闘祭なのだ。
勝てば、相手の順位を奪える。
特殊なルールの環境下だからこそ、優な静かに牙を研ぐ、
鋭く尖った爪でさえ、使うべき一瞬のために隠して黙する。
「スプリング・デスランブルは特殊なイベント、相手にもし勝てれば、その順位を奪える。なら、セコセコとバトルを繰り返す必要はないよ」
そう、優は今回のイベントを理解し、熟知していた。
、このイベントでは、誰とどう戦うかは意味をなさない。むしろ、余力を残して趨勢を見定め、自分より上のランキングのプレイヤーだけを倒せばいいのだ。
だが、一億位の県内に身を置く優には、狙う相手は限られる。
だから、戦うべき相手、奪うべき高位の相手を今は見定め選別しているのだ。
「咲矢さん、それに刹那も……戦いはもう始まってる。けど、戦い方、戦う相手を見定めてから……僕は、みんなの力を得て本気で戦う」
優なりの決意で、その宣言だった。
そして、焦らず慌てずに大局を見据える少年は現実を見る。
否、見るもの全てを現実として受け入れるからこそ、理解した。
その一報は揺るぎない真実で、その先にこそ明日がある。
衝撃にして待望、祭の今日を沸騰させる言葉がまことから響いた。
「優っ! 高レベルのランカーが駅前商店街に集まってる! 最短で高ランクに行けるイベントだから、みんながっついてる!」
「だね。じゃあ、いこうか」
祭は既に、始まっている。
全世界で数億というプレイヤーの祝祭が、狂気を孕んだ絢爛なる武闘祭として花咲いている。咲いては散り、散るままに咲き狂う。
そんなイベントの爆心地に、今まさに優は踏み出してゆく。
ついてこようとする刹那を、トレーニングのためにジムにいるよう諭して……今この瞬間、優は前代未聞のイベントに向けて決起するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます