第2話 ハダカの関係

 快晴に覆われた、お昼休みの屋上での出来事。


「好きです、付き合ってください!」

「ごめん、亜呂あろのことはそういう目では見れない」


 突風が落ち葉を拾っていくように、私の初恋もかっさらわれていった。


「あっ、いやっ、嫌いとかってわけじゃないんだ。ただ、友達として仲良くしたいって思ってるっていうか・・・・・・それに俺、他に好きな人がいるから」

「あー」


 もう大丈夫です分かりました。食い気味にそんなことを言って、私は屋上から逃げた。


 放課後になると、友達の佐倉さくらが鬼のような形相で走ってきた。後ろからショルダータックルを決められると、嗚咽にも似た声が漏れる。


森崎もりさきにフラれたってマジ!?」

「あー」


 同じ返事しかできなくなってしまったのか、私の口はどうにも重い。


「冗談かと思ったけど、その顔を見るとマジだね・・・・・・あー、イケるって思ったんだけどなー」


 友達思いなのか、私思いなのか分からないけれど、友達の佐倉は私の恋を以前から応援してくれていた。


 サッカー部のキャプテンである森崎くんは女子人気がすごく、なかなか一緒に帰ることはできなかった。そんなとき、佐倉が森崎くんにそれとなく伝えて、私が森崎くんと帰れるようにサポートしてくれたりしていたのだ。


「恋ってムズイね」


 佐倉といると、私まで砕けた口調になってしまう。


「うーん、今回は運が悪かっただけだよゼッタイ! 気持ち切り替えてさ、次の恋愛始めようよ!」


 佐倉はエネルギッシュだ。それとも、最近の女子高生ってこれくらいサッパリしているのだろうか。


亜呂あろはさ、森崎以外に好きな人いないの? 気になってるーとかでもいいよ」


 佐倉と帰路を歩きながら、不慣れな恋愛トークに華を咲かせる。


「どうだろう。気になる人はいる、のかな・・・・・・」

「まあ最初は疑問に思うくらいでいいのかもね、それってもう意識してるってコトだし!」


 風が吹くと、インナーカラーをオレンジに染めた佐倉の不良な部分が顔を見せる。私も髪とか染めればいいのだろうか。


「たくさんの人を好きになれるのって不誠実に見えるかもしれないけどさ、それは浮気とかしなきゃいいだけだし。そりゃ失恋は辛いけど、踏ん切りをつけて前に進むのは悪いことじゃないよ。大丈夫! 亜呂は可愛いから次はイケるって!」


