第19話「なんでも吸い込む塩谷さん」

 優のカナタがジャンプする。

 

 そして、詰襟つめえりを着た敵キャラは……即座に反応して対空技を振り上げた、天をく拳が風を巻き上げる。

 だが、カナタには届かない。

 はた目には、カナタが真上に飛んで、同時に相手が対空技を空振りさせた。

 そうとしか見えないが、高度な駆け引きがあったことは疑う余地がない。


「悪いけど、今だね」


 どんな技にも、出した直後の硬直時間……いわゆる隙というものが存在する。完全に操作不能な無防備状態で、強力な技程この時間は長い傾向にあった。

 その間隙に優は牙を剥く。

 ただのジャンプしかしてないカナタの方が、先に動いた。

 相手の攻撃に対して無敵になれる対空技は、得てして隙も大きい。


「クッ、ガード……いや、ここは引き剥がすっ!」


 相手も必死にガチャガチャとオプティフォンを擦る。

 だが、そんな操作で硬直時間は終わらないし、そもそも操作を受け付けない時間なのだ。

 着地したカナタが、前ダッシュでカカカッと駆け寄った。

 そして、緊張感に溢れた攻防が次の局面を迎える。

 必死で暴れる学ラン少年は、迫るカナタへと小技を連打した。

 どうにか離れてほしい、そんな気持ちが伝わってくる。


「っちゃー、どうすんだ優! 振り出しに戻っちまうぞ!」


 選手交代のタッチを待ちつつ、斗馬とうまが檄を飛ばす。

 もうすっかり、ゲーム仲間の気が置けない雰囲気だ。そして今は、二人で一つのタッグを組んだ仲間でもある。

 そして、優はその言葉に行動で応えた。


「弱攻撃を連打って、距離を取るのに必死ってことだね。で、少しでも間合いが開いたら」

「ああそうだよっ! 烈風閃れっぷうせんッ!」


 カナタが乱打されるジャブをガードする。

 その都度、ちょっとずつキャラ同士の距離が開いていった。出が速く連射の効く弱パンチなので、ノックバックも小さい。しかし、二発三発と続けば、せっかく詰めた間合いが再び学ラン少年のものになりつつあった。

 当然、相手もそう思った筈だ。

 だから、再び飛び道具が大地を走る。

 その時にはもう、優は次の攻撃を入力し終えていた。

 瞬間、ワープしたかのように……


「なっ、なにぃ! す、吸ったぁ!?」

「投げ間合い、広いんだよね……キャラ一人分間に挟んでも、吸い込める感じかな」


 そう、まるで見えない力が吸い込んだかのように、突然カナタは敵の両腕をじり上げた。そしてそのまま、リバースフルネルソンを極めたまま横回転で空へと舞い上がる。

 これは、在りし日のフェイバリットホールド。

 地球最強と呼ばれた地獄の番犬だけが使う、強力なプロレス技だった。


「おお、あれはっ! マスク・ド・ケルベロスの必殺技……ケルベロスドライバー!」


 かつてあの有名なタイガーマスクが使っていた、タイガードライバーという技がある。だが、ケルベロスドライバーは更に攻撃力を高めた、一撃必殺の殺人技である。尚、このモーションを取る為に、フカフカのマットを何枚も重ねて斗馬がブン投げられたのだった。

 両腕を封じて、そのまま旋回……ぐるぐる回転しながら上昇し、そして逆さ落としだ。

 ドンッ! と地面が揺れて、相手は動かなくなった。

 投げの間合いも広いが、何より威力が高いことを優はしっかり確認したのだった。


「ああっ! クソッ! 立て、立てってんだよ!」

「うん、立ってもらわないとね……まだ試したい技が沢山ある」

めやがってっ!」

「さ、立たないならグラウンドで仕留めるか……それとも、起き攻めかな」


 ダウンから回復する時、スタンドにキャラを戻す選択肢は複数ある。だが、この状況においてはリカバリーを試みる相手よりも優の方が圧倒的に優位だった。

 そのまま立つか、前転か後転か……起き上がりの瞬間に技を出す選択肢もある。

 だが、優は迷わずカナタを前へと押し出した。

 リバーサル、いわゆる「立ち上がるモーションから連続しての反撃」は来ないと読んだ。もう、先程のケルベロスドライバーの一発が、試合の流れをひっくり返してしまったのだ。

