第2話
▫︎◇▫︎
ーーーキキー、バーン!!
トラックに撥ねられ、真新しい制服に身を包んで乙女ゲームの画面を開いたままの携帯を握りしめていた少女の身体が宙を舞った。
言わずもがな、即死。
こうして、少女は短い生命を終えたのだった。
▫︎◇▫︎
0歳、生まれたばかりの頃から、ベアトリスというの名の少女には記憶があった。そう、前世の記憶だ。前世の名前は
「あぁうー、」
(私、死んだの?やっと高校デビューだったのに!?というか、あのゲームのエンディング見られなかったんだけど!?)
前世オタクの梨瑞は、ゲームの時間を捻出するために必死こいて勉強していただけあって、それはそれは賢かった。
そして、当然前世の記憶持ちのベアトリスは文明が遅れた転生先の世界では異質でいて、年齢不相応で、過保護な両親をよく心配させた。
まあ、中にはベアトリスの突拍子もない破天荒な性格が災いしてものもあったが………。
「リズ!!あなた何をしているの!?そんなに高い梯子に登るだなんて危ないわ!!ご本はお母ちゃまが取ってあげるから、降りてきなさい!!というか、なんでまだ1歳なのにご本が読めるの!?わたくし文字の読み書きなんて教えてないわよ!?」
1歳の頃には、大量の難しい本を読み込み、母親を困らせた。前世とは全く違うお話に文化、意外と勉強好きだった梨瑞の血が騒いで、2歳になる頃には屋敷の本は網羅してしまった。
ベアトリスの母親は、金髪に淡い水色の瞳を持つ美しい女性で、儚げで垂れ目が特徴な穏やかな美人さんだ。ちなみに、ベアトリスは黒髪に七色の乱反射する瞳を持った冷たい美貌の持ち主たる父親似で、ど迫力の美人系の顔立ちをしている。ベアトリス的には、今の顔も嫌いではないが、正直に言うと、母親の顔立ちの方が好みだ。
そうこうしているうちに、ベアトリスは3歳になり、剣を習ってみたいと騒いだ。
(剣と魔法のファンタジー世界に転生したんだから、剣は必須!!前世のフェンシングの習い事を活かして、最強になってやるんだから!!)
家にあった宝飾品の剣を手に父親に直談判し、そしてベアトリスはまた叫ばれた。
「リズ!!剣を握るなんて危険だ!!いくら君が早熟だからといってそれはさせられない!!お父ちゃまは反対だ!!」
結局のところは父親が折れて、ベアトリスは史上最強の女剣士となってしまうのは、数年後のお話だ。
「リズ!!木登りなんて淑女としてやってはいけないわ!!危ないから降りてらっしゃい!!お母ちゃまと一緒にお茶をしましょう!!」
4歳の頃には、剣術でほとんど負けなしとかし、ずっと短パンにブラウスという服装となってしまい、最終的には肩下まであった髪を男の子のようにバッサリ切って、男の子のように遊ぶようになっていた。母親は当然困り果てたが、愛しの夫そっくりの娘を叱れなくなってしまったのだった。
ベアトリスはとある魔具を母親にかざしていた。ブオー!!と音を立てている魔道具は、オリジナルのものだ。
「リズ!!あなたはなんて天才なの!?これがあれば、髪を乾かすのが楽になるわ!!お母ちゃまとっても嬉しい!!」
7歳、肩より少しだけ伸びた髪を髪紐で適当に束ねたベアトリスは、魔道具発明に熱を上げていた。次々に文明をいくつもすっ飛ばした品物を作っているベアトリスはものすごく楽しそうだ。
今回作ったのはドライヤー、言わずもがな、これも母親以外の使用が禁止されお蔵入りになった。母親に甘い父親は、ベアトリスの発明品を母親が欲しいといったもののみ母親の元に残して、残りの発明品全てをお蔵入りにしなければならないという、すごく大変な目に遭ってしまうのだった。
ちなみに、魔道具専用の蔵はいくつも作られ、後世人間がちょっとずつ世に反映させることとなったらしい。ベアトリスによって、公爵家は長年の間えげつないものを隠し通すという任務が追加されたというのは、知る人ぞ知る秘密となった。
「リズ、すまないんだが、婚約が決まってしまった。明日挨拶に行くから、明日はちゃんと着飾りなさい」
「………………」
「ベアトリス」
「はあい、お父ちゃま」
8歳、ベアトリスに婚約者ができた。
(な、な、なんでよー!!私、王子なんかと婚約したくないんだけど!!私、モブ専なんだけど!?イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶だー!!モブっぽい平和なやつが好みなのにー!!)
心の中で叫んだベアトリスは、最近恋したお家に出入りしている平凡すぎる庭師の少年への恋心に蓋をするのだった。
(モブオくーん!!)
