第12話 ゴースト少女
「で、でも。あれだね、なんか
「え、そう見える?」
「ち、違ったらごめんね・・・・・・なんだか、七海先輩の接客してるときの亞呂さん・・・・・・いつもより暗かったから」
「ああ、そういうこと」
確かに、あれは反省すべき点かもしれない。謎の恥ずかしさがあったとはいえ、七海さんはお客さんだったわけだし。
でも。
「ちょっとね、苦手ってワケじゃないんだけど。あの人、分からなくってさぁ」
「分からない?」
「どうして私にそんなに絡むんですかって聞いても秘密、としか教えてくれないし。教えて欲しかったら、私のことをもっと教えろ、なんて言ってくるし。ぜんっぜん。何考えてるんだか分からないんだ」
そもそも、なんで七海さんは私のことを知りたがる? 普通にこだわるあまり、普通の人間ではないことを怪しまれている? だとしても、七海さんが私にコンタクトを取り始めたのは脱衣所で裸の邂逅を果たしたあの瞬間からだ。あまりにも早すぎる。
「秘密、か・・・・・・」
「きっと、言うべきタイミングを待ってるだけなんじゃないかな」
「タイミング?」
「う、うん。仲良くなる前と仲良くなった後って、秘密を打ち明ける、その・・・・・・勇気っていうのかな、が、段違いだと思うし」
ってことは、七海さん・・・・・・今はまだ打ち明けるのが怖いと思ってるってこと?
ええ? あの人に、怖いとか。そういう感情あるんだろうか。
「わ、わたしも、その気持ちは分かるから・・・・・・」
邪夢ちゃんが、少し寂しそうに笑う。
「人に言えない、言いたくない秘密って、誰にでもあるものだから・・・・・・」
「そっか」
信号は、とっくに青になっていた。話すのに夢中で気付かなかった。
すでに点滅していたので、慌てて横断歩道を渡ろうとしたけど、邪夢ちゃんがその場を動かない。
「邪夢ちゃん?」
「わ、わたしねっ」
自分の胸元をギュッと握っている邪夢ちゃんは、信号の色が変わるのと同時、その顔をあげて口を開いた。
「ゴーストが見えるの」
「え?」
ご、ごーすと?
「小さい頃からなんだけど、人の後ろに、こう、薄く映った、霊みたいな、煙みたいな? ものが見えるの。でもしっかり輪郭はあって、わたしはそれを勝手にゴーストって呼んでる、んだ」
頭が付いていかなかった。
けれど、話す邪夢ちゃんの表情は真剣そのものだったので、茶化すべきではないと思った。
「へ、変だよね。こんなの、でも、本当なんだ。お医者さんにも行ったけど、怖いテレビでも観たんだろうって言われるだけだったし、お母さんとお父さんも、最初のうちは特別な力があるんだねーって言ってくれたけど、中学生になったら急に、いい加減大人になりなさい! なんて言うし」
誰にも理解されない悩み。それがどれだけ辛いか。私にも、分からないわけではなかった。
「それからネットで調べたら、同じような症例を持っている人たちがいて、その人たちが集まるオフ会みたいなのもあったから、一回だけ行ってみたんだ。でも、みんなそれっぽいことを言うだけで・・・・・・何もない場所に向かって塩を撒いたり、霊が身体に入り込んだ、なんて言い始める人もいたけど、わたしから見たその人のゴーストは、勝手に入り込んだことにされて困ってた。結局、わたしと同じような人はいなかったんだ」
そこでふと、邪夢ちゃんと出会った初日のことを思い出した。
そういえば邪夢ちゃん、ずっと私の後ろ見て、怯えてた。
何かあるのかと思って私は何度も振り返ったけど、そこには何もない。なんてことがあった。
「理解してほしくて周りの色んな人に言ったけど、そのおかげで、変な奴のレッテルを貼られて、小学校と中学校では・・・・・・へ、へへ。色々あったなぁ、ちょっと、大変だったけど。でも、そのおかげで分かったんだ。ああ、これは普通じゃない、自分の中だけの、秘密にしておかなくちゃいけないことなんだって」
「邪夢ちゃん・・・・・・」
「人と喋るとね、どうしてもその人の後ろに浮かぶゴーストを見ちゃうの。それでちょっと、怖くなっちゃって、言ったほうがいいのかなって考えると、言葉に詰まっちゃって・・・・・・へへ、そのおかげで今はこんな、ダメダメのコミュ障陰キャになっちゃった、けど。じ、自分で言うなー! ってね、あぅ、ごめんテンション間違えた・・・・・・でも、だからもうちょっとだけ頑張りたいんだ、今のバイトで」
この人は、自分という存在を乗り越えようとしている。
自分を否定する存在と世界を憎むのではなく、世界に溶け込もうと、自分を殺しながら努力している。
「っていうのが、わたしの、秘密・・・・・・き、キモいよね! こ、こんなこと言うやつ。うん、自分でも思う・・・・・・でも」
この人は充分、強い人だ。
「亞呂さんには、知っておいて欲しかったんだ。やっとできた友達だから・・・・・・わたしの全部、知って欲しい」
だって私は、まだこの人と同じ土俵に立てていない。
