第6話「槇島フィットネス&アーツジム」
翌朝登校してすぐ、
そして、朝からこっぴどく小一時間説教されたのだった。
入学式の日に事件、そして授業初日に三日間の停学を喰らった。
その話はあっという間に
そんな訳で、いきなり停学になって帰宅することになったのだった。
「むむむ、停学……
「いや、まあ、そうじゃないけど。危ない橋は渡ったかな」
「凶器攻撃にはわたしも慣れている。パパも
「でもナイフは危ないよ。まあ、怪我がなくてよかったけどね」
まことも無傷だったし、誰も痛い思いをしなかったのがいい。
そのまことがノートを取ってくれるとのことで、大人しく停学処分を受け入れることになった。
朝の商店街はなんだかまだまだ
まして、大きく身長差のある
「ん、あのさ、刹那。このあと、
「予定はないぞ」
「あ、じゃあちょっと付き合ってくれない?」
何気ない言葉だったが、刹那はシュボボン! と真っ赤になった。
なにを勘違いしているのか、あわあわと口ごもる。
「なっ、なな……わたしたちは付き合ってるのだぞ? わたしはもう、優のものだぞ!」
「そういう意味じゃなくてさ」
「そ、そうか! とりあえず、手を繋ぐか? 腕を組むか!」
「ん、別にいいけど」
だが、身長差がありすぎて腕を組んでも男女あべこべの状態だ。なんだか、刹那の腕にぶら下がっているとでも、ちょっと不思議な懐かしさが込み上げてくる。
「刹那のジム、行ってみたいんだ。なにか格闘技、やってるんだろ?」
「む? そんなところにか?」
「昨日の技のキレ、身のこなし……
「中学まではレスリングをやってた。あとは、ムエタイと柔術、そして
「修斗?」
聞き慣れない単語で、歩きながらオプティフォンでググる。
修斗、つまりは
投げる、
投げ技、打撃技、関節技の三要素を自由に組み合わせて戦う競技のことだ。
それで優は、ぼんやりと思い出した。
「あれ、刹那……それって」
「うん。あの日、十年前にパパが負けた試合……異種格闘技戦の最終戦を見て、わたしは誓ったのだ。強くなる、と。今はだから、優もまことも守れるぞ!」
グッと拳を握って笑う刹那。
その真っ白な歯が眩しい。
確か、それは十年前のビッグマッチだった。
当時、世界最強の覆面レスラーだった刹那の父、マスク・ド・ケルベロスは無敵だった。華麗な空中殺法にマーシャルアーツ、そして美しいスープレックス……マット界に敵のいなくなったマスク・ド・ケルベロスは外へと敵を求めて闘った。
空手家、柔道家、コマンドサンボ、カポエラ、そして相撲。
連戦連勝だった彼は最後、無名の柔術家に秒殺されたのだ。
そして、刹那はこの街からいなくなったのである。
「あっ、ほら優! あれがわたしの通ってるジムだ。行こう、すぐ行こうっ!」
「因みに刹那、停学中だから外出は駄目なんだけど……大丈夫? 僕はいいんだけど」
「これはただの寄り道だから、外出じゃないぞ。帰ってからが停学だぞ」
「あ、はい」
雑居ビルの一回に、見通しのいいガラス張りのジムがあった。フロア一面を貸し切ってて、広い室内は中央にリングがある。
少し視線を感じたので、優は刹那から離れてジムの扉を開いた。
そこは不思議な空気に満ちていた。
うっすらと汗の香る中、緊張感に満ちている。
今は朝の清掃中らしく、みんな真剣な表情で掃除に精を出していた。
その中で、酷く小柄な女性がこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「ありゃ、刹那ちゃん? 学校は? あと、この子は? 見学? ……新規入門!」
「おはようございますだぞ、
「ちょっと待って、情報量が多い……おばさんにはちょっと情報量が多いよ、リアルJK」
そう
ほのかにロールした金髪の美人で、美少女とさえ言えた。
だが、刹那の紹介は容赦がなかった。
「優、こちらは
「ちょ、ちょっと刹那……あ、ども、神音です。なんか、刹那がすみません」
咲矢は半分涙目になっていた。
しかし、やれやれと溜息を零す。
「身体もデカけりゃ態度もデカい……ついでに胸もデカい。羨ましい。ま、見学ならどうぞー? 午前中はほとんど誰もいないけど」
「うむ! つまり、どのトレーニング器具も使いたい放題だな!」
