Barrette.4
第16話 origin bullet
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「おい、起きろ」
私は拠点の近くにある射撃場のど真ん中で、仰向けに倒れていた。
「射線も把握できねぇようじゃ実戦では使えねぇ。死ぬ気でやるのは結構だが、簡単に死ぬような奴を戦力として数えられるほどこっちも余裕はねぇんだ。気絶してる暇があったら荷物まとめてとっとと帰れ」
顔面を靴で踏まれ、ようやく私は、自分がゴム弾で頭部を撃ち抜かれたのを思い出した。
訓練では実弾の代わりにゴム弾が使われる。非致死性とは言うが、近距離や命中箇所によっては死に至る場合もある。
死ななかっただけマシか。
「国からも資金が出て整備もされている軍の基地なら結構だが、ここは紛争地帯のど真ん中。いつ戦闘が始まるのかもわからねぇんだ。ガキの遠い未来に希望を抱いてるほどのんきにしちゃいられねぇ、見込みがねぇならすぐにでも処分してやってもいいんだぞ」
「なんですかその言い方、そもそも俺は二年間、狙撃の基礎を学んだ。お前らの言う通り訓練もしてきたし、設けられた模擬試験もクリアしてきた! そのくせ今度はハンドガンでの白兵戦!? 一体いつになったら実戦で使ってくれるんですか!」
「さっきも言ったがここは年中紛争が起きてるような場所だ。狙撃? ああ、お前は確かに狙撃の基礎を学び、軍でも導入されている試験もたった二年でクリアしてみせた。だが、それがなんだ? 物資の補給もままならねぇここで、狙撃銃がなかったらどうする。得意の武器がないので今日はお休みしますってか?」
ボスは私の首根っこを掴んで無理矢理起き上がらせると、わざと他の兵士の前に放り投げた。
まだ身体の自由が効かず、私はその場で崩れ落ちてしまう。
「どんな状況でも一人前に戦えるのが兵士だ。それに、ここじゃあゲリラ戦が主になる。ご丁寧に火器持って睨めっこなんてお行儀の良い戦いじゃねぇんだ。火薬の節約も必要になる。そのためには音をなるべく立てないサプレッサーで敵を鎮圧するのが一番てっとり早いんだよ。分かったかガキ」
私は頭が悪い。戦争のやり方も、物資の管理もできないから、ボスに言い返す言葉が見つからない。
「・・・・・・分かりました」
だから、私は歯を食いしばって立ち上がるしかない。
「絶対できるようになってやる。そしたら、俺を使ってください。必ずです」
「ああ、俺は嘘はつかねぇ」
「なら、やってやる。狙撃だろうと白兵戦だろうと、どんな銃だって使ってやる。どんな銃でも殺せるようになってやる。絶対、殺してやるんだ」
私にあるのは、この殺意だけだ。
私を動かしているのは、知識でも技術でも、夢でも憧れでもない。
殺される前に、私が殺す。
それがこのクソみたいな世界への、答えなんだ。
ボスはそんな私の腹を思い切り殴ると、次いで頬に肘を喰らわせ、私を衛生兵の元に投げ飛ばした。
「言ったろ、死ぬ気でやるのはかまわねぇが、すぐ死ぬ奴は使えねぇ。ガキはまず、怪我を直してきやがれ、吠えるのはそれからだ」
ボスが私をバカにするように言うと、周りにいた男たちも同じように私を蔑視し、嘲笑った。
「弱い犬ほどよく吠えるってなぁアロ! お前が戦場に来られる日なんか来るのかねぇ! 大人しく日本に帰ってSUSHIでも食べてたほうがいいんじゃねぇか!」
ギャハハハ、と、私を嗤う声。
こいつらは、私が子供だからと、バカにしてるのだ。
大人は嫌いだ。
大人はいつも、自分たちが正しくて、自分たちが何よりも強いと思い込んでいる。
「お前らもいつか、殺してやる!」
担架に乗せられながら、私を嗤う奴らに思い切り中指を立ててやる。
大人なんかより、子供の方がよっぽど強い。
その証拠に、戦場で死ぬのはいつも大人たちだ。
子供の方が生き残る数は多い。それが、子供の方が強い証拠だ。
いつか思い知らせてやる。私の方が、強いってことを。
「・・・・・・殺してやる」
治療室に運ばれた私は、白い天井を見上げながらそう呟いた。
「もう少ししたら
「殺してやる」
衛生兵が何かを言っていたが、私にはそんなもの頭に入ってこなかった。
私の頭にあるのは先ほどの訓練でボスに勝てなかった悔しさと、今度こそ殺したいという殺意。それから、早く殺すのが楽しみだという復讐にも似た執念だった。
「あ、いたいた。キミが
耳馴染みの声が、殺意を呟く私の頭にスッと入って来た。
・・・・・・日本語?
