第7話

▫︎◇▫︎


「と、いうことで、私は“親友”を失うことが怖かったみたい!!」

「あ、………そう」


 学園の昼休み、マリアを引っ張ってサロンに連れ込んだベアトリスは口を開くや否いや、主語もなく捲し立てた。マリアは何が言いたいのかいまいち分からなくて、首を傾げてしまう。


(前世、常に主語がないと怒られていた私の喋り方は、今のベアトリスみたいな感じだったのかしら………)

「で?何があったのか1から説明してもらえる?」

「あ、………忘れてた」


 恥ずかしそうに頬を少しだけ赤く染めたベアトリスは、もじもじと口を開く。悪役令嬢のビジュアル恐るべしと思いながら、マリアは愛らしすぎる彼女の話を聞いた。


「昨日恥ずかしながらたくさんお酒を飲んで酔っ払っちゃったの」

「は!?あなた未成年よね!?」


 ケロッとした顔で常識はずれなことを言うベアトリスにびっくりしてしまう。


「この世界では16歳で成人だし、お酒は貴族ならば幼い頃から飲まされるよ?大人になった時に飲みつぶれて大変なことになったらヤバいしね………」

(貴族の常識マジ分からん!!平民生まれでよかった!!)

「まあ、それで酔っちゃってね。帰りに王太子殿下に出会ったお話したの。そこでさ、気がついたんだよ!!昨日彼をあなたに『攫って』って言った時にどうしてあんなに胸が苦しかったのか。

 そう!私は彼とずっとずっと“親友”でいたかったみたい!!」


 にこっと笑ったベアトリスは清々しい気持ちだった。


(あぁ!本当にスッキリした!!あいつのことを考え込むなんて私らしくなかったし、悩み解決してよかった!!)


 マリアにお話ししたことで色々とスッキリしたベアトリスのブレーキは、完全に破壊された。

 よって、彼女は今までにないくらいに満面の笑みを浮かべて今までに記した資料と昨日の夜まとめた資料をバンっと机の上に置いた。

 突飛なベアトリスのことを彼女が生まれた頃から見ている両親でも、今の彼女を見れば驚くだろう。


「じゃあ、これからについてお話ししよっか」

「へ?」


 いきなりの変化に、もちろんマリアはついていけない。けれど、これから大事なお話しが始まることは雰囲気で理解できたためにじっとベアトリスを見つめる。


「これは私が思い出せるだけ思い出してここ16年で書きためた『虹の王子さまを落としたい!!』の攻略キャラクターのプロフィールと攻略方法、あとルート別のエンディングまでの道筋よ。ちなみに、裏キャラまで全部まとめているわ」

「おぉ!!」


 ざっと20冊に渡る分厚い本をばんばん叩きながら、ベアトリスは話を続ける。


「ここで発生する問題は星の数ほど存在しているんだけど………、ざっと今私が説明しやすいものだけ説明するわね。まず1つ目、私が毎度プロローグを面倒くさいという理由でブチ飛ばしてゲームに取り組んでいたこと。1回目は見るんだけど、それ以降は全部飛ばしてたわ。スチルも同様ね」

「………だから、クラウゼルルートの出会いを忘れていたのね」

「えぇ。だからこのデータブックにはそこら辺のデータが0に近いわ」

「マジかよ、おい!」


 まだ1つ目で膝から崩れ落ちそうになっている彼女を支えながら本の表紙を撫でると、心が和んだ。


「2つ目、私が死んだのが『虹の王子さまを落としたい!!2』の発売前だっていうこと。先行で配られた情報も受験勉強のせいでほとんど見ていないから、私は2の情報を持っていないと言っても過言ではないわ」

「そこは任せて!!私、最終章の『虹の王子さまを落としたい!!6』までクラウゼルルートのみ全クリしてるから!!」


 自信満々に胸を張って言った彼女に、ベアトリスはにこっと笑ったまま背中に雷雲を背負う。


「………クラウゼルルート、のみ」

(はぁ?)


 腕を組んで肘をトントンと指で叩くと、笑顔がどんどん深くなっていく。

 マリアはそんなベアトリスに若干引いてしまう。


「え?なんでそこでブチギレてんの?」


 ひくひくと頬を引き攣らせる姿は、ヒロインなはずなのに可愛らしくない。


「梨瑞流オタクルール②!!