勝手に庭師の少年にしょうもない名前を付けていたベアトリスは、次の日の朝うんざりしていた。なぜなら、婚約者に会うために無駄に着飾らされているからだ。
ふりふりの水色のワンピースに編み込まれた漆黒の髪。正直に言ってうざったらしい。たくさんのアクセサリーがジャラジャラ揺れるのも不愉快だ。
ベアトリスはドロワースの下らへんの部分の素足にベルトでナイフを取り付けながら、思いっきり顔を顰めていた。リボンいっぱいのワンピースは、正直に言って精神年齢15歳の人間には厳しすぎる。髪はシニヨンにしてもらって首にかかっていないだけまだマシだが、動きにくすぎる。4歳になるまでは毎日こういう服を着ていたとは、俄に信じがたい。
着替えを手伝ってくれていた侍女は、足にナイフを取り付けるベアトリスを見なかったことにしてくれる。
小さい頃から愛想を振りまいてきただけにことはある。
ーーーコンコンコン、
「リズ、できたかい?」
「えぇ、ちゃんと着飾ったわ。お父ちゃま。でも、うざったらしくて仕方がないの。靴もピンヒールで足が痛いわ」
コツコツとピンヒールで床を叩くと、父親が可哀想にと言いながら、ベアトリスのことを抱き上げた。
「そう言われてもな………、ベル、どうにかしてあげることはできないかい?」
「できたら、わたくしの足もちょっとは楽になっているわ」
ベルというのは、ベアトリスの母親、ベルティアの名前だ。ぷくーっと頬を膨らませた実母に向けて、ベアトリスはふむふむと頷いた。
「今度、靴を作ってみるわ」
「あら素敵♡」
その後、ベアトリスたちはベアトリス発明の馬車に乗って王城へと向かった。
「それにしてもリズはやっぱり可愛いわね。わたくし似でクルクルカールのショートヘアな癖っ毛も、カーラーをかけて結ったらとっても素敵になるわ。リズ、もうちょっとだけ髪を伸ばさない?肩下ちょびっとだけだなんてやっぱりもったいないわ」
「むうー、剣の邪魔になっちゃうわ。今でも十分譲歩しているし、これ以上伸ばす気にはなれない」
邪魔な黒髪をいじいじと弄んだベアトリスに、ベルティアはほうっと溜め息をついた。
「ねえアル、リズは誰に似ちゃったのかしら?」
「私は君にそっくりだと思っているよ。予想外の突拍子もないことをやらかしてくれるところとか、特に似ている」
「まあひどい」
アルというのはベアトリスの父親の愛称で、本名はアルフレッドという。ベアトリスは地味に自分の名前の最初の方が両親から文字っている気がするのだが、あえて聞かないようにしている。両親のバカップルっぷりを毎日見て聞いている身からすれば、墓穴を掘りたくはないのだ。
「で?聞かなくても分かっているけれど、私の婚約者とやらは王子さまなの?」
「そうだよ」
(ますます乙女ゲームの悪役令嬢疑惑が上がるわね)
我が儘が許される環境で育っているベアトリスは、ここ8年で自分がラノベでよく見る乙女ゲームの悪役令嬢に転生するというテンプレに入ったのではないかと疑っていた。
なぜなら、自分がここ数年で前世に比べて我が儘になった自覚があるからだ。
(まあ、こんだけ甘っ々に甘やかされればね………)
周囲の環境に甘えている自覚のあるベアトリスは苦笑してから、再びアルフレッドへと視線を向けた。一見普通の馬車は、ベアトリスの特製魔道具によって全く揺れないし、防音効果を持っている。
「………君はどこにもやる気がなかったんだけど、兄上がどうしてもっていうからな………」
「………?お父ちゃまってもしかしなくとも王弟なの?」
「言ってなかったか?」
「言ってない」
ズボラなアルフレッドのことを呆れながらも、ベアトリスはぷくうぅーっと頬を膨らませた。
「お父ちゃまって、いっつも肝心のことを教えてくれない」
「いや、リズが聞いてこないから………」
「言い訳は結構。とりあえず、初期情報頂戴」
バッサリと言い訳をぶった斬ったベアトリスに、アルフレッドは泣きそうな顔をしながらも、整理された言葉を紡ぐかの如くゆっくりと言葉を発し始めた。
「君の婚約者は君の想像通り王子だよ。しかも王太子。私にとっては甥っ子になるかな。彼は金髪に藍眼を持っていて、魔法属性は水。王家、特に直系は基本虹の瞳を持って生まれてくる子供がほとんどだから、とっても珍しいことだよ。そして、彼もそもことをコンプレックスに思っている。そして、この瞳こそリズが近親婚をしてまで婚約者にならなくてはならない理由だ。分かったかな?」
「う~ん、なんとなくは分かった。つまり、王家の人間は私とお父ちゃまが持っている虹の瞳を持っていないといけなくて、王太子殿下はそれを持っていない。そして、今王太子殿下と結婚できる年齢の女子の中に私以外に虹の瞳を持っている子供がいない。よって私が選ばれた、そういうこと?」
(うわー、なんか聞き覚えのあるお話。まさか、乙女ゲーム『虹の王子さまを落としたい!!』に転生したんじゃないでしょうね?悪役令嬢の名前が確か、私と同じベアトリス・ブラックウェルだったはずなのよね………。ま、瞳の色は違うけど)
ベアトリスはベアトリスの前世、
乙女ゲーム『虹の王子さまを落としたい!!』は、いわゆるヤンデレ系の攻略キャラが集まっている乙女ゲームだ。攻略対象全員にブラックな過去があって、それによって碌でもない人間に成長したという設定になっている。
ちなみに、ベアトリスの前世楠木梨瑞は『教えてくん A』が推しだった。これがまた楠木梨瑞のドストライクの超絶平凡筆頭点ゼロの男だったのだ。
「それで?王太子殿下のお名前ってなんなの?」
「クラウゼル・エーデンフリート殿下だよ」
「そう………」
クラウゼル・エーデンフリートという名には聞き覚えがあった。やっぱり、予想通り乙女ゲームの攻略対象だ。
「どうしたんだい?リズ」
「なんでもないわ」
あっという間に王城に到着したベアトリスたちは、応接室に通され、そして国王との謁見になってしまった。
(さあて、攻略対象クラウゼル・エーデンフリートのヤンデレバッドエンドの行き着く先たる、『監禁』を起こす環境問題を解決しようかしら)
王城の窓から庭園を見下ろしたベアトリスは、肘置きに頬杖をついてほうっと溜め息をこぼして冷めた目で時間が過ぎるのを待った。
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