第15話

 やがて、教室にセオドリク、キース、ノアが入ってきてお互いに挨拶を交わす。相変わらず、運営側の私利私欲・ご都合主義を感じる面子にベアトリスはイライラとしてしまう。


「さぁて、授業を始めるか」

「おぉ!今日はやる気があるんだな!センセー!!」

「うるさい。キース・ナイトメア」


 面倒臭そな怒りの声を上げたローガンに、ベアトリスとクラウゼルはぱちぱちと目を開け閉めした。伯爵令息が身内以外に叱られているという信じられない光景に、どうしても目を疑ってしまう。


「うえぇ、この学校で俺怒鳴るのセンセーくらいだぞ?」

「ちょうどいいじゃないか、俺がお前のそのクソひね曲がった根性を叩き直してやるよ」


 相変わらず気怠い感じなはずなのに、どうしても覇気を纏っているようにしか見えない。ローガンの強さが、ベアトリスには測れなかった。


(………やっぱり、このゲームの中では彼が最も恐ろしいキャラクターかもしれないわね)


 ベアトリスは舌を巻きながら、隣で同じように険しい表情をしているクラウゼルに視線を向ける。


「………強いな、ローガン先生」

「えぇ。まったく力の底が見えないわ」


 言いながらも、ベアトリスはクラウゼルとは対照的に口の端が上がっていくのを止めることができない。警戒よりも恐怖よりも切諌よりも、興味や憧憬や興奮が上を行ってしまう。


「ローガン先生、1度手合わせ願えませんか?」

(強い相手を前に手合わせをしないだなんて、そんな馬鹿げたことできるわけないでしょう?)


 ベアトリスの悪い癖が出た。

 にっこりと笑って氷魔法の剣を作り出す。相手の出方を伺って慎重に、そんな気遣いも強者を前にすればどうでもいいこと。ベアトリスは剣先をローガンの方に向けた。

「あー、………ベアトリス・ブラックウェルは壊れたのか?」


 怪訝な顔をした教師に向けて、セオドリクが苦笑する。『氷の貴公子』という異名通りに中々に冷たい表情を崩さないセオドリクの表情が崩れたことに、ローガンの怪訝な顔は深まっていく。


「ベアトリス嬢は生粋の武士です。より強い強者との戦闘を好み、そしてその戦闘を愛するバトルジャンキーでもあります。諦めてお戦いになってはいかがですか?」

「セオドリク・ヴァレリアン、お前もついに壊れたのか?」

「いーや?センセっ、ベアちゃんはいっつもこんな感じだから、ダイジョーブダイジョーブ!!レッツセントー!」

「いや、ちょっと待て。俺にはノア・ガランドールの言っていることの意味がさっぱりわからん」

「………ローガン先生、ベティーの言うことを聞いて戦うのが最も早い方法だ。大人しく戦っておけ」

「クラウゼル・エーデンフリート。お前もか」


 ベアトリスはにこにこと笑ったまま、ローガンの疑問には一切我関せずという姿勢を崩さない。

 その様子にキース、セオドリク、ノア、クラウゼルはやれやれという表情で諦めを表現している。彼らはいずれも出会い頭すぐに戦闘を申し込まれてボコボコにされた組だ。彼女の止め方など全くもって知らないし、止める意味も持ち合わせていない。それどころか、1度ベアトリスがボコボコに負けて鼻っ柱を折られてしょぼくれることを夢見ているかもしれない。特に、ボコボコにされて自分の鼻っ柱を物理的に折られたキースはそう望んでいる。


「この国の未来はどうなるんだ………」

「大丈夫だ。俺の可愛いベティーは戦闘狂なところを除けば立派な国母になれる器を持ち合わせている」

「いやいや、除いたところが1番の問題だろ!?」

(私は王太子殿下の可愛いベティーになったつもりはないのだけれど。というか、いつのまにかベティー呼びが定着していないかしら)