 オタクを名乗るならば、それ相応にやりこんでおくべし!!」

「あ、それ知ってる。ある程度やりこんでおかないと話についてこれなくて自他共に迷惑をかけるから、トークルームに入るメンツならちゃんと“全部クリアした上でルームに入ってこい!”ってやつだよね?」

「そうそう!………って、なんでマリアが知ってんの?」


 こてんと首を傾げると、マリアは逆に首を傾げ返す。


「いや、『リズ流オタクルール』って世界的に流行ったし………」

「は?」

(いやいや知らないんだけど!?)


 初めて聞く事実に、自分の死後に何があったのかと耳を疑いたくなる。

 けれど、今はなんとなく掘り下げない方がいい気がする。


「半分の無法地帯に近いネットでさ、『オタクならばこのルールだけは守れ!!』ってやつがカッコいいってめちゃ流行ったんだよね~。それから、世界的公式ルールと化した」

「まじか」


 令嬢言葉が板にいついているベアトリスでも、あまりの衝撃に前世のような砕けすぎた言葉遣いが出てきた。

 素面でここまで崩れるのは初めてだ。


「マジだよ。というか、貴族のお姫さまが『マジ』はやばいでしょ」

「………ここにはマリアしかいないからいいでしょ?」

「まあ、あなたがそう言うならいいけど」


 お互いに肩をすくめ合うと、くすっと笑った。


「あぁー、めちゃ心地い。だってさー、公爵令嬢だよ?肩の荷が重いよ………」

「そう?めっちゃ似合ってるけど?」


 学園内では珍しい膝丈のフレアスカートをひらひらと泳がせて遊びながら話を聞いているマリアを見ながら、ベアトリスはにいっと口の端を上げた。


「これでも前世、結構いいところのお嬢さま」

「マジか」

「ウソウソ」

(まあ、実家が自営業でそこそこお金持ちだったのは否定しないけど)


 マーメイドラインのスカートはひらひら泳がないために手持ち無沙汰なベアトリスは、自身の癖っ毛な黒髪をいじいじと弄ぶ。


「まあ、話戻すわよ」

「ん~、休み時間短いしね」

「そうそう。3つ目の問題は、私はこの本があったとしても上手に作戦を立てられないこと。見ての通り、私はカッとなりやすいし人の感情を操るのが苦手。おねだりとか正面から堂々とぶつかるっていうのは得意なのだけれど、今回ばかりはそうはいかないでしょう?だから、私だけではあなたに作戦を与えられないっていうのが大きな問題」


 ベアトリスの言葉にマリアは神妙に頷いた。


「もうそこらへんは諦めて、分岐ルートだけ間違えないようにするしかないね。あのゲームって言葉によってルートが変わるだけの系統だったし、ぶっちゃけ大きなミスさえしなければ問題は起こらないと思う。私自身もクラウゼルルートのみだけど全ルート丸暗記してるし、その他のルートは………まあプロローグはどうにもならないかもだけど、分岐に入る地点は実際喋ってたら分かるでしょ」

「………そうね」


 楽観的すぎるように見えるマリアだが、実質のところそれ以外に方法がない。ここに心理学系統のプロフェッショナルでもいたら話は別なのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。


「まあ、所詮はゲームキャラなんだし、分岐さえ間違えなければどうにかなるでしょ」


 にへらと笑って拳を突き出してくる彼女は、まさにヒロインの顔だ。ずっとこういう表情のみをしていたらいいのにと言いそうになって、ベアトリスは咄嗟に口を閉じる。

 そして、そのかわりに彼女に注意喚起をする。


「………マリア、言っとくけどここは現実リアルだから。痛いのも美味しいのも楽しいのも全部が全部分かる、現実リアルの世界だから」

「っ、」

「これだけは覚えておいて。ここは虚空ゲームの世界なんかじゃない、現実リアルの世界だよ」


 真っ直ぐと彼女を見つめていると、彼女が一瞬だけ野暮ったい眼鏡少女に見えた。

 丸い黒縁の眼鏡に眼鏡にかかるくらいに長い前髪、肩上に伸びている癖っ毛な黒い後ろ髪。黄なりのパーカーを着た今は懐かしい醤油顔の少女は、もしかしたら彼女の前世の姿なのかもしれない。


