Barrette.3
第10話 back Bullet
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生まれは分からないけど、育ちは中東の紛争地帯で、初めて銃弾を胸に受けたのは七歳の時だった。
両親は内戦に巻き込まれて命を落とし、一人残された私は一ヶ月の治療を受けたあと、私を保護した大人たちの元で働き始めた。
大変だったね。一緒に頑張りましょうね。って。大人たちはみんな優しく接してくれた。
だから、どれだけ報酬の少ない仕事だったとしても、私を保護してくれた人たちのために一生懸命働いた。
そんなある日、いつものように私は外に出て仕事をしていたのだが、大地を揺るがすかのような爆音が突然街に鳴り響いたのだ。
私は急いで拠点に戻った。
しかし拠点は、すでに燃えさかる炎に包まれていた。
病院としても扱っていた私たちの拠点は、西軍から爆撃を受けたのだ。
「今すぐここから逃げなさい!」
なんとか生き残った大人たちは、銃を肩に担いでどこかへ走って行く。私も付いていこうとしたのに、大人たちは許してくれなかった。
裸足で駆け出して街を出る。どこへ続くかもわからない一本道を走っていると、後ろからたくさんの銃声が聞こえてきた。
そのとき、私は思った。
優しさだけじゃ、生きていけない。
生きていくには強さと、武器が必要なのだ。
私はそのまま西軍が占拠している街に向かった。
この争いにおいて、どちらに正義があり、どちらが悪なのか。私にとってそんなのはどうだってよかった。
女だと戦場には連れて行ってもらえないと思い、私は長かった髪を切って、男のフリをして西軍の人に声をかけた。
「俺を使ってください」
どうやらその人は軍人ではなく傭兵という人らしかった。その人の案内で、大きなテントに連れて行かれる。
そこには緑の服に、自国の国旗を胸に掲げた男たちがたくさんいた。さらに奥に向かうと、この街の地図が貼られた部屋があって、そこに一番偉い人はいた。
「ガキは出て行け」
私の願いは一蹴された。
ボスと呼ばれるその男は、私の首根っこを掴むと、そのまま引きずるようにテントの外に放り出した。
「ここから五百メートル南に行くと政府の保護団体が作った拠点がある。お人好しの集まりだ、そこに行けばお前の帰る場所も見つかるだろう」
街から外れた荒野の向こうに、確かにテントがあって、赤十字のマークが書かれた旗も掲げられていた。
「あのテントの周りには地雷が埋まっているようですが」
「どうして分かる?」
「見えます。三つ、いや、四つか」
「そんなわけないだろう? 救護員の拠点に地雷なんか埋めるわけがねぇ。ありゃ金持ちの集まりだ、昨日タンドリーチキンでも焼いて、そのままフライパンでも捨てたんだろう」
「いえ、それは違います。フォークではなくスプーンが落ちているので、昨晩はチキンではなく、シチューだったのでしょう」
私がそう言うと、男は珍しい物を発見したかのように目を大きく開いて、そして大きな声で笑った。
「そうだ、ありゃあ罠だ」
「赤十字を偽装するのは法律で禁止されているはずです」
「人を撃って撃たれての血生臭い世界でルールなんて守ってられるかよ」
「・・・・・・その通りで」
病院を爆撃するような軍のボスの言うことだ、説得力が違う。
「お前の眼は使える。付いてこい」
再び私はテントに通されると、服を一式渡された。
帽子には血が付いていて、上着の袖は焼き切れている。
「昨日死んだ奴のだ。余ってるから使え」
着てみると、ダボダボだった。それを見て、ボスも、周りにいた人たちもケラケラと笑った。
「傭兵として雇ってやる。額は戦績に応じて上げる、最初はあまり期待するな」
「生きるための食事だけを提供してくだされば、俺はそれで構いません」
「ほう、金はいらねぇってか。まぁそんなものあっても、いつ死ぬかわからねぇこんな場所じゃクソの役にも立たねぇってのは同意だが」
「それから」
机の上に置いてあった銃を取って、トリガーを引く。銃弾はテントを突き抜けて、遥か空に消えていった。
「人の殺し方を、教えてください」
それしか、私に生きる手段はなかった。
ボスは私の発砲に驚くことはせず、むしろ口角をあげながら、私の腹に拳をめり込ませた。
みぞおちを殴られた私は、息が止まり、泡を拭きながらその場に蹲った。
「お前はそれじゃなくて、こっちだ」
持っていた銃を没収され、代わりに目の前に投げ捨てられたのは、更に銃身の長いものだった。
「お前の眼なら、簡単なはずだ」
それが狙撃銃だということは、私にも分かった。手に取ると重く、まだ子供だった私が抱えるには大きすぎる。
「今すぐ訓練に参加しろ。休んでる暇なんかねえぞ」
ただでさえ激痛の走る腹を思い切り蹴られる。加減なんかない。当たり前だ。人に殺され、人を殺す世界で生きている人なのだから。これはたかが暴力。人を殺さぬ手段など、攻撃のうちにも入らない。
「人使いが粗いですね」
「ハッハハハ! バカが! 人なんかどこにいる!?」
ボスは私の髪を引っ張り、無理矢理私の身体を起こさせると、血走った目で私を睨みながら言った。
「お前らはただの兵器だ」
これまでの人生で一番、納得できる言葉だった。
小さい頃から紛争地帯で必死に生きて、大切な人の死を目の前で見て、どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだろうってずっと思ってた。
けど、今。ようやく分かった。
私は、人間ではなかったのだ。
「訓練は毎日16時間行う。ガキに仲間を誤射されちゃたまらねぇからな。寝る暇なんかねえぞ、死ぬ気で付いてこい。10歳だ。10歳になるまでに銃の扱いを覚えろ。そうしたらお前を、戦場に連れて行ってやる」
ようやく、私の生きる意味が見つかった。
兵器としての幸せ。それはきっと、壊れるまで使ってもらうことだ。
胸に残る弾痕が、言っている。
生きるには、こうするしかなかったのだ。
●
「というわけで、みんなで夏祭りにいこーう!」
目を覚ますのと同時、近くで声が聞こえた。
開け放たれた窓はカーテンを靡かせ、清涼な風を運んでくる。
「あ、
身体にかかった布団をめくりあげると、何故か私の部屋に兄と、
「来週夏祭りがあるでしょ? みんなで行こーって
「え、えっと」
なんだ? 何が起きてる?
