第14話

「………ラビリンス伯爵令嬢の行動があまりにも目に余る行動でしたので、少しお話を」

「で?何故それだけでここまでの騒ぎに発展する。学園中で大騒ぎになっているぞ」


 ぶっきらぼうの話口調に甘やかな表情、冷え冷えとした視線。全てが噛み合っていない彼は真意を探るようにベアトリスを見つめてくる。色々と全部諦めたベアトリスは、投げやりに彼に対して説明を行った。


「ーーー分かった」

(何が分かったのか分からないのだけれど)


 ベアトリスは背筋がぐっしょりと濡れるのを感じながら、にこにこと笑みを崩さずに彼を見つめた。


「ラビリンス伯爵令嬢、お前は学園の在り方をしっかりと理解できていなかったらしい」

「っ、」

「この学園は貴族内での序列はある程度必要となるが身分平等であり、実力主義だ。例えば平民の娘が主席をとって生徒会長になった場合、この学園ではその娘の発言が学園の全てになる。2度目はないからしっかりと覚えておけ」


 微笑んでいるのにも関わらず、冷たく重い声に、ヴァイオレットが可哀想なくらいにぷるぷると震えている。


「っ、お、王太子殿下はあの小娘に生徒会長の座を奪われるとお思いで?」

「この世に絶対なんてない。そもそも、俺は何をやってもベアトリスに勝てていないのだから、そうなる可能性は高いと言っても過言ではないかもしれないな」


 意地悪く言ったクラウゼルに、ベアトリスはひっそりと溜め息を吐く。次席の座を譲るどころか主席の座を奪うために必死になっている彼がマリアに負けるわけがない。


(そもそも、ラビリンス伯爵令嬢はこの悪事が王太子殿下のお耳に入ってしまったという時点で未来が閉ざされてしまったと言っても過言ではないのよね………。お可哀想に)


 そう思いながらも、自業自得なヴァイオレットには決して手を差し伸べないベアトリスなのだった。


「わ、分かりましたわ!わたくし、これからは全員と平等に接しますわ!!」


 じっと考え込んでいたヴァイオレットは唐突に顔を上げたと思ったら叫んで宣言した。


「あぁ、いい心意気だ」

(………彼女、良くも悪くも素直すぎないかしら。変な人に騙されそうで怖いわ)


 ぶるっと身震いをしながら、場を収めたクラウゼルに連れられてベアトリスは特進クラスの教室へと向かう。


「………ベティー、この学園が創立された理由を知っているか?」


 廊下を歩いている最中、クラウゼルに質問されたベアトリスはじっと考え込んでから首を横に振った。


「ーーー知らないわ。でも、予測はできる」

「………………」

「まず1つ目、これは公表されている理由だけれど、平民の優秀な者や貴族内で虐げられていながらに優秀な人材を拾うため。王国内全員に必ず検査を受けさせるという名目が作れて全員の能力値を管理できる上に、家庭の事情に国が首を突っ込みやすくなるわ」

「………2つ目は?」


 彼の質問に、ベアトリスは中庭隣の吹き抜け廊下で立ち止まった。


「ーーー他の家の人間の弱みを掴むため。例えばさっきのような事例がいい例ね。あなたや私はラビリンス伯爵令嬢並びに、彼女の実家と将来的な婚家の弱みを握ったことになったのだから」

「正解だ。よく分かっているな」


 ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられて、ベアトリスはむぐぐと顔を顰めた。


(イケメンが触るなっ!!)


 もちろんこんなことは口が裂けても喋れないのだが、ベアトリスは我慢できないため心の中で叫ぶ。


「主に1つ目が表向きの理由として、2つ目が裏の理由として学園が存続している。まあ、2つ目については王族にとっても貴族にとっても諸刃の剣なわけだがな」


 自嘲したように笑った彼を見て、ベアトリスは乙女ゲームで起こった出来事こそがその最たるモノではないかと思った。


 『虹の王子さまを落としたい!!』というゲームは、攻略キャラが全てヤンデレ要素満載という部分以外は、ごくごく一般的な中世ヨーロッパをイメージしたファンタジー系の乙女ゲームだった。攻略対象を攻略して、ハッピーエンドを目指すという点もごくごく一般的だったし、ゲームのお話はちゃんと練ってあって矛盾点もなかった。ベアトリスの前世であり、生粋のゲームオタクである楠木梨瑞から見ても、本当によくできたゲームだった。キャラクターのビジュアルがとてもいいという点以外においては、梨瑞はとても満足していた。


 だがしかし、実際にこの世界に生まれ落ちて本当の世界というものを知ってしまえば、話は全て異なってくる。


 まず1つ目、ハッピーエンドの最後に行われる婚約破棄だ。

 そもそも、婚約というものは家同士のつながりを深め、貴族社会のバランスを整えるという名目があって行われている。それを公衆の前で堂々と破棄するなど言語道断。しかも、その言語道断の行いを王太子が率先して行っているのだから頭痛の騒ぎどころではない。それに、ヒロインマリアはあくまで平民であって、貴族ではない。結婚するにあたって貴族家もしくは王家に平民の血を入れることにつながり、あまりよろしくない。他にも沢山懸念はあるが、特に大きいのは再発の可能性が高いということだ。1度やってしまえば2度目からのハードルが低くなってしまって、同じようなことが2度3度と起こりかねない雰囲気へと変化してしまう可能性がとても高い。