 ベアトリスはふっと少しだけこの世界が怖くなった。


(自分の行いは、良いことも悪いことも全部全部自分に返ってくる世界。さまざまな未来を破壊した私には、何が返ってくるのかしら)


 今までの自分の行いは否定したくない。けれど、ベアトリスはたくさんの“本当はあった未来”を破壊してきた。


 クラウゼルの両親からの愛情を得られないという悲しい現実から起こる自分だけを見てもらうための『檻』。

 キースの愛情深すぎる家族を見習った故の愛したものを縛り付ける『鎖』。

 ノアの愛情深い母親を喪った悲劇からくる母親にそっくりな自分の顔が大好きナルシストで感情があるものを愛せない故の『人形』。

 セオドリクの親からの厳しい教育からくるストレスで目覚めた氷漬けによる殺戮衝動の延長線上にくる『死体』。


 彼らが本当は愛するはずものを壊して、必要がないようにして、ベアトリスは未来の己に降りかかるはずだった厄災を事前に無くした。

 だからこそ、この先の未来でベアトリスに何が返ってくるか分からない。


(せめて、痛いのじゃなかったらいいな)

「ーーーー、ねえ、聞いてる?ベアちゃん」

「は?」

(え?ベアちゃんってもしかしなくとも私のこと?)


 ノアと同じ呼び方でベアトリスのことを呼んだ彼女は、腕を組んで質問してくる。


「だーかーらー、次のイベントって入学組み分けテストだよね?」

「え、あ、えぇ。そうね。入学試験で一応の順位はついているけれど、今のクラスは暫定ってことになっているから入学3日目である明日の試験で最終的な1年生のクラス編成は決定するわ」

「あの入試って本当に意味あるわけ?」


 マリアの素朴な疑問に、ベアトリスは苦笑する。


「必要最低限度の魔力と勉学の知識、身体能力を確かめるものだから一応は必要なのじゃないかしら」

「うえー、というか、勉学のテストは難しくなかった?」

「満点が発生しないようにしていたのよ。あのテストは合格者平均が60点になるように作っているって聞いているわ」


 そのテストでベアトリスは100点を取ったのだが、そこは棚に上げて話を進める。

 ちなみに、勉学のテストはベアトリスの満点王太子の98点騒動で来年からはもっと難易度の高い問題が1問出題されることとなったのだが、騒動を起こした2人は一生知ることがないのだった。


「へぇー、じゃあ明日のテストはもっと難しい問題が出るっていうこと?」

「いいえ。違う問題で同じ難易度だと思うわ。けれど、魔力量を測るテストと身体能力を測るテストは大きく変更になるわ。魔力量については入試みたいに光ったら合格っていうのではなくて数値化されるのと、身体能力を測るテストについては、限界突破という概念を捨てるらしいわ」

(今回こそは、王太子殿下に負けるかもしれないわね。………絶対に主席の座は開け渡さないけど)


 密かに闘争心を燃やしたベアトリスは、首を傾げていたマリアに気がついて咄嗟に意識を戻す。


「限界、突破………?」


 どうやらマリアと一緒に入試を受けたメンバーには限界突破者がいなかったらしい。

 ベアトリスはひとまず魔法学園の入試における限界突破という概念について説明することにした。


「限界突破というのは、高跳びなどタイム以外を測るテストである程度の高さを飛んだらテストを強制終了させるという精度よ。今年は王太子殿下と私、あと5人くらいいたらしいわ」

「ほへー、」


 マリアが感心したように頷いているのを見て、カチンときたベアトリスはにこーっと笑みを深める。


「確か、ゲーム内のヒロインも限界突破合格だったはずなのだけれど………、」

(ヒロインマリアはほとんど全部の能力値を最初からレベルカンストに近いところに設定されていたのよね………。入試成績は魔力量は上から2番目、勉強能力は3番目、運動能力に至っては1番目だっったはずなんだけど………。うん、彼女には無理そうね)


 カタカタと震え始めたマリアはなんということだと衝撃を受けている。そもそも、彼女はゲームをやりこんでいると言っていなかっただろうか。何故そんなことも覚えていないのかと質問したくなる。