私は私という存在を、墓まで持って行こうとしている。
全てを話し終えた邪夢ちゃんは、笑ってはいるけど、その口元は微かに震えている。
不安なんだ。怖いんだ。
私に話したことで、今の関係が壊れるのが。
「へ、へへ・・・・・・普通じゃないよね、こんなの」
「それって、どこまで見えるの?」
「え?」
私の言葉が意外だったのか、邪夢ちゃんが驚いたように目を開く。
「たとえばさ、今もそこら中に見えるものなの? ゴーストって」
「え、えっと、距離とか、見える範囲とかは、わたしの体調とか、その日の天気で変わるんだけど、だいたい一メートルくらいの距離まで近づくと見えるかな。あくまでその人に憑いてるゴーストが見えるだけで、それ以外のゴーストは見えないんだ」
「へー! じゃあ私のも見えるの?」
「う、うん」
「マジか。どんなの? あ、悪霊だったら言わなくていいから」
「あ、悪霊ではないと思うけど」
邪夢ちゃんが私の背後に視線を移す。最初は驚いてたみたいだけど、今はもう慣れたのだろうか。
「えっとね、緑の、帽子を被ってる?」
私の後ろにいるらしいゴーストをジッと見つめる邪夢ちゃん。
「それから、白い、十字のマークを付けてる。看護師さん? に近い服を着てて・・・・・・あ、ど、どうも」
邪夢ちゃんがペコッと挨拶する。私のゴーストに声でもかけられたのだろうか。まったく、人懐っこいゴーストだ。
「へ、へへ・・・・・・あ、いえ、すみません」
「なんで謝るのさ」
「あ、うん・・・・・・なんか、怒ってるみたいだったから」
邪夢ちゃんが、私の後ろを遠慮がちに指さした。
「でも、その後ろにもたくさんのゴーストがいる・・・・・・その人たちは、同じような格好だけど、手に銃を持ってて・・・・・・ひぃ、ご、ごめんなさい・・・・・・! い、今にも、亞呂さんのことを撃とうしてて・・・・・・あ! 撃った!」
「死んでも尚私のこと殺そうとしてるの!? 私のゴースト! やっぱり悪霊じゃん!」
「い、いろんなゴーストがいるから・・・・・・でも、本気で狙ってるわけではないのかな?」
本当に、どこまで追いかけてくる気なんだろう。
たかが戦場に現れた、たった一人の子供に。それだけ執着する理由なんか、どこにあるんだか。そんなに、憎まれていただろうか。
「って、あんまり真に受けないでね!? わ、わたしだけが見えてる、ただの妄想かもしれないし・・・・・・」
「ううん、信じるよ。邪夢ちゃんのこと」
あまりにも身に覚えのあるゴーストたちを、邪夢ちゃんは言い当てたのだ。
きっと邪夢ちゃんの力は、本物なんだろう。
その、誰にも理解されることのない、孤独な能力は。
「話してくれてありがとう、邪夢ちゃん」
「ううん、わたしこそ、は、話を聞いてくれてありがとう。ずっと亞呂さんに言おうか迷ってたから・・・・・・言えてよかった・・・・・・」
ホッと胸を撫で下ろす邪夢ちゃん。
「秘密にすることで守られる自分もいるけど、秘密を打ち明けることで、救われる自分もいるから・・・・・・」
信号が青になる。邪夢ちゃんは今度こそ、その第一歩を踏み出し、歩道を歩いた。
「い、いつか、言い合えるようになったらいいね、な、七海先輩と、亞呂さんも・・・・・・へ、へへっ」
それからいつもの交差点で、邪夢ちゃんと別れる。
「そ、それじゃあ。亞呂さんっ、な、なちゅまつり、楽しみだね」
大きく手を振りながら小走りで帰っていく邪夢ちゃん。最後まで夏祭り、言えてなかったな。
邪夢ちゃんの背中を見送ってから、私も帰路に就く。
今も私の後ろに、いるのだろうか。そのゴーストとやらが。
邪夢ちゃんの話によると、どうやら怒ってるみたいだけど。
「ごめんね」
邪夢ちゃん。
秘密を打ち明けてくれたのは、すごく嬉しかったよ。
でも、やっぱり、ダメだ。
人は、想像していなかった話をされると、心の底から驚いてしまうものなんだ。そういう話だとは思ってなかったのにって、その驚きは次第に一種の怒りにすら変わっていく。
それはきっと、誰もが心の中でこうあって欲しい、という希望を無意識のうちに抱いているからなんだろう。
その話を少しでも理解しようと寄り添う理性と優しさがあるから、人はどんなものでも受け入れられるし、異常だ、間違ってる。って、弾圧することもあまりないのだろうけど。
それでも、一度驚いたという事実は決して消えない。
一瞬でも「普通じゃない」って思った自分のことは、絶対に騙せないんだ。
私の後ろにふわふわ浮かんでいるらしいゴーストが、怒っているのなら尚更。
このままじゃダメなんだ。もっと、もっと普通にならなくちゃいけない。
出る杭を打つように、私は私を摩耗して、磨り減らしていかなくちゃならない。
だからごめんね、邪夢ちゃん。
せっかく友達になれたのに。
私のことをあなたに話す日は、きっとこないと思う。
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