第3話
ーーーガチャン、
ゾロゾロと入室してきた3人の高貴な雰囲気の人間に、ベアトリスは一瞬だけそちらを見た後に、すぐに外を見ることに戻った。
(あれが『クラウゼル・エーデンフリート』か………、)
「リズ、」
ベアトリスは両親に倣って立ち上がり、深々と頭を下げた。
(クラウゼル・エーデンフリート、両親から愛情を受けられず育ったために愛情表現に難がある攻略対象。バッドエンドは全て監禁ルートで、ヒロイン並びに婚約者は必ず死亡。顔や地位だけを見る人間が嫌いで、甘いマスクの裏に残酷な一面がある)
「よく来たな、アルフレッド」
「兄上のお呼びとあらば、すぐに参上いたします」
「………娘を差し出すのを嫌がっていたくせによく言う」
苦々しい声を出す国王は、アルフレッドとそっくりな容姿だった。ベアトリスは冷たく周りを見た後に、視線を受けていることに気が付き、カーテシーを披露した。
「エーデンフリートが太陽、国王陛下ならびに王妃殿下、王太子殿下にご挨拶申し上げます。ブラックウェル公爵家が娘、ベアトリスと申します。此度はわたくしの身に余る光栄をいただけたこと、感謝いたします。精一杯この国のために尽くさせていただきます」
無難な挨拶を選択したベアトリスは、ベルティアに習った通りの礼儀作法を完璧にこなしていく。年齢不相応な行動は、国王両陛下にも異質に映ったが、自分達の息子も達観していることからそんなものかと放置した。
「クラウゼル、挨拶をしなさい」
「クラウゼル・エーデンフリートです。ベアトリス嬢、これからよろしくお願いします」
それから両親が話し合い、婚約者同士2人での交流会の場を持つことが決定した。理由は単純、クラウゼルもベアトリスも一言も喋ららなかったからだ。
ベアトリスは元々人見知りの毛色があって、基本的に屋敷の閉じこもっていることもあって、他人との交流を一切もっていない。そして、前世のベアトリス、つまり楠木梨瑞も引きこもりオタクであった。よって、ベアトリスにはお喋りにおける才能と人との交流という才能が壊滅的なまでに欠如していた。前世で見た悪役令嬢ベアトリスとは正反対な姿に、ベアトリスは知らぬ間に苦笑してしまう。
「ベアトリス嬢?」
「なんでもございません」
そう言いながらもお散歩に行ってこいと命じられてお庭へと出たベアトリスは、周囲を見渡して感嘆のため息をこぼした。
「………それにしても、綺麗なお庭ですね。隅々まで計算し尽くされて植えられていることが窺える庭園です。花の咲き方、色合い、茎の高さに、咲く時期、全てが完璧に揃えられていて大変美しいです」
「そうだな。………庭師の努力の結晶だろう」
やっとした会話はたったの4言で終わってしまった。ベアトリスはあと何分こんな苦痛な時間を過ごさなくてはならないのかと、苦々しい思いに襲われる。
(最悪ね。ただでさえあまり好ましいと思えない美形と一緒にいるのに、剰え会話が楽しくないなんて。ま、会話が上手にできない私の自業自得だけれど)
うざったらしいふりふりのスカートを捌きながら、ベアトリスは歩幅が大きく歩くのが早いクラウゼルに一定の歩幅を一切崩さずについていくのだった。
庭園の奥にある東屋についた途端、クラウゼルはベアトリスに手招きをしてから東屋の席へとついた。ベアトリスは大人しく彼の指示に従って椅子に座る。
「………楽にしろ。どうせ今の塩らしい姿が本性じゃないんだろう?」
「………………殿下も意地悪なことを言うわね。これで満足?」
「あぁ、」
口調を崩すと満足そうな顔をしたクラウゼルにちょっとびっくりしながらも、ベアトリスはぶらぶらと行儀悪く足を揺らした。
「………………、」
「………………………、」
永遠にも感じられる無言の時間が流れ、ベアトリスは段々帰りたくなってしまう。だが、1時間は2人で過ごすようにと命じられているために、ベアトリスはお城へと戻ることができない。クラウゼルも同じだろう。
「………お前は、この婚約をどう思う?」
「………私になにを求めているの?」
ベアトリスは質問に質問を重ねる。
(今は出来るだけ彼の情報が欲しい。ヒロインが攻略を失敗して惨殺ルートに入るなんてごめんだもの。私はさっさと婚約破棄をしてもらって、モブオくんとイチャコラするんだから!!)