 悲惨な声を上げたローガンの声とベアトリスの疑問は、誰にも聞き届けられなかった。


「そもそも、この国にベティー以上に国母に相応しい人間はいない。慈悲深く、賢く、強く、美しく、王家の象徴も持っている。これ以上の逸材はいるか?」

「逆に聞くが戦闘狂以上に国母に相応しくない女はいるのか?」


 ローガンの返答を無視したクラウゼルは、早く戦いたくてうずうずしているベアトリスの頭をぽふぽふと撫でた。


「そもそも、俺はローガン先生の強さを知らない。教師ならば、元に生徒へのお手本を見せるべきではないか?」


 ニヤリと笑ったクラウゼルが、ベアトリスには何故か悪魔か魔王にしか見えなかった。


「はぁー、戦えばいいのだろう?戦えば」

「えぇ。そうしてくださると嬉しいですわ」


 氷の剣を握ったままベアトリスは嬉しそうに笑う。ローガンはベアトリスと同じように魔法で剣を生み出すとひゅんと一振りした。


「ノア・ガランドール、結界魔法を展開しておけ。ベアトリス・ブラックウェル、この戦いはあくまで剣術のみと受け取って構わないか?」

「えぇ」


 ベアトリスが頷くと共に、ローガンが勢いよく踏み込み、剣先をベアトリスに向けてきた。


 ーーーひゅっ、


 音と残像だけを残して、剣はぎりぎりを避けたベアトリスの隣を滑る。滑らかな動きはまるで氷の上を颯爽と滑るフィギアスケーターのようだ。あまりに美しい残像と正確な剣捌きにベアトリスは避けることに徹してしまう。ただただ剣をずっと見ていたいという欲望とその美しき流れを遮りたいという興味が心の中をせめぎ合い、結果興味が勝利する。


 ーーーカキーン、


 次の瞬間、ベアトリスの剣が粉々に割れ、首筋にローガンの剣が構えられていた。


「ま、参りましたわ」

「………ベアトリス・ブラックウェル。確かにこの学園の生徒の中ではダントツでお前が1番強い。だが、それに驕るな。上には上がいることを、夢々忘れてはいけない」

(そうね。この世には私よりもずっと強い人間がいる。凡才の私では、驕らずに努力を重ねるほかないわね)


 負けた悔しさと強者との戦いで得た多幸感が混ざり合って、ベアトリスの身体を緩い倦怠感が渦巻く。ぐっと背伸びをしてからベアトリスは席に戻った。


「………お前が剣術負けるところを初めて見た」

「あら、私も小さい頃はよく負けていたわよ。繊細な剣術ならまだしも、大人には力で捩じ伏せられることが多々あったもの」

(そういう時は、対策を考え直して再戦を挑んでいたわね。今思えば、本当に体力とかその他諸々、いろいろ元気が有り余っていたように思えるわ)


 我ながらババ臭いと苦笑して、ベアトリスは今日はなかったはずの授業を早速受ける。昼休みにマリアとサロンでのお茶会を予定しているベアトリスは、終始機嫌がいい。夜には勉強会もあるのだから、そろそろ新たな和食レシピを解禁すべき時かもしれないと考えながらも、ベアトリスは躊躇いなく万年筆をサラサラと滑らせて授業のノートを取っていく。


 ーーーごーん、ごーん、


「………学園では万年筆なんだな」


 午前の授業終わりと同時に話しかけてきたクラウゼルに、ベアトリスは美しい瑠璃製の星空がデザインされた万年筆をするりと撫でる。


「えぇ。学園内にガラスペンを持ち込むのは割れる危険が高すぎるもの」

「お前が発明したこの万年筆は、とても使い勝手がいい」

「でしょう?羽根ペンって見た目は可愛いけれど、色々と効率が悪かったのだもの。発明して便利にしたくもなるわ」


 いちいち削って使わないといけない挙句、すぐにダメになる羽根ペンの地獄を思い出したベアトリスは、顔を顰める。羽根ペンは確かに見た目はかっこいいし可愛い。軽くて手首も痛くなりにくいし,いいところも沢山ある。だが、やっぱり削るのは面倒臭いし、コスパが悪い。


「はっ、お前は文明を一気に駆け上りたがる」

「うふふっ、万年筆ももっと改良するわ」


 前世で鉛筆やシャープペンシル、ボールペン慣れ親しんできたベアトリスからしてみれば、今の万年筆にも改良の余地はあると思っている。


(本当に、腕がなるわね)


 ベアトリスはにやりと笑った。


「それじゃあ、私はお昼を食べてくるわ」


 席を立って、ベアトリスは後ろから待てと言っているクラウゼルを無視してちょっと近道をしてから自分のサロンに窓から入る。ショートカットの際の飛び降りも誰もいないのをしっかりと確認してから行ったため、問題はないだろう。


「うぎゃあああぁぁぁぁ!!」

「うるさいわね、マリア。ちょっとは可愛らしい黄色い悲鳴をあげなさいよ」

「窓から入ってきたお馬鹿には言われたくないわよ!!」


 先に入室していたマリアのいい感じの悲鳴に苦笑しながら、ベアトリスは颯爽とサロンに設置してある転移陣からお弁当を取り出す。この転移陣はもちろんベアトリスの実家の調理場と繋げてある。よって、ベアトリスは学園でもこれから毎日出来立てほやほやのご飯が食べられるということだ。


「………出たよ、文明無視」

「ド◯えもん先生の秘密道具を改良して作ってみたの。すごいでしょう」

「うわー、現代でもあり得ないレベルのハイテク技術だったわ」

「魔法があるから成せるゴリ押しの力技よね~」

「公爵令嬢が『ゴリ押し』って」

「ウケる?」

「ウケるウケる」


 マリアと馬鹿げた話をしながら、ベアトリスはお弁当をぱぱっと2人分サロンの机に広げる。今日は和食が恋しくて仕方がないであろうマリアのために、クラス分け発表のお疲れ様も込めて、ベアトリスはシェフに無理を言ってキャラ弁を作ってもらった。

