第25話「弱さを知れば、強くなる」
時計塔の下に今、黒き女王が佇んでいる。
まるで
その数、ざっと数十人……そこだけ夕暮れに闇が澱んでいた。
「あっ、ユウユウじゃん! ほら、
沈み込んだ空気の一角で、見知った声が響いた。
こっちを指さし、少年の手を引いてやってくるのは
瞬時に
リベンジを挑んで、斗馬のオルトロスは再び敗れたのだろう。
敗者にかける言葉は少なく、優も逆の立場なら受け取り難い。
でも、幼少期の因縁を超えて今、斗馬は大事な友人の一人だった。
「お疲れ、斗馬」
「……おう」
「全部、出し切れた?」
「まあな」
いたわりも、同情も、無用だ。
そして、敗北は恥ではない。
対戦すれば、必ず二人は勝者と敗者に二分される。それを承知で皆、勝者を目指して挑んでゆくのだ。だとすれば、優もこれ以上の言葉を必要としない。
だが、意外にも斗馬の方は逆だった。
「お前もやるのか? 優」
「うん」
「勝算は?」
「わからない。けど、やらない理由にはならないよね」
「だよな……フッ」
小さく笑って、最後に斗馬が耳元に
「優、一つだけ……いいか、見えない当り判定に気をつけろ」
それだけ言うと、ポンと優の肩を叩いて斗馬が去ろうとする。
その背に、飛びついてしがみつくように塔子が引っ付いた。あれは抱き着いたというんだろうか、体格のいい斗馬が
「あーもぉ、斗馬っち! あーしが
「いや、泣いてねぇし……ってか、重いっての」
「あ? 今なんつったコラ」
「……重くはないけど、その、ですね」
斗馬の背中に張り付いたまま、塔子は首に腕を回して頭を撫でた。
「よしよし、斗馬っち頑張った! あーしの胸で泣きなよ。男の子だって、泣いていいじゃん?」
「いや、それは……あとでに、する」
「おうっ! それとさ、何度負けたっていいと思うよん? 負けた数だけ立ち上がればいいじゃん」
軽く言ってくれるなあ、と優は思った。
同時に、真理だとも思うし、自分にもそう言い聞かせてきた。
勝負の世界の外にいるからこそ、それを口に出せるのは塔子だけかもしれない。
「このゲームさあ、
「塔子、お前……」
「負けて終わるな、立ち上がれっての! そしたらまた戦えるし、最後に立ってりゃ勝ちっしょ!」
それだけ言って、ニパッと塔子は笑った。
斗馬のことは、塔子に任せておけば大丈夫そうである。
そして、次はいよいよ優の番である。
意気込む優を今、腕組み見詰める視線があった。
「なにあれ、アオハルですか……う、羨ましくなど」
「吉乃さん。次は僕と対戦、お願いします」
「来ましたね、少年。そんな気がしてました……今日の最後の相手は、君にします」
「でも、ちょっと待ってください。対戦は5分後、吉乃さんも少し休みませんか」
吉乃は意外そうに眼を丸くして、そして笑った。
「軽く50連戦
「それでもです。……指、赤くなってますよ、吉乃さん」
「……わたくしがもし、万が一負けて……その時、疲労を言い訳にするような女とでも?」
「いえ、それは全然。ただ、僕は僕でもう少し時間がほしいから。僕のわがままで、5分だけ待ってください。それまで、対戦も負けるのもナシってことで」
吉乃は今度こそはっきりと笑った。
失笑のような、でも愉快そうに声を上げて笑う。
「面白い子ですね、本当に。少年、そちらのアセンブルになにか問題でも?」
「それもあります。あとは、吉乃さん……ベストな状態のあなたと戦って、勝ちたい」
「ふふ、かわいい顔してエゴイストなのね。いいわ、さっさと準備を整えなさいな」
吉乃はオプティフォンで別のアプリを立ち上げつつ、一歩下がった。
同時に、まことがノートパソコンを片手に駆け寄ってくる。
どうやら、例の超必殺技が実装できたみたいだった。
だが、妙にまことの表情は
声を潜めて、彼は額を寄せるようにささやいてきた。
「優、アセンブル完了した。区分的には、投げ技になる」
「間合いが広いといいよね。吸い込む感じで」
「そこは、微妙。実戦で使ってみるしかないかな。ただ」
「ただ?」
「これ見て、コマンド入力方法なんだけど」
ノートパソコンの画面を覗き見て、一瞬優も頭が真っ白になった。
瞬時に落ち着きを取り戻したが、理解が追いついてこない。
そこには、おおよそコマンド入力とは思えないような暗号が並んでいた。
ファイティング・ギグⅦの公式アセンブルAIが判定した、威力や性能に相応しいコマンドがそこには表示されていた。
弱パンチ > 強キック >
……訳がわからない。
通常、ゲームのコマンドは『レバーを操作して、最後にボタンを押す』というものである。そのレバー操作には
普通は、レバーをぐりぐり操作して、最後にボタンを押す。
しかし、隠し技のトライアン・ファングはその常識の
「普通に通常技が出ちゃうね、これだと」
「昔さ、大昔……まだゲームが2Dだった頃、こういうコマンドが一時期あったんだ。なんだっけ、えっと……ダクネス系?
「まこと、公式のAIがこれを?」
「うん。しかも見て、途中でレバーを上に入力するから」
「ジャンプしちゃう、か……うん、わかった。投げ技だってわかってれば、それだけでOKだよ。ありがとう、まこと」
予想外だったが、想定外だとは思わない。
そして、その難解なコマンドを内包して今、真に完成したカナタがオプティフォンにアップデートされた。
まことのアセンブルは完璧だと信じられる。
そして、優に戦う姿を与えてくれた少女のことを思い出していた。
「あとで
自然と笑みが浮かんで、優はその時を迎えた。
きっちり5分、再び吉乃の前に立つ。
その姿に、誰もが「おお!」と息を飲んだ。異様な熱気が周囲を包んで、不気味な静寂が訪れる。道行く車さえ、ドライバーの視線が釘付けで渋滞し始める。
吉乃は懐から紐を出すと、たすき掛けに結んで着物の袖を整えた。
どうやら、本気中の本気ということらしい。
「準備はいいですか? 少年」
「お待たせしました。宜しくお願いします」
「礼儀正しい子は嫌いではありません。が、手加減はできませんよ?」
「望むところです」
そして、夕闇迫る街の一角に二つの影が浮かび上がる。
雌雄を決すべく、カナタとユキカエは向き合い身構えた。
こうして並べてみると、カナタの方が体格はいい。長身ムチムチの刹那をそのまま落とし込んだ、すらりと痩せマッチョな美少女がそこには立っている。
対して、小柄なユキカゼには不気味なオーラが感じられた。
黒い道着姿が、何倍も大きく見えるかのような錯覚が襲う。
「それが少年の
「大事な人たちが、大切な女の子が協力してくれて、ここまで仕上がりました」
「いいですね。それでこそです。ではかかってきなさい。十伯爵が一人、世界ランキング7位のわたくしがお相手します!」
かくして、戦いの火ぶたが切って落とされた。
『
試合開始が宣言された瞬間、優の指が滑るように動く。
液晶パネルを叩いて
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