 つまり、婚約破棄にしてもその後の結婚にしても、その後の未来を考えて行動していないということだ。


 2つ目、逆ハーレムエンドだ。

 これについての1番の問題は、最終的に誰と結婚するのかだ。貴族の最も大きな責務は後継である子孫を残すこと。よって、子供を残すことこそが大きなお仕事になる。だが、逆ハーレムエンドとはつまり、攻略対象全員と恋人になっているということだ。そうなれば誰の子供も生まれない、もしくは誰か1人の子供が生まれる可能性が高いということだ。正直に言って、これはどうしようも無い。攻略対象は必ず上位貴族の子息になっているということから子孫を残すというのは最も必要なことなのにも関わらず、子孫を残さないという選択肢を取ることこそが問題だ。


 最後に3つ目、聖女の結婚だ。

 この世界での『聖女』という人間はは神聖なる人ということで、結婚してはいけないという決まりがある。よって、ヒロインが聖女設定な時点で結婚というのは不可能になっていなくてはならない。そもそも運営側はそんなことも知らないであろうけれど、こちら側に住んでしまえばいろいろな不都合を感じすぎてしまう。


(本当に、ゲームでは楽しい世界であっても実際に住んでみれば違和感ばかりね。そもそも、ここは本当にゲームの世界なのかしら。王太子殿下の瞳の色が虹色じゃないのもとても気になるし、………マリアの情報で何かが分かるといいのだけれど)


 ベアトリスは溜め息を吐いて、クラウゼルを見上げる。


「………あなたの場合は問題行動なんて起こさないのではないかしら」

「不思議なことを言う。お前は直々に俺に問題行動を起こさせようとしているくせに」

「………………」


 ベアトリスは自分の作戦に気がついているかもしれないクラウゼルに何食わぬ顔で微笑んで、教室に向かう足を早めたのだった。


「………俺を置いていくとはいい度胸だな」


 再びベアトリスの隣に並び立った彼はベアトリスの腰を抱いて教室へ向かい始める。


「今日は明日からの授業の説明があるそうだ」

「そう。楽しみね」


 ベアトリスはにこっと笑って彼の手を叩き落として教室へと入った。


「ご機嫌よう、ローガン先生」

「………おはようございます、ローガン先生」

「あぁ、おはよう」


 公爵令嬢と王族相手にぶっきらぼうに挨拶をした特進クラスの教師ローガン・ウィーズリーは、グラデーションの瞳をすっと細めて品定めをするかのようにベアトリスとクラウゼルのことを見つめる。


「………正直に言うが、お前たちに魔法や勉強分野で教えることはない」


 高貴な顔立ちをふっと諦めたような表情に変えた気怠げなローガンは面倒臭そうな口調で話す。倫理観がぶっ飛んでいると攻略本に書いてあったし、ベアトリスの前世楠木梨瑞もゲームで実体験したわけだが今のところそこまで倫理観がぶっ飛んでいるようには見えない。

 だからこそ、勉強がそこそこ好きなベアトリスは彼に教えてもらいたいと思う。


「あら、そんなことはありませんわ」

「違う教師に教わることで新たな発見が生まれることもある」

「わたくしたちは公務もあって授業に参加できない日も多いかと思いますが、よろしくお願い存じますわ」

「俺からも頼む」


 ローガンはフンと鼻を鳴らして、教壇の上に立つ。と言っても、だだっ広い教室の中にいるのはベアトリスとクラウゼルのみなのだが。


「席につけ。授業を始める」


 面倒臭そうに頭を掻いたローガンは、机をたんと叩いて授業の始まりを宣言した。


「まず1学期の授業について説明する。1学期はまず初めに魔法基礎を学び、その後中間テストがあって集団宿泊研修、期末テストと続く。以上、質問はあるか?」

「特にない」「特にありませんわ」


 授業についてはベアトリスが事前に知っていた内容と特に変わらない。

 1学期は『虹の王子さまを落としたい!!』において大きなイベントが沢山起こる、怒涛の時期だ。

 まず初めに魔法基礎では魔法を上手に扱うためにノアとクラウゼルによるラブラブレッスンが行われ、中間テストでセオドリクとクラウゼルによるビシバシレッスンが行われ、集団宿泊研修でローガンルートを開く鍵の23個に上るイベントのうちの4つが回収可能となり、期末テストではキースと共に武術の鍛錬を行う。

 中でも1番大変なのはやはり集団宿泊研修だろう。このストーリーでは、最悪のエンドに進んでしまった場合17人もの生徒が死亡してしまう。中にはマリアとベアトリス、クラウゼルも含まれていてまさに最悪としか形容のしようがないイベントだ。


「………集団宿泊研修なんて面倒なもの、無くなってしまえばいいのに」


 ぼそっと無意識のうちに呟いてから、ベアトリスは今日の授業のための準備を始める。意識が高いのか低いのかイマイチ分からないローガンは、他のクラスとは違い今日から授業を開始すると宣言したのだ。

 カバンから教科書を取り出してベアトリスはパラパラと復習がてら教科書をめくっていく。新品のはずの教科書には、これでもかというほどにベアトリスの努力の箇所が書き込まれている。


「………その教科書が配られたのは1ヶ月前だったはずだが?」


 引き攣った顔をしたクラウゼルの教科書にも、しっかりと書き込みがしてある。


「私はあなたと違って忙しくないもの。お勉強に費やせる時間が多かっただけよ」


 少し頬を赤らめたベアトリスは授業が始まるまでの間いそいそと復習を繰り返した。

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