 主導権を完全に掌握して、更に優は苛烈な攻めを見せる。

 相手はその場で立ち上がって、ガードを固める選択を取った。


「あっ! き、汚ねえっ!」

「なにが? ジャンプすれば避けられるし、例の無敵技で割り込んでもいいんだけど?」

「う、うるせえ! こんな……露骨ろこつにハメてきやがって!」


 なんとか立ち上がった相手に向かって、カナタが鋭いローキックを放つ。なんてことはない、近距離時に出る弱キックだ。

 それをガードさせて……直後に、また投げた。

 今度はオーソドックスな大技、ブレンバスターである。

 投げ技は、範囲こそ狭いが物理的にガードができない技だ。必定、ガードを固めて亀になった相手には、とても有効な選択肢なのだった。


「投げハメ、ここまで躊躇ちゅうちょなくっ!」

「あなたもさっき、この子供たちに同じことしてましたよね?」

「う、うるせえ!」

「このファイギグファイティング・ギグⅦにもう、完全に抜け出せなくなるハメ技なんてないけど……抜けにくいハメ技もどきならゴロゴロある訳で」


 またしても起き上がる学ラン君に、再度ローキックを放つ。

 そして、今度は投げない。

 投げを警戒して空中に逃げたキャラを見上げて、カナタは落下地点にハイキックを叩き込む。空中同士でならガードもできるが、地に足の着いた技は基本、空中ガード不能だった。投げを警戒させて、その裏をかく。

 それでも立ち上がってくるので,次はローキックを挟まず直接投げた。


「兄貴、タッチだっ! こいつ、強いっすよ!」

「ううう、うるせえっ! 俺がこんなやつに……負けるなんて……ありえない!」

「もうキャラがフラフラじゃないすか! 次は俺が出るっすよ!」


 どうやら向こうは、選手交代のようだ。

 優は今度は慎重に、自ら距離を取る。

 相手は小さな小さな女の子のキャラで、ちょっとアニメのプリピュアに似ている。

 しかし、先程のド直球なタイプとは違って、恐らくトリッキーな攻撃を隠しているような気がした。見た目の奇異なキャラは総じて、クセの強いテクニカルな技を使うことが多い。

 予想通り、まずは定番の飛び道具が飛んでくる。


「さあ、行くっすよユカリたん! 兄貴のかたきを取るっす!」


 ほわほわと甘そうなエフェクトと共に、ピンクの光球が飛んでくる。無難にガードを選んだ優は、すぐに次の攻撃に対処した。

 飛び道具を放つや、ユカリたんとやらは大胆にジャンプ攻撃に転じてきたのだ。

 小柄で軽いからか、かなりの飛距離の大ジャンプである。

 咄嗟に背後で斗馬が叫ぶ。


、優っ!」

「だね。ここは逆ガードが正解、だけど……ッ!」


 ユカリたんの愛らしいジャンプパンチが、カナタの背後へと落ちてゆく。しかし、見た目より僅かに広い攻撃判定が、カナタの背後を襲った。同時に左右の立ち位置が入れ替わる。

 それは、俗に言うめくり攻撃とよばれていた。

 見た目は正面から裏側に抜ける形で、ガード方向が逆になる攪乱攻撃かくらんこうげきである。

 しかもそこから、小さな魔法少女は屈みガード不能の中段攻撃も織り交ぜてくる。

 流石さすがの優も、その全てをガードしきることはできなかった。


「いける、いけるっすよ! 見てくださいよ兄貴! やっぱチョロいっすよ」

「いや、でもお前……馬鹿! 前見ろ、前! ゲームに集中しろって!」


 ゴリゴリと技の連打でしてくるユカリたん。その何割かは、容赦なくクリーンヒットしてカナタの体力を奪ってゆく。見えないライフゲージがどんどん減っていった。

 だが、優は慎重に相手を観察し、分析して結論に辿り着く。


「そろそろ、好きには踊らダンスさせておけないな、っと」

「うっそ! 投げで割り込まれたぁ!?」


 下段と中段を巧みに打ち分けてくるが、どうやら優のカナタを見て攻撃している訳ではないらしい。単に数パターンの動きを繰り返してるだけで、それならば対処も容易たやすかった、やや出の遅い中段技が入力される、その間隙にカナタが相手を掴まえる。

 すぐに優は、魅せ技のケブラドーラ・コン・ヒーロを放った。

 風車式バックブリーカーとも呼ばれる投げで、ユカリたんは一回転して背骨を強打。しかも、その反動でちょっと浮き上がってしまった。

 身体が小さいことは、素早さと小さな当たり判定というメリットもあるが、軽量級故の危険もある。優はポンポコ・シリーズで思い知っていた。


「斗馬、タッチ。浮いてるから拾って」

「おうっ! まかせやがれ! 見てろよ、子供たちっ!」


 カナタに代わってオルトロスが画面に躍り出る。その時にはまだ、ユカリたんは字面すれすれを浮いていた。カナタの背骨折りで膝に叩きつけられて、そのままバウンドするように矮躯わいくが浮遊する。

 そこを斗馬のオルトロスは丁寧に拾った。

 低いパンチで捉えるや、小刻みに技を繰り出し空中コンボへと持ってゆく。


「繋いで繋いで、拾ってえ! トドメだぁ! バーストアッパーッ!」


 オルトロスの渾身の一撃が、オーラを巻き上げエフェクトと共に押し出される。強烈なアッパーカットで空中コンボが締められて、ダウンしたユカリたんは動かなくなった。

 子供たちが歓声に飛び跳ねる中、先輩コンビは一目散に逃げ出す。

 優は改めて、カナタの戦闘力に確たる信頼を感じ始めているのだった。

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