「………引きオタに、ーーー前世引きオタに無茶をいうなああああぁぁぁぁぁ!!」

「うん、私も前世引きオタだよ?」

(まあ、前世から運動神経は悪くなかったし、色々な習い事をやらせてもらってたけど)


 ベアトリスは紙にさらさらとメモ書きを始める。


「まず初めに、マリアの入試成績を教えてもらえる?」

「えっと………、魔力量は上から5番目、筆記試験は2点、運動能力については………、250番」

「………ねえ、この学園の今年の受験者数って確か私の記憶違いじゃなかったら250人だったと思うのだけれど………」

「はい!ごめんなさい!!」


 マリアは本気でヒロインをしようとしていたのかとキレたくなってしまう状況に、ベアトリスは本気で頭をかかえる。


(ねえ、この時点でクラウゼルルート色々詰んでるんだけど!?)


 クラウゼルルートは相当に難しいルートだ。

 何故ならば、完璧王子と名高い彼に全教科全能力値で上を行って彼を励さなくてはならないからだ。


『クラウゼルさま、私、完璧ではなくてもいいと思うのです。

 だってあなたは私に主席の座を奪われた。

 でも、あなたの周りにはたくさんの方がいらっしゃいます。あなたのことを慕っている人が、たくさんいらっしゃいます。

 だから、気付いてください。あなたの周囲にいらっしゃる方は、あなたが“完璧王子”だからあなたに従っているのではありません。慕っているのではありません。あなた自身の人柄に、努力する姿勢に従っているのです。

 だから、ちゃんと周りの人を見て差し上げてください。そうすれば、………』


 クラウゼルルートのハッピーエンドへの道のりに行くために選択すべき彼を励ます言葉は、彼が周囲に愛されていると示すことだ。愛情不足ゆえにヤンデレに進む彼に贈るにこれ以上ないほどに相応しい言葉だ。

 ちなみに楠木梨瑞はこの選択肢で10回ほど間違え、ヤンデレ監禁エンドへと一直線に下降した。

 なんとも嫌な思い出である。


(この後、連日徹夜でクラウゼルを抜くために勉強をし続けたマリアは会話途中で倒れるのよね。そして、クラウゼルはそんな健気なマリアに惚れると。………ほんっと、男心って分からないわ。身体を壊して勉強をするだなんて、下の下。そんな奴に惚れる気が私には分からないわ)

「ね、ねえ、私ってもうこの時点で結構ヤバめだったりする?」

「そうね。この時点で壊滅的よ。お馬鹿さん」


 マリアは本気でクラウゼルを落とそうとしていたのかと質問をしようとして、ベアトリスはやめた。彼女はゲーム通りに進めようとしていたのだろう。主人公補正という不確かで不審なものを信じて、多分ここまできたのだろう。だから、ここでベアトリスが彼女にすべきことは諦めることでも、呆れることでも、怒ることでもない。

 彼女を導くことだ。


「ーーーだから、私が教えてあげる。

 魔力の総量の増やし方とか、勉強の山の張り方とか、身体の上手な扱い方とか、全部全部教えてあげる。

 だから、絶対に王太子殿下を落とすのよ!!」


 柄にもなく熱血系で話したベアトリスは、マリアにクラウゼルを落とさせるための作戦をいく通りも頭の中でシュミレートする。


「イェッサー!!」

(いや、なんで軍式?)


 だからこそ、次の瞬間にマリアがとった不自然すぎる行動をつっこめなかった。


 ーーーゴーン、ゴーン、


 昼休みの終了を告げる鐘の音が鳴って、2人は分かれた。

 今日は一日、学園内の構造やシステムの説明会で終わるらしいから、これからもとてもつまらない時間が続くのだろう。


(明日のテスト結果によってクラス確定、か………。今のところ私と王太子殿下以外に1年部の特進クラスのメンバーはいないし、このままいけばとってもつまらないわね。特進クラスのみほとんどの授業が1~3年部の合同といっても、3年部にセオドリクがいて、2年部にキースとノアがいるだけだもの。誰か可愛らしい女の子が欲しいわ)


 ベアトリスはそっと溜め息をついて、暫定で決まっている特進クラスへと歩みを進めるのだった。

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