 佐倉に背中を叩かれる。


「それって、普通のこと?」

「え?」

「すぐ次の恋愛をするのって、普通の高校生? それくらい普通のことなのかな」


 真剣に聞く私の顔がそれほど面白かったのか、佐倉はお腹を抑えてけらけらと笑った。


「相変わらず、亜呂は普通かどうか気にしすぎだよ! てかそんなこと考えてる時点で普通じゃないし!」

「そっかー、普通じゃないかー」


 そうなのか。気を付けよう。


「で、いるの? 気になる人」

「あー」


 いるにはいる。


 ただ、気になりすぎているというか。


 心を巣食っているというか。


「あれ? 亜呂ちゃんだー」


 私の心をザワつかせる犯人が、もうすぐそこまでやってきていた。私の名前を、なりふり構わず大きな声で叫びながら。


「やっほ、昨日ぶり! それって江南の制服? わー、いいなー! あたしセーラー服ってあこがれなんだよねぇ」


 横断歩道の信号を無視してドタドタと大股で走ってくるその女は。


 見間違えるわけもない、昨日のあいつ。


 七海ななみさんだ。


 さすがに裸ではなく、制服を身にまとっているが。


「っと、そっちはお友達? やほー、七海って言いまーす。桜が丘高校の二年生だよ」

「ど、ども! 佐倉です!」


 佐倉も驚いたようで、背中をピンと張ったまま返事をした。


「え、やば! めっちゃ綺麗ですね! えぇー!? そこらの芸能人と同等、いやそれ以上ですよ! モデルとかされてるんですか!?」

「そんなそんなモデルだなんて、なーんにもしてないよ? あたしそんなに綺麗かなぁ、綺麗かな?」

「私に聞かないでください」


 うっとうしい羽虫みたいに、七海さんが私の前でぴょんぴょん跳ねる。


「てか亜呂はこの超絶美人さんと知り合いなの!? どういう関係!?」

「どういう関係って」


 なんだろう。友達では絶対にないし。


 先輩後輩? なんのだよ。


「強いて言うなら、裸の関係かなぁ」


 七海さんが平気な顔で爆弾を落としていた。


「えぇー!? それってどういう!?」

「詳しくは言えないけど・・・・・・裸を見せ合った仲、かな? きゃー」


 両手で頬を包んで、恥ずかしそうに目をつむる七海さん。


 佐倉は興奮気味に目を輝かせていて、私はげんなりと脱力していた。


 裸の仲って・・・・・・もっと言い方があるだろうに。


 そんなの絶対、普通の仲じゃないぞ。


「亜呂、亜呂! ちょっと!」


 佐倉に手招きされて、顔を近づけるとそっと耳打ちされた。


「気になる人って、もしかして・・・・・・!」

「はぁ? 違う違う。あれはただの、そう、兄の彼女で」

「いいじゃんいいじゃん! アタシ、応援するよ!」


 聞いちゃいなかった。


「というか、女だし」

「今時珍しくないって! 結構増えてるっぽいよ? アタシの友達に女子高通ってる子いるんだけど、みんな当たり前みたいに付き合ってるっていうし!」

「えー、絶対それウソだって。現実は男がいないのをいいことに女の怖いところ前面に出してる殺伐とした監獄だって」

「それもそれでだいぶ偏った偏見だと思うんだけど・・・・・・」

「夢見てないだけ、私は普通の恋愛がしたいの」

「女の子同士の恋愛なんか、白馬の王子様に夢見るよりは現実的で、普通だと思うけど?」


 白馬に乗った王子様なんか動物園に行っても見られるようなものでもないし、そう言われるとそうなんだけど。


「そうだよー、亜呂ちゃん、あたしと恋愛しちゃいなよー」

「ぎゃー!」


 盗み聞きどころか、会話に入ってきやがった!


「そもそもあなたは兄の彼女ですよね! こんなところにいていいんですか!?」

柚希ゆずきなら委員会で遅くなるんだって。だから寂しく一人で帰ってたの。よかったー、亜呂ちゃんと会えて。一緒に帰ろー?」


 この人は、遠慮というものをどこかに落としてきてしまったらしい。今頃落とし物センターに行っても、遠慮のないこの女は「ここにあるの全部もらっていいー?」とか言うに違いない。


「あ! そういえば! アタシ! 予定! あるんだった!」

「は? 佐倉何言ってるの?」

「すみません七海さん! アタシはこれにてドロンするので、亜呂のことよろしくお願いします!」


 気を利かせてる。気を利かせてるよなぁ・・・・・・。


「がんば!」


 去り際、おせっかいな友人はそんなことを言い残していった。


「あはは、ドロンだって。面白い子だね。えっと、名前なんだっけ?」


 七海さんは七海さんで、もう忘れていた。前世がニワトリなのかもしれない。


「まぁいいや、それでさ亜呂ちゃん。今から亜呂ちゃんの家に行きたいんだけど、行ってもいい? 亜呂ちゃんのお部屋入ってみたいなー、昨日は入れなかったから。亜呂ちゃんって何か趣味とかある? あたしお菓子作るのが好きなんだけど、スーパー寄って材料でも買っていこうか。亜呂ちゃんに食べさせてあげたいなぁ」

「一人で喋りすぎです」


 なんなんだ、本当に。


 七海さんは、兄の彼女だぞ?


 どうして私なんかに絡んでくるんだ。


「あの」

「うん?」


 初めて私から七海さんに喋りかける。それが嬉しかったのか、七海さんは次の言葉を待ちきれないと言わんばかりに体を揺らしていた。


「もうちょっと離れて歩いてもらってもいいですか?」

「えー、寂しい」

「歩きにくいです」

「じゃあ止まる?」


 じゃあ、の意味がさっぱり分からなかった。


 私の求めた、普通で平穏の、静かな日常。


 それがどんどんと、突風にかっさらわれて遠くなっていく。


 ああ、行かないでー。


「あ、クレープの屋台来てる! あそこ行こ!」

「ぐえ」


 グイっと引っ張られて、道を踏み外す。


  そのあと七海さんと食べたクレープは、フラれてそこそこに傷ついていた私の心をほんの少しだけ癒してくれた。


 ・・・・・・気がした。

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