第17話
お風呂に入って魔道具を製作をして、8時になってからマリアの寮室に転移した。
「お邪魔します」
「お邪魔するなら帰ってください」
「えぇー、おにぎりいらないの?おかかおにぎり、ちゃんと持ってきたよ?」
「い、いる」
食べ物に釣られたのか、マリアはじゅるりとよだれを垂らす。
「じゃあ、今日はちょうど良いから魔道具製作を教えるわ」
「うえー、私、魔道具製作苦手なんだよね~」
「こればっかりは頑張るしかないわね」
上質な魔石をマリアの家の勉強机の上に並べながら、ベアトリスは肩をすくめた。ベアトリスも始めはよく魔石に魔力を込め過ぎて魔石を爆発させたものだ。そして、お部屋を半壊させたものだ。
「じゃあ、まずは適性のある光の魔術を組み込んでいきなさい」
お手本を水晶にささっと書き込んで、ベアトリスはマリアの前におく。
「これと全く同じようにできるまで何度もやり直すの。作った水晶は私が有効活用するから、もったいなとかそういうのは考えなくて構わないわ」
マリアは途方もない量の魔石を前にして、死にそうな顔をして頷いた。
(こ、これもクラウゼルルートのクリアのため。梨瑞も頑張ってくれているんだから、私も頑張らなきゃっ!!)
ベアトリスは早速隣で作業を始めたマリアを横目に、自信が持ち込んだカメラの術式を組んでいく。新たな魔道具を生み出すこと、それはつまり新たな魔術を生み出すことだ。既存の技術を組み合わせることによって魔術を作り出すというのは、簡単なようでいてとても難しい。作ってみたら、なんか違うものができたというのも珍しいことではない。
「ふぅー、」
純度の高い魔石をふんだんに使わなければならない分正直に言って、ベアトリスの作る初期の魔道具はコスパが悪い。失敗した時に失うお金も多いし、新たな魔道具を生み出す場合は基本お小遣いの範囲内ですると定められているベアトリスにとっては失敗というのは地獄のような響きを持った言葉だ。
「で、できたー」
やっと1つ目ができたらしいマリアの手に握られているのは、お世辞にも上手だといえるような代物ではなかった。けれど、努力の痕跡が見られる魔石で好感が持てた。
(あれくらいの精度なら、ランプに作り替えられるかしら)
寂しい部屋の中を見回しながら、彼女の作った魔石を彼女の部屋の家具にしようと考えていたベアトリスは必要そうなものをメモ帳に記していく。
「梨瑞は何作ってるの?」
「ん?カメラ」
「か、カメラ!?」
「うん、写真が印刷できる機能を追加したものをね~。ついでにコピー機も作らなきゃなって思ってる」
「ぶ、文明の異世界トリップ」
ベアトリスはマリアの言葉に苦笑して肩をすくめた後に、ぼそっと呟いた。
「だって、不便じゃんこの世界。私には、辛すぎるよ。日本に帰りたい」
ベアトリスは、叶わぬ夢を理想に掲げない主義だ。けれど、この夢だけは捨てられなくて、作り上げられた理想を壊すことができなかった。
(どこまで行っても、結局私は自分勝手だからね)
マリアは一瞬寂しそうな顔をして、その後黙々と魔術を魔石に刻み続けた。
(私は日本になんて戻りたくない)
ーーーきんっ、
マリアは情けない自分に辟易として溜まっていく涙を零さないようにするために、出来上がったばかりの美しい魔石を空に掲げて見つめる。
(前世は今世みたいに可愛くないし、能力値だって全部全部最低限。おうちは今世よりもずっとずっと貧しくて、ゲームとかは友達に頭を下げて貸してもらってた。情けなくて苦しくて仕方なかった。陰では色々言われてたのを知ってても何も言い返せなかった)
空虚にも見えかねないような透明な石は、前世の自分では到底触れることもできなかったような高価な品物なのだろう。
(だって全部本当のことだから。癖っ毛で髪は汚らしくて、目が悪いから大きな瓶底眼鏡で、服もまともに可愛い物を着た覚えがない。ままは必死になって働いてくれてたけど、母子家庭ではいろいろ無理があって、私も簡単なバイトをしてお金を稼いでやっとの生活だった)
美しい石が妬ましかった。
美しい花が妬ましかった。
前世は全てが苦しくて暗くて、モノクロだった。
(青春をしたかった。
友達と遊びたかった。
お金がないからというのを理由に何もできない生活から、一刻も早く抜け出したかった)
石をベアトリスが用意していた箱に入れて、ぎゅっと涙を拭う。
新しい石を持って魔術を刻もうとしている自分が空虚で芯がなくて、自分で自分が嫌いになってくる。
(無理が祟ったままが早死にして、自分1人だけになって、受験とかも全部どうでも良くなってしまった。梨瑞にはゲームのし過ぎだなんて馬鹿げたことを言ったけれど、本当はままが死んじゃって、勉強をする気力がなくなってしまった私は、勉強を捨ててしまった)
ーーーきんっ、
新しい石には先ほどよりもずっとずっと綺麗な術が施される。この
心底妬ましくて、羨ましい。
(ただただ現実逃避がしたくてゲームに打ち込んで、そして寂しいことになった。誰もいなくなった。私の周囲からは誰もいなくなって、それが私の悪い生活習慣を悪化させて、そして私は不摂生が祟って死んだ)
ーーーきんっ、
ちょうど半分くらいの石に術が施された。ほっと息をついて、マリアは拳を握りしめる。
(今世こそは苦労したくない。玉の輿を捕まえて、幸せになる。そのためなら、クラウゼルでもノアでもキースでもセオドリクでも落とす)
漆黒の空から雨粒が降ってくる。
シトシトと音を立てていた窓から聞こえる音はザーザーという音に変化して、マリアは窓を睨みつける。
(私は、何がなんでも幸せになりたい)
▫︎◇▫︎
3時間後、作業に集中していたベアトリスはあまりの集中力に驚いた。
マリアは全ての作業を終えていていつのまにか眠っていた。
しとしとと淡い雨が降っていた空はいつのまにか本降りに変化して、けたたましい音を響かせている。
部屋の隅っこに置いてあるおにぎりはもちろん手がつけられていなくて、正直お腹が空いていないベアトリスはそのまま置いて帰ることにした。
『真里ちゃんへ
おにぎり、置いて帰るわね。
ちゃんと朝ごはんにでも食べるのよ?
明日もお昼休みにサロンで待っているわ。お昼ご飯、精々楽しみにしておけば良いわ。
ご機嫌よう、梨瑞』
さらさらっとメモ帳に万年筆を走らせてから『ど◯でもドア』で帰宅する。
帰宅後のお部屋はしんと静まり返っていて、製作途中のカメラを本格的に作るにはぴったりの環境だった。作業台の上に魔石を置いて、ミリ単位で細かく刻まれている術をもっと複雑にしていく。ソフトウェアができ上がったらハードウェアを製作しないといけないゆえに、この作業はまだまだかかりそうだ。
「はぁー、」
朝の1時、帰宅後2時間の作業を終えたベアトリスはぐっと伸びをする。ペンを走らせて紙にカメラの構造を日本語でメモすると、今日のやるべきことは終了だ。
ベッドに倒れ込むようにして蹲ると、ベアトリスに争いようがないほどにきつい眠気が襲ってくる。
「………おやすみなさい」
ひとり寝は寂しくないはずだけれど、雨が降る漆黒の夜にひとりで眠るのは少しだけ、ほんの少しだけ寂しいような気がした。
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