第24話 文化祭当日
先日のことはニュースにはなったけれど、拳銃を持った男が強盗未遂で捕まったという内容だけで私のことは特に報道されなかった。
ネットニュースの記事でも取り上げられていたけどそこまでアクセス数が伸びなかったのか、すぐに他の記事に紛れて埋もれていた。
かくして、私の暴走じみた行動は世間に暴露されることはなかったが、どこの風の噂か。私が強盗犯二人を撃退したという話が、私の高校では話題になっていた。
どうして私の学校だけなのかというと、それもそのはず。あの日、あの場所にいた女の子が、なんと
そんなこともあって、佐倉が「
しかも聞くところによると、他校にもその噂は流れているらしい。
信憑性はともかくとして、私を見ると「ねぇあの噂ってほんとなの?」と聞いてくる人が多くなった。
そのたびに私はそれとなく誤魔化してはいるけど。
普通の女子高生としての平穏な日常というものは、すでに終わりを告げていた。
え? 強盗犯? 私が全員やっつけたよ。ただの素人だったし。私は紛争地帯で育ったし基地で武器の使い方も教えてもらったから刃物や銃の扱いなんてお手の物だよよろしくね、
そう言っても、きっと他の人たちは私を非難したりしないんだろう。そういう人の寛容さや温かさのようなものを、ここ数日感じている。
でも、言うつもりはない。
やはりこれは、ヒミツにしておくべきなことに代わりはないから。
けど、恥じはしない、汚点だとも思っていない。
隠す事と恥じる事は、違うのだ。
そんなこんなで少しばかり騒がしくなった私の日常だったけど。
「え!? 三十九度の熱が出た!?」
朝起きると、兄がリビングで母に介抱されていた。
兄は真っ青な顔で「お願いがある」と私を手招いた。
「文化祭の劇、代わりに出てくれないか」
「劇って・・・・・・え、兄は王子役でしょ。それを、私が?」
「七海に聞いた。二人で練習してたって、セリフも覚えてるんじゃないか」
「それは、まぁ」
あれから七海さんの練習には定期的に付き合っていた。私は例の如く王子役をやっていたので、自分のセリフだけならすでに暗記している。
「頼む、みんなには俺から連絡しておくから」
「でも私、他校の生徒だよ。ムリでしょ」
「バンドメンバーだって他校からの参加がほとんどだ。劇だって、在校生だけでやらなくちゃならない縛りなんてない」
兄の喋り方はいつもと変わらなかったが、やはりしんどいのか、身体は起こせずにいるようだった。
「うーん」
それでもなぁ、分かった任せて! と言う気にはなれない。だって劇なんて、恥ずかしいし、私の演技は、多分、下手だ。
「亞呂が一番適任だと思ってる」
兄が縋るように私を見上げる。
私が断ったらどうなるんだろう。代わりに、そこらのクラスの男子でも拾って王子にでもなってもらうのだろうか。王子、安売りだなぁ。
「分かった任せて!」
それなら、私がやったほうがいっか。
「劇は昼休みの後に公演予定だから、十一時には着いてた方がいいと思う。クラスの人たちには俺から連絡しておくから、視聴覚室に行けばみんないると思う。頼むぜ」
「了解、兄はゆっくり休んでるんだぜ」
私がサムズアップをすると、兄の布団が、もこっと膨らんだ。
「あーあ、でももしかしたら、兄が熱なんか出してる間に、七海さん取られちゃうかもね?」
「それは勘弁してもらいたいな。・・・・・・でも、選ぶのは七海だしな」
「あれ、潔いね」
「面倒な男にはなりたくないしな」
それは兄のいいところでもあるのかもしれないけど、恋愛という戦場において、それは悪手でもある気がした。
「兄はもうちょっと肉食系にならないと、あの人のことは堕とせないと思うよ」
「そういう亞呂だって、肉食系じゃないだろ」
兄が布団から顔だけを出して、訴えかけてくる。
私は振り返って、スカートを揺らす。得意気な表情を意識しながら、人差し指を口元に持っていく。目を細めて、前屈みになれば、ほら。
「ふふ、どうだろうね?」
あの人っぽく、なれた気がする。
桜が丘高校へは自転車で三十分ほどで着いた。
