第11話 お客様は七海様

「なちゅまちゅり!?」


 バイト先、お客さんがいなくなったのを見計らって邪夢じゃむちゃんを夏祭りに誘ってみた。


「そう。私の兄と、その彼女もくるんだけど。ちょっと気まずくて、なんで私ここにいるんだろーとかなりそうだし、邪夢ちゃんが来てくれるならめちゃくちゃありがたいんだけど」

「か、カップル同伴のなつまちゅり・・・・・・よ、陽キャの領域に片足突っ込んでる・・・・・・」


 さっきまで元気に働いていた邪夢ちゃんの顔が、一気に真っ青になっていく。


 前回の件があってから少し自分に自信が持てるようになったのか、邪夢ちゃんはこれまで以上に一生懸命働くようになった。困っているお客さんがいたら、頑張って自分から話しかけることも多くなったみたいだし。


 まぁそのたびにどもって微妙な反応されてはいたけど、何か役に立ちたいという邪夢ちゃんの誠意はお客さんにも伝わっているのか、みんな笑顔で返してくれてはいた。


 そんな邪夢ちゃんに、今の言い方はズルかったかもしれない。


「せっかく友達になったんだし、一緒に行きたいなーって」


 だから私の本心も、ちゃんと伝える。


「え、えっと・・・・・・ちなみに、日にちは?」

「二十七日かな」

「そ、そっか。確かその日は、わたしもシフトは入ってなかったかな・・・・・・」

「えー! じゃあ行こうよ!」


 元々断られる覚悟で誘ったけど、なんとなく行けそうな雰囲気がして、つい大きな声を出してしまった。


「う、うん。じゃあ行こっ、行こっかな」

「ほんと? じゃあ決まりだ」


 おつりの点検を終えて、後はレジをしながら深夜番の人を待つだけになった。


 この時間になるとお客さんもほぼ来なくなり、おしゃべりタイムに入れるので私はこの時間が好きだ。


「そ、そういえば、お兄さんいるんだね」

「うん、一個上のね。邪夢ちゃんは兄妹いるの?」

「わ、わたしは一人っ子。だからちょっと羨ましいな、お兄さんがいるとどんな感じ?」

「そうだなぁ、寂しくはならないかな。家に歳の近い誰かがいるってだけで、ちょっと安心する」

「そ、そうなんだぁ」


 しーん、と。店内のBGMが大きくなったような感覚に包まれる。


「ご、ごめんね・・・・・・わたしから話振ったくせに、は、話広げるの下手で」

「え? ううん、いいよ全然。あんまりぺちゃくちゃ喋られるよりこれくらいのテンポが私は好き」


 自分のことを喋るのはあまり得意ではないので、まくしたてられるように質問されるのは苦手だ。その点、邪夢ちゃんと私は、相性がいいのかもしれない。


 そんな調子で邪夢ちゃんと何気ない話をしているうちに、バイトの終わる時間までもう少しとなった。


 適当に消耗品でも補充してようかなと、コーヒーマシンの前をウロウロしていると。


「い、いらっしゃいませー」


 邪夢ちゃんの声が聞こえた。


 あれ、お客さんが来たみたい。こんな時間に珍しいな。


「いらっしゃ――」


 だから私も続いて声を出そうとしたんだけど、店内に入ってきた人の顔を見て、つい途中で止まってしまった。


「あ、本当にいる」


 やってきたのは、七海ななみさんだった。


 グレーのパーカーにデニムパンツと、出かける時よりは少々ラフな格好で・・・・・・って、そんなのどうだっていい。


「えー、なにー? 亞呂ちゃんすっごい制服似合ってるよー? ちょっとコスプレっぽいね。やばい、背徳感」


 何を言ってるんだこの人は。


「冷やかしですか」

「バイト先教えてくれたのは亞呂ちゃんでしょー? 是非来てくれって意味かと思ったんだけど、違った?」