私は今、夢を見ていて。
あれ、どっちが夢だったっけ。
「んー? もしかしてまだ寝ぼけてるー? あはは、そんな亞呂ちゃんもカワイイけど、もうお昼過ぎだよ? そろそろ起きなくっちゃ」
ほっぺをぶにぶにとつねられる。痛くはないけど、皮膚超しで伝わってくる熱に現実であることを気付かされる。
「って、亞呂ちゃん?」
「あ・・・・・・」
長いまつ毛が覆う、琥珀色の綺麗な瞳。渇いた喉に水を流し込むかのように、満たされていくこの感覚。
「怖い夢でも見たの?」
ぽんぽんと、頭を撫でられる。
「そうじゃ、ないですけど」
夢じゃない。
あれは決して。
「うんうん、あるよね。起きた時、なんでか不安になっちゃうとき。おいで、お姉さんがギュってしてあげるから」
「むぐ」
おいで、も何も、そっちから来てるんじゃないか。
「あの、兄も見てるので」
彼氏の目の前でこういうことするの、どうかと思うんだけど。
「えー! お化け屋敷もあんじゃん! 復活したんだー! うわ、最後花火もあんの!? なあなあ、みんなでここ行かねー!?」
兄はすっかり町内で開かれる夏祭りに心を奪われているみたいだった。
「そうだ、今日みんなで浴衣でも見に行く? フェアやってるからきっと安いよ」
私の身体を腕に収めながら、七海さんが提案する。
「お二人のデートを邪魔するわけにはいかないので私は遠慮しておきます」
「なんだよー亞呂も来いよー。浴衣着たことないだろ? いい機会なんだから七海に選んでもらえよ。俺は女子のそういうの分からないしさ」
「柚希もこう言ってるんだし、ね?」
浴衣、か。
確かに、いいなーとは思うけど。
「女の子の浴衣姿、あたし好きなんだぁ」
うへへ、と欲丸出しみたいな声を出して、七海さんが頬を赤らめている。
「じゃあ、行っても良いけど、その代わり」
自分という存在の輪郭が見えてくると、途端に周りに目が向くようになる。
「誘いたい人がいるんだけど、いい?」
「えー!? 誰ー!? 彼氏ー!?」
「なに!? 亞呂、お前彼氏がいたのか! 俺に報告もなしに!」
「いや彼氏じゃないし、そもそも兄は私に彼女ができたこと言わなかったでしょ」
「確かに! じゃあ言わなくていいぞ!」
「あたしには言ってよ-! 亞呂ちゃーん!」
一気に部屋が騒がしくなる。ただ一言、こぼしただけなのに。
「友達だよ。最近バイトで仲良くなった子がいるんだ。その子も誘ってみたい。まぁ来てくれるかどうかは分からないけど」
人が十人以上密集してる場所に行くと気を失ってしまうので行きません! とか言いそうだ。
私がそう言うと、兄も七海さんも、どこか優しい目をしていた。
「もちろん、あたしは大歓迎だよ」
「俺もだ!」
「とりあえず顔洗ってくる。買い物は、それから」
結局、断ることもできずに、私は早足で洗面所に向かった。
鏡を見ると、口元にヨダレの跡が付いていた。
どんだけ熟睡してたんだ・・・・・・。
顔を洗って、ついでに髪を濡らしてセットし直す。
窓の向こうからは、外で遊ぶ子供たちの笑い声。リビングからは、母が見ている甲子園の実況の声が、夏の風物詩のように聞こえてくる。
リップを塗って、頬を赤く染めて、着ていく服を選んで、まだ一度も使っていない新品のカバンを肩に下げる。
「おまたせ」
これから、どこへ行くというのだろう。
どこに続いているかも分からない一本道。
「やだー! その服、あたしが選んだやつだー! もしかして、あたしのために着てくれたのー!?」
「だからいちいち抱きつかないでくださいってば、シワになるんで!」
気が付けば、あっという間だ。
私はとっくに、ダボダボの服を着なくてもいいくらい大人になっていた。
今年で十六歳。
今から、夏祭りに着ていく浴衣を買いに行きます。
あの頃の私に言っても、きっと信じてはくれないのだろう。
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