なんか編集部の力不足を感じますね。目先の金(ニンジン)に飛びつく馬みたいに思えます。
子ども達がサッカー漫画を見てサッカー選手になったり、
ヒーローが死ぬ最終回をみて『俺がヒーローの意思をつぐんだ!』とか、
メトロポリタンのキュレーター(学芸員)だった人が一癖も二癖もある画廊を開いて美術界で信念を貫くのを見て自分もキュレーターになったとか
そういうの起こらないよね、なろうなストーリーじゃ。
そういう共感を得られる作品ってなんで人気なのかっていうと、作者や登場人物の理想とか使命感とか勇気とか競技や『芸術への愛』が伝わってきて、それで初めて読者を動かせるんだ、だけどそもそもなろう系にはそれがない。
どう転んでも今のテンプレストーリーは多くの人の人生の指針になりようがない。
なんかなろう系って特に国を運営する物語では顕著なんですが、国運営ごっこなんですよね。
やっぱり、マケドニアとかスキタイとかローマ帝国とかあそこら辺を勉強している漫画家、小説家に比べるとごっこ遊びじみてる。なろう系の国ごとの交渉もえぇーだし。
そして地力がある人(難解な表現もそりゃあ使うでしょう)を埋もれさせ、そういう地力が足りてない人(頭を使わなくても読めるが得るもの(教訓)は何にもない)をプッシュするという事は――――、言わずもがな。
目先の金にだけ気をつけて、地力のある人を厳選していない出版社及びアニメ業界と、なろうの評価システム(ここはカクヨムですが)の問題に別けられる。
アニメ業界側もしかり。
平均評価ではなく星の数が多い方が上位に来るのが問題。
つまり駄作でもテンプレ王道というだけで読む母数が増えランキング上では名作を超えられる評価システムになっている。
これの解決方法は、業界側がブランディング意識を持ち、編集がギャラリーフェイクの藤田玲司みたいな鋭い美術眼をもって芸術を厳選すれば防げる。
なろう(カクヨム)の評価システムが正しく機能していれば、『評価人数に影響されない名作』が上位にくる。
今は大衆に評価されたい、なろう(カクヨム)においてはランキング上位にきて書籍化提案を待つ作者はテンプレ王道に走る。悪循環は加速する。
ラノベ界のアタリショックはすでに起こっている気がします。