 ぱかっと蓋を開けた時のマリアの反応を楽しみに、ベアトリスはマリアにお弁当の箱を開けるように促す。


「!? な、」


 開けた瞬間のマリアの顔と言ったら、やっぱり最高だ。目と口を思いっきり開けて、顔を赤くしている。


(うん、やっぱりヒロインがするような人様に見せられる表情ではないけれど、面白いわね)


 他人事のように、ベアトリスは自分のお弁当の蓋を開ける。すると、目の前から絶叫が聞こえた。


「なんで、ここで『ア◯パンマン』のキャラ弁を選択したのよおおおおぉぉぉぉ!!」

「可愛いじゃない、ア◯パンパン」

「いやっ、可愛いけれどもっ!!可愛いしクオリティー高いけれどもっ!!」

「ならいいじゃない」


 ベアトリスはお手拭きで手を拭いながら、わざとらしく首を傾げる。ちなみに、ベアトリスのお弁当箱のキャラクターはもちろんア◯パンマンではない。


「それじゃあ食べましょう。お昼休み中に次の授業の予習をしておきたいの」

「うわぁー、クソ真面目じゃん。………は?」

「ん?」


 唐突にまたもや顔が大変なことになったマリアに、ベアトリスはお箸を持っていた手を止めて首を傾げる。


「なんで、………なんでベアちゃんのお弁当だけ可愛い可愛いキ◯ィーちゃんなのよおおおおぉぉぉ!!」

「………本当に雄叫びあげるのが大好きね………」


 ぐさっと猫の耳に箸を入れて口の中に放り込みながら、ベアトリスは溜め息をつくのを我慢する。溜め息をつきながら食事をしたら美味しいご飯が半減してしまう気がしたからだ。


「にしても、よくできてるわね。前世定番のお弁当だわ。まあ、前世よりも圧倒的に料理屋さん風だけど」

「まあ、そこは本職のシェフが作るのだからご愛嬌ね。こればっかり食べてたら、私も母さんが作るお弁当が恋しくなるもの」

「分かりみが深すぎる」

「いや、あなたこれ食べるの初めてでしょ」


 ベアトリスは普段できないような砕けた口調と会話内容での腹の探り合いがなく過ごせることがとても楽で、どんどんお弁当を口の中に放り込んでしまう。


(会話ってこんなに楽しい物だったのね)

「ほんっと、コミュ障だった前世が考えられないくらいに喋ってるわ」

「あ、それ私も」


 ガチオタぼっち勢2人は前世を嘆きながら、お弁当をしっかりと完食したのだった。


 午後からは魔術を魔法石に組むという授業を行うという宣言をローガンから受けていたベアトリスは、魔術に関する教本を片っ端から読み進めていく。前世知識でチートをしているベアトリスは、基礎をおろそかにしている箇所があるために、稀に一般常識の術の編み方とは全く違う編み方を日常的に使ってしまっている場合があるのだ。

 本を読む音とからからという金属音がサロンの中に響いて、短い昼休みが終わりへと向かっていく。

 ベアトリスはふっと今日マリアに聞こうと思っていたことを思い出して、知恵の輪で遊んでいる彼女に声をかけた。


「ねえマリア、人がいない時はマリって呼んでいい?」

「いいよ~。じゃあ私もリズって読んだ方がいい?」

「どっちでも」


 2人はクスッと笑い合って、紅茶を一口飲んだ。


「ねえ、紙と万年筆あるからさ、名前書いてみてよ」

「えぇー、どうしよっかな~」

「マリ~」

「はいはい。リズも書いてよね~」


 ベアトリスの持っている万年筆にきらきらとした視線を向けながら、マリアはサラサラと紙に『相澤真里』と書き込む。ベアトリスはマリアから万年筆を取り返してから『楠木梨瑞』と書き込んだ。


「なんというか、2人とも特殊な名前よね。特に苗字」


 マリアの引き攣った声に、ベアトリスは肩をすくめた。


「確かに、普通ここで田中とか山本とか渡邊とか出てきそうよね」

「確かに、渡部さんって多いよね~」

「ねえ、ちなみに聞くけどワタナベってどの漢字思い浮かべた?」

「え~、普通のやつ。というかさ、紙に書いてせーので見せ合いっこしようよ」

「おっ、楽しそうね」


 ベアトリスは『渡邊』と書き、マリアは『渡部』と書いて2人は同時に見せ合った。全く違うと笑い合いながら、昼休みの終わりを告げる鐘の音を聞く。ベアトリスは名残惜しく思いながらも、地獄のイケメンの巣窟に戻るための準備を始める。


「じゃあ、今日の夜にまた会いましょう」

「じゃあね~梨瑞!」

「えぇ、ご機嫌よう、真里」

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