最終話「塩谷さんはやっぱり甘くない!」
あの激闘から数日、
丁度
先程もらったメールを、もう一度確認。
差し出し人は、あの
『ごめんなさい、少年。わたくしにも師匠の行方はわからないのです。ある日突然、ふらりといなくなってしまって』
昔、世界最強レスラーのマスク・ド・ケルベロスを秒殺した男……謎の古武術使いの行方は結局、わからないままだった。
だが、今はそれでいい。
復讐の気持ちは、優たちにはないからだ。
ただ、刹那や斗馬には整理したい気持ちもあったろうし、同時にわだかまりが軽くなっているのも事実だ。
それも、これでもかというくらいにプロレスな勝利だったのだ。
『あのあと急いで対戦しまくったので、わたくしも今は世界ランキング318位まで戻ってきました。また是非、少年と対戦したいですね』
今はちょっと、しばらくはゴメンだと優は苦笑を浮かべる。
まだ左手は包帯でぐるぐる巻きだし、あれ以来ファイティング・ギグ
だが、今の優は世界ランキング7位……晴れて
そんな優への吉乃のメールは、物騒な言葉で締めくくられていた。
『そうそう、十伯爵の№8と№10が日本入りしたそうですわ。お気を付けを……でわでわ』
『――PS;今度は私的に、対戦以外の時間を御一緒したいですね』
なんとも、二重の意味で波乱を呼びそうだ。
やれやれとオプティフォンをしまえば、背後で呼ぶ声。
振り向くと、
「おい、始まったぞ。応援してやんだろ?」
「うん。ありがとう」
「……いいって。なんか、お前結構変わったよな」
「斗馬もね」
幼少期の因縁も、今は友情のきっかけに感じられる。
そのことを噛み締めつつ歩けば、ガシリ! と長身の斗馬が肩を組んできた。
「今朝、俺もポイント稼いでランキング上げといたからよ。981位」
「あ、凄いね。世界の千人の一人になったんだ」
「うるせえ、世界第7位がなに言ってんだ……なあ、優。またやろうぜ、対戦」
「いいよ、是非。怪我が治ったらね」
体育館の中は、熱気に包まれていた。
ショーアップされたプロレス会場とはまたちがって、緊迫感がある。
まさに試合会場、競技場の空気だった。
そう、今日は
応援に駆け付ければ、いつものお
「あ、7位が来た。なにやってんの優、彼氏だってのに」
「え、そなの? 7位っちってせつなんの彼ピ? なにそれエモみー!」
「なんだ
まことに塔子、そして斗馬……いじりが最近、やたらと板についてきた気がする。でも、悪い気がしない優だった。
それでと試合に目をやれば、セコンドの
どうやら刹那は、準決勝で苦戦しているようだった。
「こら、刹那ちゃん! 気を抜かないで、スタンドに戻して! 負けてもいいから攻めて、最後も攻めで終わるように!」
優の視線の先で、珍しくあの刹那が苦戦していた。相手は小柄だが、柔術をベースに刹那を圧倒している。ポイントでも負けてて、このままでは敗北は必至だ。
ちらりと時計を見やる咲矢にも、僅かな焦りが見て取れる。
床に敷いたマットの上で、何度も何度も刹那は転がされ、極められかけ、苦しまぎれのディフェンスを続けていた。
優は、息を吸って、吐いて、そしてまた吸って叫ぶ。
「刹那! 勝ったら焼肉行こうね。祝勝会は焼肉だよ!」
その時、瞬時に刹那の動きが変わった。
バックマウントからスリーパーホールドを極められかけていたが、なんとそもままスクッと立ち上がる。会場がどよめき、背中におぶられた形の相手も若干引いていた。
ちょっと、信じられないくらいのフィジカルだ。
同じライト級なので、70kgの人間をまるまる一人背負っている計算だ。しかも、その荷物は真剣勝負で刹那の首を締めあげているのである。
だが、物理法則を無視したように立った刹那が、腕力でスリーパーをひっぺがす。
「んぎぎぎぎ……力、こそ、パワーだぞ! 焼肉デートなんだぞ!」
「あ、いや、みんなで行くんだけど」
優の突っ込みも聴こえていないのか、そのまま刹那は相手を一本背負いの形で床に叩きつける。そしてすかさず上を取って、サイドにスイープしてから抑え込んだ。
いわゆる塩漬け、刹那の最も得意な時間だった。
だが、今は残りの試合時間が少ない。
悠長にポイントを取っている場合ではなかった。
「ちょっと刹那ちゃん! 動いて! それ得意なのわかったから!」
「んあ、そうだったぞ……ええと、勝つには、KOしかないんだぞ」
刹那はすぐに離れて立ち上がった。
ように見えた。
なんと、相手を抑え込んだまま、そのまま持ち上げて立った。会場がどよめき、いよいよ相手選手の顔が混乱にまばたきを繰り返す。
当然だ、スタンドに戻るのではない……無理矢理立たせて、戻してしまったのだ。
「よし、KOするぞ、っと……もう時間がないんだぞ」
相手が目を白黒させながら、立たされた
そこに刹那は、容赦なく打撃を叩き込んだ。
咲矢が言うには、もう残り時間は10秒を切っている。
けど、流れは完璧に刹那のペースになっていた、
「せつなん、がんばえー! もう、ブン投げちゃえし!」
「相手びびってるよー! ……なんか、相手がかわいそうになってきた」
「あれを、昔の俺は……ぼてくりまわしてたのか。知らなかったとはいえ恐ろしいぜ」
セオリー通りのワンツーパンチも、試合後半の疲れを全く感じさせない。唸る空気を沸騰させて、まるで相手の表面を削るように繰り出される。
刹那が意図的に上段を激しく打っているのが、なんとなく優にはわかった。
そして、レガースが肌を打つエグい音が乾いて響く。
強烈なローキックに、思わず相手が片膝を突きそうになる。
が、それを両手でわざわざ刹那は立たせた。ダウンで試合が止まるのを避けるため、
そこからの膝蹴り、膝蹴り、そしてトドメの真空飛膝蹴り。
相手が気の毒に思えるくらいのKO劇だった。
「っ、は、はあ! や、やったぞ……焼肉デートなんだぞ!」
刹那も疲れでよろけたが、失神して
そうして面を上げた刹那の、真っ白な歯を輝かせた笑みが眩しかった。
そこに優は、唯一無二の相棒の姿を見る。
刹那が明日の彼方に見やる未来……そこにもう、優のカナタの姿がある気がする。それを借りて優もまた、新たな戦いの日々へと夢と野望を進めていくのだった。
塩谷さんは甘くない! ながやん @nagamono
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