第9話「新キャラの産声」

 結局午後は、ゆう刹那せつなでお勉強会となった。

 と、言っても、本来は今日が授業の初日。そこから停学なので、自然と中学生時代のおさらいになる。

 優から見て、刹那の学力はなんだかちょっと心もとない。

 天は二物を与えず、超健康優良児は勉強は苦手なようだった。

 だから、優の教えで丁寧に復習を重ねてゆく。

 刹那の集中力はかなりのもので、あっという間に時間が過ぎた。


「ほほー? 停学初日からイチャラブしてたんだ? へー? ふーん?」


 下校後にやってきたまことは、じっとりした視線ですがめてくる。

 あるがままを話しただけなのに……なんだか優はたじたじである。

 だが、刹那にモーションキャプチャーをお願いしたと伝えたら、まことの顔がぱっと明るくなる。


「それ、いいじゃん! あの身体能力、加えて、シュート? 格闘技やってんだよね」

「MMA、修斗しゅうとね。ジムで見学したけど、凄かったよ」

「でも、これでポンポコ・シリーズも卒業かあ」

「新キャラになるよね、やっぱり」

「体格が違い過ぎるからね。小さい優と違って」

「……背格好はまことだって変わらないと思うけど」


 リビングでそんな話をしてると、優の部屋から刹那が降りてきた。

 だが、彼女はドアから顔だけ出して真っ赤になっている。


「優、着替えた、けど……これは酷いんだぞ」

「あ、小さかった? よね……ごめん。フリーサイズでそれしかないんだ。伸縮素材だから大丈夫かなって」

「胸が、キツいぞ」


 おずおずと刹那が全身を現した。

 裸だ。

 裸に見えるが、全身の肌は顔しか露出していない。ピッチリとした黒いスーツは、装着者の全身をシルエットで浮き上がらせている。

 これは、モーションキャプチャー用のスーツだ。

 全身にセンサーが埋め込まれていて、モーションをデータ化する。

 しかし、大きな刹那にはあまりにもぱつんぱつんだった。


「は、恥ずかしいぞぉ……ゆ、優、まことも……そんなにジロジロ見るなっ」

「えっと、動き難くはない?」

「それは……大丈夫。平気だぞ」


 それとなく優は、部屋着に羽織っていた一枚を刹那にかけてやる。

 羞恥とは別種の熱に刹那は頬を染めた。

 とりあえず、スーツの方はギリギリ問題なさそうだ。

 まこともノートパソコンを取り出し、スーツにキャラメイク用のエディタを繋げる。真っ黒な刹那のスーツに、すっと幾筋もの光が走った。


「リンクは問題ないね。刹那、ちょっとそこで回って見て。はいステップ、一回転」

「こ、こうか? ――とぉ!」


 まことの言葉に、刹那がその場でくるりと一回転。

 長い長いポニーテイルが、尻尾のように揺れた。

 そして、今の刹那の動きが瞬時にまことの元にデータ化される。彼の頷きを拾って、優もファイティング・ギグセブンのアプリを起動し、データをダウンロードした。

 すぐにポンポコ10号が現れ、同じ動作をこなす。


「おお! まこと、優も! ポンポコが回ったぞ!」

「今の、刹那の動きをそのままポンポコ10号にやらせたんだよ」

「バージョンアップして、今はポンポコ11号かな」


 ぐっと身を屈めて、小さなタヌキの立体映像に刹那が瞳を輝かせる。

 そして、彼女はようやく全てを理解したようだった。


「そうか、わたしのパンチやキックが、そのままポンポコの技になるんだな!」

「まあ、このタヌキのアバターも作り替えて、もう少し刹那の体格に合わせるけど」

「そ、そうなのか」

「あ、ポンポコ11号が消える訳じゃないから」

「よかった……うんうん、よかったなポンポコ!」


 撫でようとしても、立体映像だから刹那の手は通り抜けてしまう。

 それでも、どうやら刹那はご満悦のようだ。

 まことはすでに、新しいモーションと一緒に新キャラのクリエイトを開始している。ノートパソコンの画面を優が覗き込めば、今度は人間のキャラクターが生まれ始めていた。

 どこなく、刹那に似ている。

 すらりと背の高い女性キャラだ。


「さて、ガワはざっくりこんな感じかな。どう? 優」

「うん、いいんじゃない? 当たり判定も大きくなるけど、リーチも伸びるからね」

「そうなんだよー、流石さすがにポンポコ・シリーズじゃ限界だろ?」

「限界っていうか、まあ……苦しい局面は増えたよね、ランキングの上に行けば行くほど」


 すぐに刹那が「わたしにも見せてくれ!」と割り込んでくる。

 背後からぐっと覆いかぶさるようにして、優の頭の上になにかが乗っかった。たぷんと重い、そのふくよかな膨らみを敢えて意識しないようにする。

 刹那はそのことには全く気付かずニコニコとしていた。


「わたし、こんなにかわいくないぞ?」

「ま、ちょっとアニメっぽいアレンジはしてあるし。……っていうかさ、刹那」

