第28話

▫︎◇▫︎


 炎と闇の魔法属性を表す赤と黒のグラデーションの瞳に漆黒の髪を持った誉高き公爵令嬢、ベアトリス・ブラックウェルはもう何度も世界が崩壊する瞬間を目にし、そして自らも破滅してきた。


 ある時は父アルフレッドが闇堕ちによって世界が闇に包まれ、またある時は国王アルノルトの暴挙によって世界が滅び、そしてまたある時はクラウゼルの魔法の暴走によって世界が消え去った。全てはあの男“ローガン・ウィーズリー”の発生と行動によって起こったことだった。


 国が、闇に、炎に、戦果に、氷に、暴風に、洪水に、ありとあらゆる天災に見舞われるのを気が狂うほどに体験してきた。

 大事なものが目の前で壊され、踏み潰され、消え去るのを何度も何度も体験してきた。


 体験をしてその度に涙して、憎悪して、けれど神さまは残酷でが記憶を持ったまま、崩壊する前の世界に連れ戻される。誰もベアトリスの言うことなんて信用してくれない。そんな世界で、ベアトリスが世界の崩壊を防ぐなんてできるわけがない。ほんの少し道を間違えるだけで、一瞬にして世界は崩壊する。

 何度も何度も体験して、絶望して、体験をしてを繰り返す。そんな日々に、ベアトリスの心は摩耗していった。だからだろうか、99回目の世界線で、ベアトリスは世界の崩壊を止めるためならなんでもやろうと思い立ってしまった。王太子の婚約者という地位を最大限に利用して、禁書庫の奥深くにまで潜り込んだ。


 そして、そこでベアトリスは《運命》に出会った。


 その本は表紙だけで言うなればただの本だった。飾り気のない深いワインレッドの革表紙に金箔で記された『世界』というありきたりな題名の本。けれど、中にはベアトリスが求めずにはいられない内容が書いてあった。

 高位貴族の子息たちのあり得ないスキャンダルはこの際放っておく。実際に何度かの人生では似たことが起きていたし、気にするレベルのものでもない。

 でも、この最後に記してある第6部についての記述はとても面白い。第1部のマリアという少女から始まって第2部メアリー、第3部ルナ、第4部レナ、第5部エレンの記述については正直どうでも良い。彼女たちがヒロイン?の際のお話は控えめに言って破滅ルートに近いから絶対にパスだ。

 けれど、第6部のもう1人の自分、王家の象徴たる七色の瞳を持つベアトリスが主人公である並行世界パラレルワールドについての記述は面白かった。


 乙女ゲームという外部から見たこの世界に関する記述は、確実にこの世界を美しい方向に持っていけるという確信をベアトリスに抱かせた。だからこそ、ベアトリスはふわっと心の奥底から幸せそうに微笑んでこの記述の世界を作るために禁書の魔術書を探し、そして、読み漁った。

 『世界』という画期的な本を見つけた生では運悪くも世界を救えなかった。父アルフレッドの暴走によって、あっという間に世界は滅んだ。この世界が滅ぶ確率が父の生存によって高くなるという事実に気づいたのはいつだっただろうか。


 狂気に滲んだ紅と漆黒の瞳を持つ100回目の人生を迎えたベアトリスは、にいっと笑う。


 99回の人生で壊れてしまった心は正しい判断をも失わせる。100回目の人生の破滅の寸前、ベアトリスは1冊の魔術書を見つけた。第6部の主人公ベアトリスに自分を近づけるために絶対に必要な作業。異界の魂を呼び寄せる魔法だ。自分の腕を切り裂いて、ぼたぼたと流れ落ちる紅でお城の地下牢に大きな魔法陣を描く。


「あはは!!あはははははははは!!これでっ!!これでわたくしの!わたくしの悲願がっ!!」


 高らかな叫び声を上げながら、ベアトリスは漆黒の闇魔術を発動する。


(………お母さま、待っていてください。次こそは、………次こそはあなたが必要以上に苦しまない未来を………)


 ぼろぼろと涙をこぼしながら、ベアトリスは今世の終わりを悟る。失血によってぐわぐわと回る世界に、闇魔術行使の代償による魔力の喪失、そして何より、足りない魔力を生命力で補ったつけが一気に回ってくる。視界は一気にブラックアウトされて、痛みや苦しみがなくなっていく。死ぬ時はいつもそうだ。苦しいのは本当に一瞬で、それからは何が起こったのかわからないくらいあっという間に死んでしまう。


(ごめんなさい、お母さま。ごめん、なさい………)


 自分の体が自分のものではなくなったかのようにあっという間に意識はいうことを聞かなくなり、ベアトリスの100回目の人生は幕を閉じた。

 嵌められて、冤罪をかけられて、あっという間に処刑が決定する。

 この世界はなぜこんなにもベアトリスに厳しいのだろうか。残酷なのだろうか。


 ベアトリスには分からない。


 100回目の世界が終わり、101回目の世界への輪廻に向かう途中、ベアトリスは1人の少女を見かける。漆黒の艶やかで真っ直ぐな長髪に、すっと鼻筋の通った、けれど、ベアトリスとは異国を思わせる違う薄い顔立ち。ぎゅっとまるまって泣いている彼女がベアトリスが呼んだ異界の少女であることは、存外すぐに分かった。


「あとは任せましてよ、リズ」


 世界の終わりへのカウントダウンの音は、まだ響いていた。

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