第21話
▫︎◇▫︎
馬車から降りてそれぞれの荷物を手に、クラス別に分けられたお泊まり用の塔に入ったベアトリスは怒りのあまり額に青筋を立ててにっこりと微笑んでいた。
「どうやれば、こんな大惨事なるのから」
ベアトリスの視線の先にあるのは散らばりに散らばった服と髪、小物があった。もちろん散らばっているのはマリアのもので、片付けが苦手らしい彼女は2時間も片付けに時間を手渡されていたのにも関わらず、床中を散らかしていたのだ。
「分かんないよおおぉぉ!!助けて梨瑞ぅ!!」
「………………まず服は畳んでカバンに戻しなさい。小物は袋に小分けにして、1日目2日目と使う順番に手前に来るようにしまう。荷物は基本カバンに仕舞ったままにして、必要最低限のみを外に出す」
「は、はいいいぃぃぃ!!」
急いで仕舞う彼女の手つきは荒くて、雑で、服はぐしゃっとなってしまっている。直したいのは山々だが、ここで手を出してしまうと彼女の成長を妨げてしまう。ベアトリスはじっと我慢をして、彼女の作業を見つめる。
「お昼ご飯に飯盒炊爨をするから、軍手とタオルは必ず出しておきなさい。他にも必要なものがあったら、ナップザックにまとめる」
「は、はいっ!できたっ!!」
ぱんぱかぱぁん!と言わんばかりにナップザックを宙に掲げた彼女は、もう髪もぐしゃぐしゃで瀕死状態だ。ベアトリスはそんな彼女の髪をさっとポケットに入れていたコームでといてシュシュで2つにまとめる。シュシュは可愛らしいピンクと白のチェック柄で、つけた彼女の可愛らしさと十分にマッチしていた。満足な出来栄えに頷いて、ベアトリスは彼女を連れて男子のお部屋へと向かうのだった。
「随分と遅かったな」
中央の階段を隔てて正反対の奥の部屋に、男子部屋は存在していた。
中に入って早々に嫌味を言われたベアトリスは、にっこりと笑って彼に自分の持っていたナップザックを投げつけた。
「足手まといがいたの。それに、この“汚部屋”はいったい何なのかしら?」
ベアトリスの視線の先にあるのはそこらかしこに散らかされた服や下着、そして日用品の数々だ。中には絶対にいらないだろうと断言できるものもあって、怒り心頭のベアトリスの火に油をたっぷりと注ぐ。
今日だけで脳内がパンクしてしまいそうだ。
「あぁー、そのだな………」
「私、あなたに掃除の練習をしてから来なさいって言ったわよね?野営の度に毎度酷く散らかすから」
「………言ったな」
眉目秀麗、才色兼備のクラウゼルだが、彼は圧倒的に掃除の経験値が足りていなかった。生まれてこの方王太子として蝶よ花よとして育てられたのだ。逆に、お掃除が得意である方が不思議であるだろう。
「はぁー。………で?セオドリクさま、ノアさま、キースさま、一応聞いておきますが、弁明は?」
にっこりと尋ねると、彼らは苦笑、もしくは苦い表情をしてボソボソと話し始めた。
けれど、誰の声もベアトリスの耳には届かない。
「もっと大きな声で」
「「「はいっ!!」」」
揃った大きな挨拶に、マリアがふむふくと頷いた。
「さすがは悪役令嬢。格が違いますなぁ~」
ベアトリスは、おちゃらけているマリアに向けて極寒の表情を作り、深い青色の無地の布地にプラチナ製の持ち手が上品な扇子をぱらりと広げて口元を覆った。
「マリアは一緒に怒られたいのかしら」
「ーーーごめんなさい」
あっけなく謝ったマリアに、ベアトリスは深い深いため息を吐いた。
「ひとまず、セオドリクさまからお話を聞きましょうか」
ベアトリスがビシッと扇子で指すと、揃って正座をさせられているベアトリス以外の全員が背筋をピシャッと伸ばした。表情は強張り、死刑宣告を受けた罪人のような出立ちだ。
「………えっとですねぇ、」
すうっと横に視線を動かしながら、セオドリクはもごもごと話し始める。
「物がいつもと違う場所にあるというのが嫌でして………」
「集団宿泊研修というのは、周囲との協調性を学ぶ場。賢く、公平であるセオドリクさまは何よりもそれを理解しているはずです。そして、あなたの行った『自分が思う場所に思う物が、整頓されている』というのは集団で行動する上で、協調性を乱すものであります。しっかりと理解されておりますね?」
「はい………」
しゅんと丸まった彼は、すごすごと動き出し始め、棚や机、床の上に几帳面に並べられていた物を鞄の中に順序よくしまい始めた。おそらく、鞄の中にも入れる順番という足枷を作っているのだろう。本当に、こういう小姑のような行動は控えて欲しいこと極まりない。
(………“物言わぬものこそ美しい”という乙女ゲームの中の彼の信念も、ここからきているのかしら………)
冷静沈着な彼は、2度と同じ間違いを犯すことはないだろう。けれど、しっかりと見張っておくに越したことはないと判断しているベアトリスは、彼のお片付けの様子を確認しながら、次に起こる相手、ノアを真っ直ぐと見つめた。
ノアもセオドリク同様に、居心地悪そうに視線をずらしたのだった。
ベアトリスはそんな彼に向けてカツカツと扇子の持ち手を叩き、にっこりと笑った後に、すっと扇子で机の上にあるものを指差した。
