第16話
昼からの授業は至って簡単だった。好きな魔術を魔法石に編み込んで、終わった人から下校だと言われたのだ。
「あーあ、センセー、まーたサボるために授業簡単にしやがった」
「?」
ノアが机に足を乗っけながら、ぶーぶーと文句を垂れ始めたことに、ベアトリスは首を傾げた。自習は授業の一環だし特に問題はない気がするが、何か問題があるのだろうか。
「あぁー、センセーさ、だいたい毎日昼からは実習で授業しないんだよ。僕からすればめちゃ楽だから良いんさけどさ、保健室でお昼寝とはほんっと狡いよね~」
「………教師が昼から真っ昼間からお昼寝とは大変な度胸があるお方のようですわね」
にこっと笑ってベアトリスは席を立とうとしたが、クラウゼルに手を掴まれて顔を顰めることとなった。話は最後まで聞けと言わんばかりの顔だ。
「そーだねー。でも、優秀だし、自習時間に出される製作課題ってちゃんとみて直すところとか良いところとか髪にまとめてくれるからめちゃくちゃ勉強になるんだよね~。ほんっと、うちのカテキョより優秀」
ぶーぶーと不貞腐れながらも瞳を輝かせているノアに、ベアトリスはいつものチャランポランの遊び男では無いと少しだけ驚いた。
「………あなたも一応魔法師団長の息子なのですね」
「え?なんで僕憐憫の瞳で見つめられてんの!?」
「日頃の行いのせいだな」
「え、殿下も酷くない!?ねえ!?酷すぎない!?」
「自業自得だ」
「セオドリクまで!?き、キースぅー、」
「キモい」
「うぎゃあああぁぁぁ!!」
クラス中全員に詰られた遊び人ノアはしょぼんとしょぼくれてしまった。
それからみんなの元気がいっぱいになり、ベアトリスは本来ならばあり得ない速度で課題を終わらせた。
「ふぅー、」
「え、もう終わったの!?」
「えぇ。光の癒し魔法を周囲一帯に広げる魔術を組み込んだものを製作しましたわ。それでは、わたくしお先に帰らせていただきますわね」
驚いた声を上げたノアもさすがで、もうほとんど終わりになっている。あとは最後の術式をまとめる文字を描いたら終了だろう。ミスも歪みのない完璧な術式だ。
「ちょ、待て!!」
「私が待てと言われて待つ人間では無いと知っているでしょう?王太子殿下はひとり寂しく王家の馬車でお帰りください」
「………くそっ、」
反対の全く課題が終わっていないクラウゼルは、もう少しの間苦戦しそうだ。彼はテーマが何もないものから新たなものを生み出すということが苦手ゆえに、こういう課題は好まない。課題が終わらない彼にはご愁傷様としか言いようがない。
「キースさま、そこ間違っておりましてよ。それでは皆さま、ご機嫌よう」
ベアトリスはキースのぐちゃぐちゃした魔術の間違いを指摘してから課題を提出して、馬を借りて邸宅へと帰宅したのだった。
「今日はちょっと早く帰宅できそうだし、モブオとデートでも楽しもうかしら」
にこっと悪戯っ子のような笑みを浮かべたベアトリスは、街に溶け込む服装のうちどれを身につけようか考えて、けれど、女物は持っていなかったと思い出した。そして、体つきが似ている侍女エレンにお洋服を借りようと思い立ち、エレンがいるであろう場所をしらみつぶしに探し始めた。
「エレンはどこか知らないかしら」
「エレンならお庭にいるかと」
探している途中で出会った執事に尋ねてたベアトリスはお庭に出てみた。すると、エレンはびっくりするくらいに簡単に見つかった。
エレンはお庭で草いじりをしていた。魔法属性が土の彼女は土との相性がいいらしく、そういえばよく庭師の真似事をしていたことを思い出す。
「エ~レン」
「わっ、ベアトリスお嬢さま!!」
首筋にある奴隷時の名残の番号を隠すためにチョーカーを身につけている侍女エレンは、妖艶な美女だ。ベアトリスと同い年で身体付きがよく似ている。肩上のふわふわとした金髪と艶やかなチョコレート色の宝石みたいな瞳が愛らしい。
「トリスでいいって何度言えば分かるの?」
「はいはい、トリスお嬢さま。で?なんのご用事ですか?」
「お洋服を貸してほしいの。私、モブオを誘って出かけてこようかなって思って」
手でハート型を作って見せると、エレンは呆れたような半眼を作って、これ見よがしに溜め息を吐く。
「ま~た叶わぬ恋の逢引ですか」
「うぐっ、」
「いいですよ。お洋服の準備をして参りますので、モブオを誘ってきてください」
「ありがとう、エレン」
モブオを探すためにまたベアトリスはお庭の中をお散歩する。薔薇が多い庭園は圧巻で、毎度歩く度に景色が少しずつ変わるのがまた面白い。今日も堪能しながら歩いていると、見知った背中をみつけた。
「モ~ブオ」
「………またおサボリですか、ベアトリスお嬢さま」
彼もまた半眼で、ベアトリスは肩をすくめた。