「俺は正直に言うと、この婚約が気に入らない」
「そう、でも、今のあなたにはこの婚約を破棄する力なんてないわ。ま、私もお父ちゃまにおねだりするしかないけど」
「………………、」
クラウゼルが忌々しいものを見るかのような殺気の籠った視線を向けてくるが、長年剣士としての研鑽を積んでいるベアトリスには痛くも痒くもなかった。
「ふふふっ、ーーー舐めないで。そんな生ぬるい殺気、痛くも痒くもないわ」
「へえ?」
ゲーム内では文武両道、眉目秀麗、バッドエンドが愛情不足で育ったが故の『監禁』であると言うことを除けば、一応は完璧キャラだったクラウゼルは、ベアトリスと同じで剣術にも優れていて、最近では近衛兵と同等に剣を合わせることを可能としていた。そんな彼の殺気を痛くも痒くもないと、ベアトリスはそう評したのだ。
「今度手合わせを願おうか。お前、相当な実力者だろう?さっきここにくるまででも十分わかったよ。俺と同じで歩幅が一定だし、重心に一切のブレがない。動きが一流の剣士そのものだったからな」
「お褒めに預かり光栄ね。機会があれば、楽しむことにしましょうか」
同年代であり実力者との手合わせに、不覚にも舞い上がってしまったベアトリスはふにゃりと笑って頷いた。ゲーム内では、1番剣術に優れている近衛騎士団長の息子と同等に打ち合っていた彼だ。一緒に戦うと言う行為にわくわくしないわけがない。ベアトリスはスッと立ち上がって手を差し出し、悪戯っ子のように笑った。
(情報収集はもう十分。今日はこれ以上を引き出す必要はないわ。それに、そろそろもう帰っても問題ない時間。息苦しい空間ともさっさとおさらばしちゃいましょう)
「それじゃあ、そろそろ行きましょう。帰ったらちょうど1時間よ」
「………そうだな」
ストレートな王妃譲りの金髪に、水属性の魔力を表す藍眼の王太子クラウゼルは、ベアトリスの手を取ってゆっくりと立ち上がった。
そして、2人はまたもや無言で歩き続け、無事ジャスト1時間で両親の待つ応接室へと帰還したのだった。
「あら、早かったのね。お帰りなさい、クラウゼル。そしてベアトリス嬢」
「………どうぞお気軽に、トリスとお呼びください。王妃殿下」
トリスというのは、家族以外に許しているベアトリスの愛称だ。家族はベアトリスの最後の2字をとって『リズ』、使用人たちの中でも仲が良いものや信頼を置いている者は最後の3字をとっては『トリス』と呼ぶ。ベアトリスはどうしても家族と他人の愛称を分けたかったのだ。小さい頃は、両親は難色を示していたが、ベアトリスが、
『おとうちゃまとおかあちゃまの“とくべつ”にちたいの』
と言えば、即刻頷いた。子煩悩を通り越してはっきり言って親バカな2人は、ベアトリスの真っ白なふわふわの等身大のくまのぬいぐるみを抱きながら言った言葉の、あまりの可愛さに撃沈したのだ。
「じゃあトリスちゃんって呼ぶわね。クラウゼルとは仲良くやれそうかしら?」
「………相応の関係は築けるかと思いますわ」
にこっと笑っていうと、王妃殿下は苦笑をした。そして、ベアトリスとクラウゼルに席に着くように示した。
「………クラウディア、無駄なことはしなくてもいい」
「あら、アルノルト陛下。全てを無駄と切り捨てるのはよろしくなくってよ?何事もトライアンドエラーが大事」
「………………」
(国王陛下が王妃殿下には甘いっていうのは本当のようね)
ベアトリスは紅茶で喉を潤しながら、王太子クラウゼルと同じ輝かんばかりのふわふわした金髪に、深みのある藍眼をした王妃クラウディアと、自分の父親そっくりのストレートな長めの黒髪に虹色の瞳を持った冷たい容貌の国王アルノルトのことをそれとなく観察するのだった。
「ねえ、トリスちゃん、趣味ってある?」
「趣味、ですか?そうですね………、」
ベアトリスはチラッと両親の方を向いた。ベルティアは諦めたように微笑み、アルフレッドは目を伏せて何も聞かなかったことにすると表した。
(どうやら、本性を出してもいいって言ってくれているようね)