「そこ、学生の本分は勉強でしょ。しかも停学? なにをやらかしたの」
「悪漢を成敗して優たちを救ったんだ。うん、正義!」
「……え、昨日の騒ぎってもしかして……こらっ、刹那ちゃん! 言ったわよね、暴力は絶対駄目って! ここで教えた技術を、試合以外で使っちゃ駄目だって!」
ちょっと咲矢が怒り出したが、あまり怖くない。
そして、刹那は少ししゅんとしたが、胸を張って応えた。
「大丈夫だ、以前から知っている技だけで倒した。デラヒーバもオモプラッタも使ってない」
「教えてないっての、まだそれ! そういう意味じゃねー! バカー!」
両手をブンブン振り回す咲矢だが、リーチが全く違うので刹那には届かない。刹那はピッカピカのオデコを手で抑えて、半べその師を遠ざけた。
そう、多分この人がジムを仕切っているということは、トレーナーさんだ。
そして、刹那はつい最近入ったばかりの新人ということになる。
優はやれやれと二人の間に割り込んだ。
「あの、お取り込み中すみません……ちょっと、練習を見せてほしいんです」
「あ、やっぱり見学……ふむ、大歓迎なんだけど。キミも停学?」
「まあ。刹那と共犯だったので」
「ハァ……ま、しょうがない。アタシと刹那でアップして、打撃練習とか、あとマススパーとか? 見てくといーよ。でも、見終わったら帰って勉強しなよー?」
咲矢の言うことももっともで、見た目は子供なのに良識ある大人の発言だ。優が頷きながら肯定を返すと、ニッコリと咲矢は笑う。
どうやら、とてもいい人のようである。
なあなあで子供に接しないところに優は好感を覚えた。
だが、次の瞬間には背後でイキイキと声が響く。
「優、こっちだ! これはジムで一番デカいサンドバッグだ。普段は混んでてなかなか使えないんだぞ。ムフー! 貸切状態!」
刹那はまるで、ドックランに連れてきた大型犬みたいに張り切っていた。さながらシベリアンハスキーだ。
そのまま彼女は、瞬時に身構える。
瞬間、雰囲気が一変した。
どこかほんやりとしたマイペースな女子高生が消える。代わってそこに現れたのは、冴え冴えとした闘気を発する格闘家……殺気すら感じさせる戦士だった。
変貌した刹那が、呼吸を整え、吸って吐いて、また吸って。
そうして息を止めて肺腑に息を留めた、次の瞬間だった。
「――ッ、ハィ!」
スカートが
刹那は全力で、眼前のサンドバッグにハイキックを叩き込んだ。しなる
そして、鎖でぶら下げられたサンドバッグは大きく天井へとスイングした。
もうちょっとでひっくり返りそうになる程だ。
刹那も蹴り抜いて一回転、そしてニカッと笑って振り返る。
「どうだ、優! わたし、強いぞ!」
「う、うん。やっぱり……ああ、それでね、刹那」
「これならいつか、パパの
「危ない、よ?」
その時、空中で戻ってきたサンドバッグが刹那を襲った。
ぼよん! と弾かれて刹那は倒れ込む。
さらに、駆け寄った咲矢がすかさずその腕を取って逆関節を極めた。いわゆる、腕ひしぎ十字固めというやつである。
「こんの、
「い、痛い、痛いぞ槇島さん。腕がもげる」
「怪我したらどうするの! 15歳なんてまだまだ子供なんだから!」
「い、今、この、瞬間、肘を、怪我しそう……たしけて」
刹那を解放した咲矢は、さっさと着替えるように更衣室を指差す。
まくれたスカートを直して、肘をさすりながら刹那はその先へ向かった。
他にもまばらに門下生がいて、今の時間帯は中高年が多い。
咲矢の話では、会社の重役さんやご隠居さんが、フィットネスに来ているのだという。修斗を始め、柔術からボクシング等の打撃、ダイエットにヨガまで教えてるのがここ『槇島フィットネス&アーツジム』らしい。
「んじゃ、優クンだっけか……あ、そだ。ちょっと、一緒にやってみる?」
「え、いいんですか?」
「体験入学的なものだよん。あ、学校のジャージでいいよ、今日はラッシュガード……っていうのがあって、競技の時に着るやつね? 持ってないでしょ?」
こうして優は、停学中にも関わらず新しい世界へと踏み出した。
その先にきっと、明るい発見と気付きがあると今は確信しているのだった。
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