「今日はちゃんと授業が終わったから遊びに来たの。ちょっと街遊びに付き合ってよ」
「またですか」
「そうそう。来ないの?」
ベアトリスは髪をいじいじと弄びながら、行かないという彼に人参をぶら下げる。
「行き、」
「クレープでも奢ってあげよっか?」
「………ます」
(今日も私の勝ちね)
ベアトリスは勝ち誇った顔を浮かべて、30分後にいつもの路地裏集合と約束したのだった。
「お嬢さま、お洋服お持ちしましたよ」
「ありがとう、エレン」
彼女に借りたお洋服を身につけて、ベアトリスはその場で1回転して見せた。
「どう?」
「吊り目が祟って悪女の完成ですね」
心のこもっていない声と拍手に、ベアトリスはエレンを半眼で睨んだ。
「………1つ聞くけれど、なぜ真っ赤のワンピースに黒いレースのお洋服だったのかしら」
「似合うと思ったからです」
「悪女として?」
「えぇ。渓谷の悪女として」
(エレンってこんなに性格に難がある子だっただったかしら)
どこで育て方を間違ってしまったのかと嘆きながら、ベアトリスはお洋服を脱ぐ。
「私が国を傾けるとでも言いたいのかしら」
(私、結構国の役に立っていると思うのだけれど)
ベアトリスはもう1着の方を身につける。1着目が遊びで2着目が本気だったのか、2着目は………結構まともな気がする。気がしたい。
「えぇ、やりかねないと思っていますよ」
「相変わらずの性格ね」
「無口な双子よりはマシかと」
ベアトリスは鏡の前に映る自分から目を逸らした。
淡いピンクのお花が咲き誇るふわふわひらひらワンピースは控えめに言ってフェアリーだ。
「エレン、あなたは私をどうしたいの?」
「はいはい、座ってくださいね」
言われた通りに椅子に腰掛けた瞬間に、紙紐を取られてポニーテイルからツインテイルに変更された。もちろんリボンの色はピンクだ。
「ねえ、本当に何がしたいの」
メイクで瞳が垂れ目に見えるようにされたベアトリスは、色々と変わった。
「………私は、人間はメイク次第で変われると示したいのです」
「変われる………ねぇ?」
「実際に変わりましたでしょう?」
ベアトリスははぁーっと大きな溜め息を吐いて魔法を使用する。髪が淡い金髪に変化し、瞳も合わせて藍色に変化する。
「………うん、上出来。それじゃあ行ってくるわ」
颯爽と魔法を使って路地裏に行ったベアトリスは、モブオと合流した。
「うおっ!?お前誰!?」
「トリスさまとお呼びくださいませ」
ふわっと髪を靡かせて胸を張ると、モブオはぐっと顔を顰めた。
「なあ、もしかしなくともそれが変装だって言わないよな」
「言うわよ。商家の娘さまとちょっといいところのお坊っちゃま。わたくしとあなたならいい感じじゃないかしら」
「その髪と瞳で言うな馬鹿」
「えぇー、」
腕を絡めたベアトリスは、にこっと笑って彼を引っ張る。
「さあ、秘密の逢瀬の時間よ」
クレープ屋さんに青果屋さん、ハンバーガー屋さん、お弁当屋さん。いろいろなお店を回って食べて回る。甘いものに辛いもの、酸っぱいもの、食べるだけ食べて満腹になったベアトリスは、ぐっとベンチに座り込んだ。
「た、食べたー」
「そうね。食べ過ぎたわ」
満腹になったお腹をさすりながら、ベアトリスは黄金色の髪をいじいじといじった。
「なあ、なんで金髪藍眼なんだ?」
「? なんでだろ。きれい、だからかな?」
「そっか」
ーーーかぁー、かぁー、
漆黒の鳥が大空を舞う。
空はいつのまにか橙色に染まっていた。
「さあ、そろそろ帰る時間かしら」
「そうだな」
(なんか違う。楽しいのに、ドキドキしない)
心の中の違和感を無視して、モブオと別れたベアトリスは家に帰宅する。
「ただいま戻りました」
「「お帰りなさいませ、ベアトリスお嬢さま」」
「ただいま、ルナ、レナ」
身長が圧倒的に小さな侍女2人の頭を撫でて、ベアトリスは無表情の双子の侍女をじっと観察する。
「今日は顔色がいいわね。昨日、ご飯はちゃんと食べた?お布団でちゃんと眠った?」
「「は、はい」」
「ちゃんと、眠りまし、た」
「ちゃんと、食べ、ました」
真っ赤なストレートの髪にゆらめく炎のような赤い瞳のルナと、真っ赤なストレートの髪に巻き上がる風のような緑色の瞳のレナ。2人は捨て子でベアトリスが拾った子だ。
拾った当初は父アルフレッドに犬猫のように人間は軽々しく拾ってはいけないとこっぴどく叱られたものだが、今2人をもっとも可愛がっているのはアルフレッドだ。
餌付けをするとぶんぶん尻尾を振っている小型犬のような印象を与えるのが可愛らしくて仕方がないらしい。
分からないでもないが、お菓子をあげ過ぎて最近ご飯がお腹に入らなくなってきているのが、彼女たちの監督責任を持っているベアトリスの目下の悩みだ。