乙女ゲームの世界では、クラウゼルは完璧主義者だった。よって、ベアトリスにも当然『完璧』を求めていた。だが、乙女ゲームの世界のベアトリスは欠陥だらけだった。勉強と剣術が嫌いで、いつも享楽に耽っていて、常に公爵家という家紋を振りかざす、最低最悪の悪役令嬢だったのだ。
だからこそ、ベアトリスは本当のことを言う。彼に
「わたくしの趣味は、剣術、魔法、勉学、あとは魔道具作りですわ。ちなみに、集団運動、話術、人付き合い、お料理、お裁縫、お片付け、などなど人とのコミュニケーションが必須なことや、家事全般は救いようのないレベルに壊滅的です」
彼に嫌われるためとは言え、ベアトリスの発言であるこれらは全て嘘ではない。ベアトリスは勉強や運動、魔法は得意だが、人見知りもあることによって、人と関わらなければならないものや、女性らしいものが壊滅的に何もできないのだ。
(一応、音楽と芸術は前世の習い事のお陰で人並みには出来るけれど、どんなに努力しても人並みなのよね………)
ほうっと溜め息を吐きそうになるのを必死に我慢して、ベアトリスはクラウゼルに視線を向ける。
「王太子殿下のご趣味はなんですか?」
「………………、」
無言でこちらを見つめていたクラウゼルに、ベアトリスは気を利かせて質問した。
「………趣味は特にない」
「そ、そうなのね」
元も子もない会話に、ベアトリスはいい加減にイライラしてきてしまう。もっと話を続けると言う行為に対する努力という姿勢を見せて欲しいものだ。そもそも、彼には話を続けるという気すらもない気がする。
(あぁー、もう!!王子ってこんなに自由で良いわけ!?)
イライラしながらも表面上は穏やかな表情を保っているベアトリスは、お茶菓子に手を出した。正直に言って、それくらいのご褒美がないとこの王子といるのは面倒臭いのだ。
(あぁー、早くモブ顔に会いたいわ。お父ちゃまとお母ちゃまは良いにしても、王城には美形しかいない。気色悪くて仕方ないわ)
極度の美形嫌いなベアトリスは、お茶菓子を紅茶で流し込んだあと、ツンツンとベルティアのドレスの裾をこっそりと引っ張った。事前にベルティアに教わっていた、帰りたくなった時のサインだ。ベルティアはそこから上手にお話しを切り上げて、帰宅方向へと持っていった。
「それでは、これからベアトリスをよろしくお願いいたします、王妃殿下」
「兄上、今日はこのまま帰らせていただきます。それでは、」
「ご機嫌よう」
無難な挨拶を重ねた3人は、仲良く馬車に乗って帰宅した。帰宅後すぐに、ベアトリスがふりふりの服を脱いで、複雑に編み込まれた髪を解いて雑多に結い直したことは、言うまでもない。
(あぁー、やっぱり、これが1番落ち着くわ………)
そんな彼女の姿に、侍女一同が涙を飲んだのもまた、分かりきったことだ。
数日後、あっという間に時間は流れ、王太子妃教育が始まったベアトリスは王城へと登城していた。当然ながらいつもの男の子らしい格好ではなく、ワンピースに編み上げた髪と女の子らしい装いだ。だがまあ、当然ながら、ベアトリスの要望もあって相当おとなしめになっている。使っている生地が一流なだけあって、見栄えは問題ない。
「お久しぶりです、王妃殿下。本日からよろしくお願いいたします」
「お久しぶり、トリスちゃん。それじゃあ始めましょうか」
ぱんぱんと手を叩いたクラウディアに合わせて、たくさんの教本が現れて、あれよあれよという間にベアトリスの勉強会は開始されてしまった。ベアトリスは家にあった本を全て読破しているだけあって、ほとんどの内容を熟知していた。
正直に言って、クラウディアが教えなければならない内容は実践的な社交術とお裁縫、そして簡単なお料理にお茶の淹れ方だけだった。
「………トリスちゃん、あなたお家でどんなお勉強をしてきたの?」
「ただ、本を読んでいただけです。お勉強はとても好きなので」