「ん? なんだ、まこと」

「自覚ないんだね……ちゃんとお肌とか手入れしてる? 髪は?」

「なんだそれ」

「これだよ……俺なんかめっちゃ苦労してるのに。天然の美少女はいいですね、っと」


 ポンポン、ポン、とまことがキーを叩く。

 画面の中のキャラが、少しずつ輪郭を変えていった。細かな手動の修正で、ほぼほぼミニサイズの刹那ができあがる。

 あとは見た目の衣装やカラーリングだけだ。


「つか、髪型とか顔とかも変えられるんだけど」

「わたし、こんなにボインじゃないぞ」

「嘘つけ、なに言ってんだよー」

「それに、まこと。服は……うーん、服……服……」


 その間ずっと、優は頭の上にたゆゆんと確かな重みを感じていた。

 これで無いとか小さいとか言ったら、世界中の女性が大変なことになってしまう。本当によくまあ、こんなにでっかく育ったもんだと優は感心したしあきれた。

 ちょっとなんか、そろそろ脱出したくなってきた。

 顔が熱いし、じわじわと浸透してくる刹那の体温が更に熱い。


「よし、ドレスだ! ウェディングドレス!」

「へー、お前はあのウザいスカートで戦えるんだ? やめとき、キャラのステータスにも直結するんだから、動き易さって。それに」

「それに?」

「予定もないのにウェディングドレスを着ると、婚期が遅れる。らしいよー?」

「むー、それじゃあ……」

「見た目にもこだわりたいんだよね。かわいいキャラ、格好いいキャラ作りたいもん」


 アセンブル担当のまことは、こう見えて凝り性だ。

 キャラに妥協はしないし、ちょっとした優の意見にも耳を傾けてくれる。常に優がベストなプレイで戦えるキャラを作ってくれるのだ。

 ポンポコ・シリーズを卒業したことで、その腕は今度こそ十全に振るわれる。

 心なしかまことも、以前にもまして楽しそうだった。


「ふむ、じゃあ……! プリピュアっぽいのがいいぞ!」

「え、刹那ってそういう趣味? まだプリピュア見てんだ」

「日曜の朝は必ず見るぞ。女の子だからな!」

「こんなにデカくなって、まだプリピュアねえ」


 プリピュアというのは、女児向けのアニメである。小さな子供が見るものだが、どうやら刹那は昔から好きらしい。プリティでピュアピュアな少女たちが変身し、悪と戦うというストーリーだったと思う。

 早速まことが、ざっくり雑にそれっぽいテクスチャを貼り付けていく。


「おお……プリピュアっぽいぞ、まこと!」

「うへえ、ちょっと少女趣味過ぎない? 優はどう思う?」

「えっと、かわいいけど。なんか、技の出が遅そう。フリフリしてるし」


 厳密には、キャラの着衣は大きくステータスを上下させるようなものではない。勿論、ドレスや着物を着せたらモーションに制限がかかってしまうし、それは技の性能に直結する。

 ただ、優は優なりに腕組み考える。

 そしてやっと、刹那の下からそっと離れた。


「とりあえず、露出は低めにしといてね」

「お、出た! 優のむっつり! すけべなエロコス禁止キタコレ!」

「あのさ、まこと……恥ずかしくて困るのは刹那なんだから」

「そうだよなあ、彼女だもんなあ。あーあ、俺も恋人ほっしー」


 正直、むちむち刹那は刺激が強過ぎる。

 それがアニメキャラみたいなキラキラのフリルとレースで完全武装となると、とにかく目立ってしょうがない。

 かわいいが、それはそれ、これはこれ。

 そういう刹那が大勢の目の前で戦うのは、複雑な気分でもある。

 勿論もちろん、実際に戦うのは刹那ではなく、そのモーションを受け継いだキャラクターなのだが。


「うーん、困ったぞ。他にはどんな服があるんだ?」

「マイクロビキニとか? ほら、こゆの。……わっ、腹筋バキバキじゃん、刹那」

「照れるのだ! って、これ駄目! ナシナシ! ナーシッ! 恥ずかしいぞ」

「じゃあ、空手着。黄色いトラックスーツ、ナース、セーラー服……なんか、イマイチだね」

「服は考えておくのだ……そだ、優と今度買い物デートに行くから、まことも来るのだ!」

「はぁ? いやちょっとこの人、なに言ってるんですかね」


 そういえば、日曜日に買い物に行くと約束したのを優は思い出す。

 デートというか、まあ、街に遊びにいくような軽い気持ちだ。だから、二つ返事で「僕は構わないけど」とまことに告げる。ますます妙な顔をされたが、迷惑だったかもしれない。


「まあ、いいけどさ……丁度ちょうど秋葉原に行く用事があるし」

「決まりだな! 日曜日が楽しみなのだ!」

「この娘、なにをどうやったら……ふふ、まあいいけど」


 肩をすくめてまことが笑う。

 その苦笑もどこか楽しげで、優も三人での休日が今から楽しみなのだった。

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