一緒に行く約束をしていた佐倉には事前に連絡をしておいて、二日目に一緒に回ろうという運びとなったので、今日は私一人だ。
文化祭当日らしく、校舎は様々な装飾で彩られ、玄関には風船のトンネルが設けられていた。新鮮な光景に目をキラキラさせながら、スキップ混じりに、クラスの出し物を紹介したチラシを受け取りながら廊下を進む。
「あのー、すみません」
視聴覚室に入ると、中は黒いカーテンで仕切られており、劇に使うであろう小道具などが保管されていた。ここで着替えもするらしく、いろんな人の制服が、畳んで置いてあったり、丸めて放り投げてあったりした。
「あ! もしかして、妹ちゃん!?」
頭に馬のかぶり物をした人が、私を見てものすごい速さですっ飛んでくる。
「
「あ、どうも。今日はよろしくお願いします。あの、私なんかでよかったんでしょうか」
「今話題の鳥谷亞呂が王子役をやってくれるなんて、これ以上ないキャスティングだよ! たはー! まさか強盗犯二人を眼光だけで追い払った救世主に直接会える日が来るなんて!」
どうやらこの桜が丘高校にも私の噂は広まっていたらしい。
というか、尾ひれどころじゃないんだけど、一体どこまで誇張されてるの!? 噂って怖いなぁ。
「あ、亞呂ちゃんだ」
そんな話をしていると、七海さんがカーテンの向こうからひょこっと顔を出した。
「ほんとに来てくれたんだー、
「今は母に看病してもらってると思うので平気だと思いますよ。七海さんは・・・・・・もう着替え終わったんですね」
七海さんの着ているドレスは、一目見ればお姫様だと分かるくらいにフリフリで煌びやかで、派手だった。いつか見た白百合のようなワンピースとは違い、このドレスはぶわっと咲き誇るコスモス畑のような印象を受ける。
一瞬その迫力にドキリとさせられ、気付けば視線を釘付けにされるような、そんな衣装は、きっと七海さんくらいしか着こなすことはできないだろう。
それは顔の良さとかスタイルの良さではなく、人としての、魅力がそうさせているんだと思う。
「七海さん、私の着る衣装ってどこにありますか?」
「今持ってくるね。ここまで来るのに疲れたでしょ? まだ時間はあるから、座って待ってて」
カーテンの奥に消えていく七海さんの背中を見送っていると、馬のかぶり物をした人がじーっと私を見たのち、うんうんと頷いていた。
「いや、いいねえ」
「はい?」
「キミ、七海ちゃんのこと大好きだね?」
「え、なんでですか」
「七海ちゃんの顔見た瞬間、嬉しそうな顔してたから」
私、そんな顔してたかな?
別に、七海さんだ! わーい! なんて思ってないけど。
「そういうものですか?」
「さぁ? わかんない、今の私はただの馬だから。ヒヒーン」
馬の人が、四足歩行で部屋を出て行く。次いで、廊下から悲鳴が聞こえた。
愉快な人だな。
「はいこれ、王子の衣装。この前みんなで選んだやつだよ。まさか亞呂ちゃんが着ることになるなんてねー。でも、ちょっと大きいよね。どうしよっか」
七海さんがやってきて衣装を渡してくれるが、持っただけで大きいと分かった。
「あ、そっか兄用ですもんね。・・・・・・じゃあ、これでいいです」
私はその場で、スカートの裾を摘まんで見せる。
私服で行くのもな、と思い。私は今日制服で来ていたのだ。
「でも、王子役だよ?」
「別にいいんじゃないですか? 私はあんまり気にしないですけど」
「亞呂ちゃんがいいならそれで、いいのかな」
七海さんはあまり納得がいっていないようで、首を傾げていた。
「一時間後に開演だけど、今のうちに体育館に移動しておこっか。ステージの雰囲気にも慣れておきたいし」
「分かりました」
お姫様衣装の七海さんに、制服姿のまま付いていく。
七海さんはやはり校内でも人気があるようで、人とすれ違うたびに声をかけられていたので中々進むことができなかった。
ようやく辿り着いた体育館のステージ裏では、劇に出る何人かの人たちがすでにスタンバイをしていた。
七海さんは最後に台本を確認したいと言って、部屋の隅に向かっていく。
「あ、亞呂さん」
「あれ?