本を大事そうに抱えたベアトリスはそういうと、次の授業たる剣術が行われる場所へと向かった。ちなみに、ベアトリスが抱えていた本は、王太子妃教育で使用する特別な本で、ベアトリスが読んだことがなかったために持ち帰ることを所望した本だ。ベアトリスは侍女に着替えるために本を渡すと、いつもの服装に戻って獰猛な笑みを浮かべた。
「さあて、王太子殿下との手合わせ、とっても楽しみだわ。心をバキバキに折ってさっさと婚約破棄をしてもらわなくっちゃ」
場面は移って演習場。
ベアトリスはとてもわくわくしていた。
「お久しぶりね、王太子殿下。今日は手合わせができると聞いて、朝からとってもわくわくしていたの。楽しませてくれるのよね?」
模擬戦用に先が潰されている模擬剣のレイピアを握って、剣先をクラウゼルに向けたベアトリスは妖艶に微笑んで見せた。美しすぎる笑みに、先程までハラハラとどうやって2人の戦いを止めようかと焦っていた近衛騎士たちが、不覚にもぼーっとしてしまう。
「あぁ、お前も楽しませてくれるんだろうな?」
「えぇ、そうね」
「では、始めるぞッ!!」
掛け声と共に同じく模擬剣の長剣を握りしめたクラウゼルが、ザッと踏み込んだ。
「えぇッ!!」
ーーーガキーン!!
甲高い金属が交わる音に、ベアトリスはニヤリと笑い、クラウゼルは焦った表情を浮かべた。次の瞬間、クラウゼルの剣が空高く舞い上がり、クラウゼルの喉元には細いレイピアの剣先が突きつけられる。
「………興醒めね」
(乙女ゲームの中で近衛騎士団長の息子と王国最強と謳われていたとしても、これだけの実力だなんてつまらないわね。私、このまま乙女ゲームが進んでいっても、殺されないのじゃないかしら?というか、殺せないのじゃないかしら?)
ベアトリスはそれだけを吐き捨てると、くるりと踵を返して汗を流しに戻った。
本格的な剣術訓練は明日からだということだから、ベアトリスは今日は早く帰ることにしたのだ。だが、ベアトリス自身は近衛騎士団の訓練に興味を持っていた。だから、明日に備えてしっかり休むのが正しいと判断したのだ。
「王太子殿下、もっと強くなって出直してきて。私、あなたみたいな弱い男はごめんなの」
帰る前に元の服装、つまりふりふりワンピースに身を包んだベアトリスはにこっと笑った。
(これであの男は怒ったはず………!!婚約破棄を目指すんだったら、徹底的に嫌われなきゃね)
ふりふりのお洋服はあまり好きではないが、見せかけ上必要だと思ったベアトリスは、今日は大人しくふりふりの服を着てきたが、やっぱり着直すと窮屈で仕方がない。ぐるぐるふわふわの髪を適当にハーフアップにリボンでまとめると、編み込みで結い上げていた、来た時のようなお嬢さま感はあまりないが、そこそこいいとこの娘には見える。
ベアトリスは溜め息をついて苦笑すると、帰宅した。
「ただいま、お父ちゃま、お母ちゃま」
「「お帰りなさい」」
部屋に即刻戻って急いで着替えたベアトリスは、両親の元に帰って今日の報告を始めた。
「今日は王太子殿下と手合わせをしたわ。雑魚すぎて話にもならなかったけれど、まあ、成長の余地ありってところかしら?」
「………王太子殿下が可哀想で仕方ないよ」
「そうね。可哀想だわ」
(失礼ね。弱いのが悪いのに)
ベアトリスはほうっと溜め息を吐き、その後に思い出したように手を叩いてとんでもないことを言った。
「あぁそうそう、ついでにあんまりに弱すぎたから、発破をかけてみたの。『もっと強くなって出直してきて。私、あなたみたいな弱い男はごめんなの』って」
「「………………」」
「ふふふっ、誰も文句を言えないくらいに強くなってくれたら、私は婚約破棄をしてもらえそうだし、頑張ってもらわないといけないわね」
楽しくて仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべたベアトリスに、両親は大きくため息をつくのだった。
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