「で?ノアさま。そこの机の上に並んでいる無意味に種類の多いコロンや香水瓶の類については如何説明なさるおつもりですか?今回のしおりには、自然の中で汗水を流して行動する故に、化粧品や匂い付けの品物の持ち込みを出来るだけ無くすようにと指示がございましたわよね?」
「えっと………、こ、これが僕の必要、だよ………?」
「それが通用するのならば、この世に衛兵や憲法、法律は必要ございませんわ」
ロングブーツのヒールを鳴らしながら、ベアトリスは30個以上に上るであろうノアの私物の前に立った。
(ミント、レモン、ウッド、バニラ辺りでいいかしら)
4つのコロンや香水を横に分けてから、ベアトリスはノアの方を向いた。
「………気分によって匂いを変えたいのであれば、これだけで結構です。あまりきつい匂いを纏っても、気持ちが悪いし臭いだけです」
「はい………」
潔が良すぎるぐらいにばっさりと切り捨てたベアトリスに、ノアはしゅんとうずくまった。
そして、そんなノアを一瞥したベアトリスは部屋中の自分の物を片付けているセオドリクに向けて、声をあげる。
「全てを片付ける必要はありません。必要最低限のみを鞄の外に出すべきだと言っているのです」
「あ、あぁ。分かっています。ですが、」
「難しくても仕分けるというのは大事なことです。………書類の分類と同じで構いせん。すぐに必要・必要・後で必要・必要ないなどの大まかな分類に分け、その後また精査を重ねれば、自ずと外に出しておくものは決まっていきます。これも練習ですから、将来の役に立つと思って頑張ってください」
にっこりとベアトリスが笑うと、彼は心底困ったように頭をかいて、そして作業を再開した。
「続いてキースさま」
彼の私物については必要最低限の身がきっちりと整頓されて置かれている。
正直に言って、彼だけでは怒る部分がない。けれど、彼の将来の立場はそれを許さない。だからこそ、ベアトリスは厳しくとも、嫌われても、はっきりと警告する。
「戦場で最も多い死因をご存知ですか?」
「………失血死か?」
「いいえ、感染症による病死です」
はっきりと言うと、キースはぱちぱちと瞬きをした。
「なぜ戦場で感染症が流行ってしまうかお分かりになりますか?」
仕切りに悩んで首を傾げて、周囲に助けを求めたキースはやっとのことで口を開く。
「………不衛生だから、か?」
「はい、そうです」
ベアトリスは前世で地域紛争についての自由探究をした際に読んだ、昔の戦場や今現在紛争によって亡くなる人の原因について思い出しながら、彼に話す。
少しでも確かな知識を、少しでも役立つ知恵を彼に授けるために、躊躇うことなく自分の知識を他人に渡す。
「戦場では、お風呂や手洗い・うがいが難しくなってしまいます。よって、感染症が流行ります。他にも他者の血液に触れたり、傷口の放置などさまざまな原因がございますが、やっぱり水を多使えないことによって起こる不衛生であると状況というのが、1番の死因です」
紛争地域では飢餓なども多くの死因だが、そこは省いて話した方がテンポがいいだろう。
「キースさま、ここで問わせていただきます。感染症による病死者を減らすために大事なことは何か分かりますか?」
「………話の流れからすると、部屋などを清潔に保つことか?」
「はい。ですから、キースさまはご自分のお掃除能力だけに頼るのではなく、常に周囲を綺麗に保てるよう、呼びかける能力を持つべきです」
「分かった。肝に銘じておく」
キースの真摯な頷きに、ベアトリスは満足そうに笑って頷いた。
「そして、1番の問題児、王太子殿下」
「………………」
「もう、どこから説教したら良いのか分からないわ」
完璧にお手上げのベアトリスは、ぱちぱちと扇子で自分の手を叩く。
「まず初めに、持ってくる物を必要最低限にすること。というか、簡易式ど◯でもドアなんて絶対いらないでしょ」
「しょ、書類仕事を」
「言い訳は結構。というか、こんなところまで書類仕事持ち込む馬鹿、普通いないわよ」
呆れて物が言えなくなってきたベアトリスは、ばっさりとぶった斬った。
(というか、彼に“ど◯でもドア”を渡してしまったこと自体が間違いな気がするわ)
頭痛がする頭を押さえて、ベアトリスははぁーっと溜め息をつく。そして、目の前で若干ショックを受けて固まっているクラウゼルにもう怒る気力も失せてしまう。
「ば、ばか………」
「そこ、問題じゃないから。はい。さっさといらない物を片付ける」
「い、いらない、もの………」
(………“馬鹿”は片言にならないといけないぐらいにショッキングな言葉だったかしら)
若干不思議に思いながらも、ベアトリスは彼の片付けを手伝う。正座を長時間させられていた故か、ふらふらとしているクラウゼルをちょびちょび支えながら作業していると、横でマリアがバタンと倒れた。
「あ、あしがあああぁぁぁぁ!!」
「あ、ごめんなさい、マリア。あなたのこと、すっかり忘れてたわ」
「ベアトリスさま酷いいいいぃぃぃぃ!!」
こだまする悲鳴を聞きながら、ベアトリスは片付けに専念し、やっとのことで部屋を綺麗で過ごしやすい状況にすることができた。
(異常なまでの大仕事だったわね………)
綺麗になったお部屋を見つめ、ベアトリスは汗を拭った。
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