「よし、いい子」
でも、くどくど怒ることは出来なくて、ベアトリスはよしよしと双子の頭を再び撫でるのだった。
「今日は夜またお散歩に行くから、2人でちゃんとお休みなさいするのよ」
「ルナ、ちゃんと分かりました」
「れ、レナも、ちゃんと分かり、ました」
負けん気が強いルナと泣き虫なレナは正反対で、そこがまた可愛いと思ってしまうベアトリスはうぐーっと唸りながら双子をぎゅっと抱きしめた。
「「ふひゃっ!!」」
「可愛いいいいぃぃぃぃ!!」
「はいはい分かりましたから、さっさと双子を離してあげてください。ベアトリスお嬢さま」
癖っ毛な肩上の栗毛に、氷色の宝石のような瞳。シャキッとした美少女然とした容姿には似つかわず、借金で首が回らなくなってベアトリスに助けられた少女メアリーは、腰に手を開けてふんふんと鼻息を荒くする。
「メアリーもぎゅってしたら?」
「し、しま、………す」
ぎゅっとされるのがベアトリスからメアリーに移った双子は目を回してキョトンとしている。そういう仕草がいちいち可愛くて、ベアトリスは頬を赤くする。
「………早急にカメラを作ろう」
あまりに可愛すぎる双子に文明トリップの品を増やすことをベアトリスは決意した。
「かめら?」
「お父さまを泣かせる品物を製作するという意味よ」
「あぁ………」
なんとなく何を言いたいのか理解したメアリーは、両手を合わせた。
「ご愁傷様です、旦那さま」
良い子でベアトリスに従順なメアリーは、ベアトリスのストッパーを諦めてベアトリスの父アルフレッドへの憐憫に傾倒することにしたらしい。
(ご愁傷様です、お父さま)
ベアトリスはちょっとだけ申し訳なく思いながらも、躊躇いなく魔法石を見繕って机の上に置いた。
「いまからお作りになるのですか?」
「いいえ、暇な時にちょびちょび作るわ」
ベアトリスはエレンが用意した新しい服に着替えながら、メアリーの疑問に答える。ベアトリスの侍女は控えめに言ってみな美人なのだが、いかんせんどこかに問題を抱えている。よって、ベアトリスでなければ侍女に取り立てないような面子が侍女として控えていた。
「お父さまはご帰宅なさっているの?」
「はい、旦那さまはご帰宅済みです」
「じゃあ、今日も家族総出でお夕飯ね」
にこにこと笑って、ベアトリスはブラウスにスラックスを履く。家以外の場所では令嬢らしくマーメイドラインのドレスを着ているベアトリスだが、家の中では基本スラックスだ。
(動きやすさが1番で何が悪いのかしら。それに、私はお父さまに似て着飾らなくても美しいもの)
髪を下ろしてハーフアップに変更し、瑠璃がついた金製のバレッタで髪を止めるとベアトリスはスキップしそうな勢いで食堂へと向かう。
「お帰り、リズ。今日も遊びに行っていたのか」
「ただいま、お父さま。えぇ、今日は下町で食べ物巡りをしてきたわ。クレープが美味しいお店に行ってきたの」
(まあ、本当は10店舗以上の以上の飲食店を巡ったのだけれど、それを言ったらお夜食を抜かれてしまいそうだから、黙っておきましょう)
るんるんとご機嫌なまま、ベアトリスは食事の席に着く。
「………下町に遊びに行くのは構わないが、影は巻いて遊ばないでくれ」
「いやよ。それに私、影よりも強いもの。足手まといになるわ」
堂々と言い放ってから、ベアトリスはステーキを切り分けて口へと運ぶ。
「………ベル、俺はどこで育て方を間違えたんだ?」
「………わたくしにも分からないわ、アル。まあ、1番の関門はやっぱり剣だったんじゃないかってわたくしは思っているけれど」
「そうだな。………外では姫として過ごせていても、家に帰った途端にこの調子ではな………」
「はぁー、わたくし、娘とドレスでキャキャっとするのが夢でしたのに………」
「コレに言って何になる」
「そうよね………」
ベアトリスは我関せずといった雰囲気で食事をとり続けた。
(ごめんなさい、お父さま、お母さま。それでも私は、私らしく自由に生きたいの)
ベアトリスは最後のお肉をごくんと飲み込むと、ぱっと立ち上がった。
「ごちそうさまでした。お父さま今日から新しい魔道具の製作に入るから、私の部屋には勝手に人間を入れてはダメよ?」
「………………倫理観を壊さない範囲でやってくれ」
「はーい」
ベアトリスは両親に挨拶をして料理人にお礼を言ってから部屋に戻った。前世日本人故か小さな動作での譲り合いや感謝の言葉がついつい出てしまうベアトリスは、やっぱり少し異質らしい。直さなくてはと思っているが、素直に謝れたりお礼を言えたりするということは悪いことではないと思うから、ベアトリスは家の中でのみ続けている。
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