 今になって、自分の言動を悔いている。


 そうだ。前にバイト先を聞かれて、つい口走ってしまったんだった。


 そりゃあ、来るよなぁ。


「というか、お客さんにその態度はなに? お客様は神様なんですけどー? もっと丁重に扱って貰わなきゃ。ね、亞呂ちゃん『お帰りなさいませご主人様』って言ってみてよ」

「風邪薬はあちらにございますお客様」

「もー! 引いてないってばー!」


 このまま入り口で話しててもしょうがないので、私は七海さんを適当にあしらってレジに付いた。


 あまり目を合わせないようにしながら消耗品を補充していると、七海さんが買い物カゴを持ってこちらにやってきた。


「おねがいしまーす」


 ちら、と邪夢ちゃんの方を見ると、明かりの周りを飛んでいる羽虫に追いかけられているところだった。


 私が対応しなくちゃか・・・・・・。


「お預かりします」


 カゴの中身は、牛乳、ゴミ袋、シャーペンの芯。キャットフードに、ビニールテープ? なんじゃこりゃ。極めつけには、カ○ピスが七本。


「うー、なんか買ってる物見られるのって恥ずかしいねー」


 その割にはガッツリ買い物したみたいだけど。


「合計で、1920円になります」


 いつもなら一個一個読み上げるのだけど、なんだか、恥ずかしくて、合計金額だけを伝えた。


「じゃあ1920円で。おつりはいらないよ」

「言われなくてもでません」


 拗ねた子供のようになっている私に対して、七海さんはずっとニコニコ笑っている。どっちが店員なんだか、これじゃ分からないな。 


 商品を袋に入れて七海さんに渡すと、七海さんはその袋からジュースを二本取り出して私の前に置いた。


「これはバイトを頑張ってる亞呂ちゃんへのプレゼント。それから、羽虫に追いかけられてる、あの子にも」


 って、邪夢ちゃんまだ羽虫と遊んでたんだ・・・・・・。 


「それじゃ、残りのお仕事。頑張ってね」


 それだけ言い残して、七海さんは去って行く。


 お礼を言う暇もなかった。


「ありがとうございましたー!」


 ようやくでた言葉は、私としてなのか、店員としてなのか、もはや分からなかった。


「なんなんだ」


 目の前に置いて行かれた、二本のジュース。


 ちょうど喉は渇いてたけどさ。


 邪夢ちゃんを呼んでジュースを渡すと、丁度深夜番の人がやってきた。


 タイムカードを切って、店長に挨拶をしてから店を出る。


 ジュースのキャップを開けて口を付けると、甘みが口全体に広がっていって、一日の疲れが吹き飛んでいくようだった。


「び、ビックリしたぁ。まさか七海先輩がお店に来るなんて」


 口に含んだジュースまで、吹き飛んでいくところだった。


「え、邪夢ちゃんあの人のこと知ってるの!?」

「う、うん。同じ学校だし」


 そういえば、そうだ。今は夏服だからちょっと分かりづらいけど、邪夢ちゃんと七海さんは同じ制服を着ている。


「でも学年が違うじゃん。同じ部活とか?」

「ううん、わ、わたしは部活入ってないし・・・・・・七海先輩もたしか入ってなかったと思う」

「そうなんだ・・・・・・ハッ!」

「ど、どうしたの? 亞呂さん」


 これは、チャンスなのでは?


 七海さんが何を考えて私に付き纏ってるのか分からないけど、同じ学校である邪夢ちゃんなら、あの女の本性を知っているかもしれない。


 実は学校一のヤンキーで、毎日窓ガラスを金属バットで割って回ってるとか。そういう畜生みたいなエピソードが出てくるはず!