日本語なんて、両親としか喋らなかったから、三年ぶりだろうか。
「わーお、派手にやられちゃってるね。ボスも手加減がないもんだ」
その人は緑の帽子を被っているが、服装は衛生兵のものではなく、汚れ一つない白衣だった。その腕には、赤い十字のマークが刻まれている。
髪は長く、それを束ねるために、頭の上には茶色の髪飾りのようなものを付けていた。
「はじめまして、あたしは璃空。日本では医療機関に従事してたんだけど、色々あって、今ではボランティアで各地を回ってるんだ。キミみたいなけが人を治すために。やー、でも日本人にあえて嬉しいよー、ここの言葉、各国の言語が混じりすぎてわかんないんだもん」
「なら、さっさと治してください。早く訓練に戻らなくちゃ」
身体を起こそうとしたが、背中と腕に強い痛みが走って起き上がることができなかった。
「あー、ダメだよ骨折してるんだから。えっと、ちょっと待ってねー」
璃空という人の声は、どこか間延びしていて、戦場にはいささか不釣り合いに感じた。
「早く戻って、どんな銃でも使えるようになって、ボスに認めてもらわなくちゃ。そしたら戦場に行って・・・・・・たくさん殺してやるんだ」
「もう、物騒なこと言わないの。とりあえず折れてるところはギプスで固定するけど、一ヶ月は安静ね? それからこれ、膝を擦りむいてたみたいだから一応絆創膏も貼ってね」
膝に貼られた絆創膏を見て、私は更に苛立った。
「なんですかこれ」
「うさぎちゃんの絆創膏だよ? かわいいでしょ」
「バカにしないでください!」
私に触れるその手を、思い切り振り払う。
近くに置いてあった医療器具がいくつか音を立てて地面に落ちたが、そんなのどうだっていい。
「ありゃー、うちの娘はその絆創膏してあげると喜んでくれるんだけどなー」
「何がかわいいだ。そんなもの、俺には必要ない!」
大人はいつも子供を見下している。銃さえ持ていれば、私たちの間に差なんかないはずなのに。
やっぱり、分からせてやるしかない。
「貸せ!」
ステンレスのトレーに置かれたハサミを奪い取ると、私は邪魔になっていた前髪を思い切り切った。
そうだ。さっきの訓練も、この前髪が邪魔なせいで負けたんだ。
「もう、そんな切り方しちゃダメでしょ? もっとオシャレに切らないと。前髪は特に大事なんだから」
「うるさい。それに、オシャレってなんですか。銃の種類ですか」
「そうじゃなくって、もっとかわいくなろうよーってこと」
「そんな必要ありません。かわいくなったら人をたくさん殺せるようになるんですか?」
「うーん、キュン死なら」
同じ日本人なはずなのに、この人が何を言っているのか、私にはさっぱり分からない。
「それに俺は、男だから。かわいくなる必要なんかないです」
私が女だとバレたら、きっとこの戦場から追い出されてしまう。
幸い、この拠点での入浴やトイレは各自自由に行うことができるので、二年間、隠し通すことはできた。
「男? うーん」
璃空さんは、人差し指を口元に当てるようなポーズを取って、視線を虚空にさまよわせた。
「あはっ、また来るね」
何が面白いのか、その人はふわりと笑うと、治療室を出て行った。
もう来るな。
そう呟いて、私は天井を見上げる。
早く、戻らなくちゃ。
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