聞き慣れた声がしたので顔をあげると、体育着姿の邪夢ちゃんがタオルを持って立っていた。
「聞いたよ、げ、劇出るんだって。頑張ってね」
「うん、ありがとう。なるべく噛まないようにするよ。邪夢ちゃんは・・・・・・照明係?」
「そう、照明の取っ手熱いからタオル必須なんだ・・・・・・今はちょっと休憩中」
邪夢ちゃんが私の隣とステージを交互に見ていたので少し横にズレる。邪夢ちゃんは軽く頭を下げて、私の隣にちょこんと移動した。
「そういえば邪夢ちゃんと会うのはあの日ぶりだね。邪夢ちゃんは大丈夫だった?」
あの日、というのは私たちが喫茶店に行った日のことだ。あれから邪夢ちゃんとはシフトの予定が合わずに顔を合わせられずにいた。
「う、うん。警察署まで連れて行かれたときはわたしも終わりかーって思ったけど、よ、よく考えたら事情聴取だけだったし・・・・・・警察の人も、すごく優しくしてくれて、なんともなかったよ」
「怪我は? 流れ弾とか、当たってない?」
「大丈夫、あ、亞呂さんのおかげで。亞呂さん、カッコよかったよ、なんか、ヒーローみたいだった。へへ・・・・・・」
ヒーロー・・・・・・そんなこと言われたの初めてだ。
「ごめんね邪夢ちゃん、ずっと黙ってて。邪夢ちゃんは自分のこと、私にきちんと話してくれたのに」
七海さんとの付き合いはヒミツをお互いに抱えていることを承知の上でのものだったから、別に隠してたことに罪悪感はないけど、邪夢ちゃんは別だ。
私に悩みを打ち明けてくれた邪夢ちゃんに対して、私は私のことを教えようともしなかった。
「う、ううんっ! あれはわたしが勝手に喋っただけだから、ほんと、隙あらば自分語りって感じで、こっちこそごめんねっ。えっと、わたしは亞呂さんのこと、知りたい、けど。それは、亞呂さんに話してもらうんじゃなくって、わたしが、見つけていけばいいだけかなって思ってるから」
邪夢ちゃんは人差し指同士をくるくる回して、視線をキョロキョロと忙しなく動かしている。
「友達、だし・・・・・・へ、へへっ」
顔を真っ赤にしながら、そんなことを言う邪夢ちゃん。
「だから大丈夫、ムリに話さなくても。それに・・・・・・これはズルかもしれないけど」
邪夢ちゃんの視線が、私の後ろに移る。
「少しだけ、教えてもらったから」
そういえば、邪夢ちゃんにはゴーストなんてものが見えてるんだった。
「わたしは、何があっても、亞呂さんの、と、友達だよ。ねんて、へへ・・・・・・」
本当、すごい力だな。
邪夢ちゃんはその力を持ったまま、今までずっと生きてきたんだ。人の生き方とか、過去がゴーストとなって見えるというのは、良いことばかりじゃないとは思うけど。
それを自分の力としてちゃんと、自分のものとして生きていけるのは、私も、そして七海さんも見習わなくちゃいけないのかもしれない。
「そういえばさ、邪夢ちゃんって七海さんとも話したことあるよね?」
「う、うん」
「じゃあ、七海さんのゴーストも見たことあるの?」
その人の約一メートルの範囲まで近づくとゴーストが見えるのだと、前に邪夢ちゃんが話してくれたのを思い出した。なら、七海さんと話したことのある邪夢ちゃんなら、あの人のゴーストとやらも見たことあるはずだ。
「ぎく」
「え、なにその反応」
「あ、あーええー、い、ああ」
もらい泣き、みたいな韻を踏まれた。
邪夢ちゃんはもう一度私の後ろに視線を配ると、背筋をピンと伸ばして、そのままズリズリと後ずさり。
「く、口止めされてるので」
「ええー! そんなのあり?」
「ご、ごめんなさいー!」
逃げるみたいに、ピューっと走って行ってしまう邪夢ちゃん。
邪夢ちゃん、文化祭だからなのかな。
ちょっとだけ、テンションが高い。
友達が楽しそうだと私も嬉しくなる。
ゴーストの件は、今は気にしないでおこう。
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