「あの人って、学校だとどんな人なの?」

「えっ!? そ、そうだなぁ、結構有名人、かな? ほとんどの生徒が七海先輩のこと知ってる、と思う。いつもテストの点数は学年一位みたいだし、運動神経も抜群で体育祭でものすごい活躍してたし。その上すっごい美人でしょ? しかも優しくて、困ってる人がいたら放っておけない完璧超人。わたしも食堂でご飯を引っくり返しちゃったとき、七海さんに助けてもらったなぁ。一緒に拭いてくれてね? 私、思いっきりハンバーグを落としちゃったんだけど、七海先輩、同じハンバーグ定食を買ってたみたいで、そのハンバーグを半分、分けてくれたの。あのときはこんなに優しい先輩がいるんだぁ~って、嬉しかったなぁ・・・・・・って、亞呂さん!?」


 そんなバカな。頭がクラッとして倒れそうになった。


「だ、大丈夫?」

「で、でもそのあと、体育館裏に呼ばれてヤンキー共にリンチされたんでしょ?」

「え!? そんなことないけど・・・・・・」

「金属バットで窓ガラス割って回ってたんでしょ!? そうだと言ってよ!」

「え、ええ!? どんな想像!? し、しないよそんなこと!」


 七海さんは裏表なく、誰に対しても優しいだって?


 しかも頭もよくて、運動神経もいい?


「それに今は、生徒会の鳥谷先輩と付き合ってるみたいだし。あれ? そういえば同じ名字だね」

「それ私の兄です」

「え」


 邪夢ちゃんが固まっていた。


「あ、あの? カッコよくて爽やかで、次期生徒会長の座を意のままにしているあの鳥谷先輩が、お兄さん?」

「ぜんっぜんカッコよくて爽やかじゃないし」

「そ、そうなの? 家では違うものなのかな」

「何食っても美味い! って言うし、どんなテレビ見てもガハハ! ってカバみたいに笑うし。そのくせ夜道は一人で歩けないような人だよ」

「わ、わかんないものだね。あんまり顔は似てないから、気付かなかった・・・・・・」

「血は繋がってないので」

「な、なんか踏み込んでばっかりでごめんね! ああダメだなわたし・・・・・・え、えっと。わ、わたしバイト辞めるから!」

「いやどんな責任の取り方!?」


 私まで頭がこんがらがっているのに、邪夢ちゃんまでパニックになられたら、この場に冷静な人が一人もいなくなってしまう。


「気にしなくていいよ。血は繋がってなくても、それで困ったことはないし」

「そっか・・・・・・亞呂さんは、そうだよね」


 どういうつもりで言ったのだろうか。


 邪夢ちゃんからの謎の信頼を受け止めて、夜道を歩く。


 信号で止まると、邪夢ちゃんが口を開いた。


「じゃあ、夏祭りはそのメンバーで?」

「うん、あとは佐倉さくらも呼んでみようかなーって思ってる」

「あ、そういえば亞呂さんは佐倉さんの紹介でうちのバイト入ったって、言ってたね」

「そうそう。邪夢ちゃんは佐倉と喋ったことある?」

「あ、あるにはあるけど」

「え、何その感じ。もしかして仲悪い?」

「そうじゃなくて・・・・・・」


 邪夢ちゃんは自虐的な笑みを浮かべて、視線を落とした。


「眩しすぎて、一回も目合わせられてない・・・・・・」

「ああ、佐倉は、そうかもね」


 私がちょっとサッカー部の森崎くんの話をしただけで「じゃあアタックしちゃいなよ! いやするべき! アタシがサポートしてあげるから! 今日行こ今すぐ行こ!」とか言う子だ。


 邪夢ちゃんからしてみれば、佐倉と喋って意識を保っていただけ上出来だろう。


「じゃあ、誘うのやめとく?」


 邪夢ちゃんは首を横に振った。


「ううん、大丈夫」

「そっか」

「あ、亞呂さんがいてくれるなら・・・・・・なんて、へ、へへ」


 急に嬉しいことを言われる。


 これが友情・・・・・・強いなぁ。


 今ならどんな困難でも、乗り越えられるような気がした。そんな投げやりで根拠のない希望こそ、青春の正体なのかもしれなかった。

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