第14話 あなたはズルい人

「てか七海ななみ先輩マジすごかったよねー! ぬいぐるみ一発で取るとかマジでやばいよー!」


 射的のあとは兄がお化け屋敷に行きたいと言い出して、元々お化け屋敷に行く予定だった七海さんは、何故か近くにいた邪夢じゃむちゃんを連れて行ってしまった。


 私と佐倉さくらは少しお腹が空いていたので、二人でたこ焼きを半分ずつ食べているところだ。 


 向こうに見えるお化け屋敷から聞こえてくる「ぎょわー!」という悲鳴が、邪夢ちゃんのものではないことを祈っておこう。


「そういや亞呂はどうして途中でやめたの? 酔った? 射的酔い?」

「あれは、七海さんが兄に良いところ見せられるようにサポートしただけ。最初から撃つ気なんかなかったよ」

「えー? なんでそんなことすんの? 二人もうとっくにラブじゃない?」

「なんでって、佐倉だって私と森崎もりさきくんくっつけようとしてくれたでしょ。それとおんなじ」

「なーるほど」


 ポン、と手を打って納得する佐倉。


「あ、最後の一個食べてもいい?」


 私が頷くと、佐倉が最後のたこ焼きを爪楊枝で刺して口まで持って行く。


 なんとなく最後の一個って手を伸ばしづらい。そういう物にも構わず手を伸ばす佐倉の積極性には、私もたびたび驚かされつつも、見習わなければいけないことだとも思う。


「てか言いそびれてたんだけどさ、亞呂の浴衣めっちゃかわいくない!?  なんなん!? 髪も自分でやったの?」

「これは七海さんがやってくれたんだ。浴衣も七海さんが選んでくれた」

「へー! あの人センス良さそうだもんねー。今度アタシも選んでもらお!」

「佐倉の浴衣もカワイイと思うよ。似合ってる」

「えー!? これお姉ちゃんのお下がりだし、ちょっと子供っぽくない?」

「魚の柄、私は好きだけどな」

「アタシも、嫌いじゃないけどさー」


 髪を後ろに結んだ佐倉の襟足から、オレンジ色に染めた髪が紅葉のように垂れ下がっている。


 和風の衣装に、今どきのおしゃれな髪色。なんか、合ってないけど、それがまたカワイイなって思えるようになった私は、ファッションに富んできたと言っていいのかもしれない。


「でもよかった」

「え、何が?」

「亞呂、やっぱ変わったよ」


 佐倉はベンチに腰掛けながら、うんと背伸びをする。


 遠くを見つめるその瞳は、一体何を見ているのだろう。


「だってさ、入学式のときなんか、すごかったじゃん。警戒心剥き出しで、この世のすべてを憎んでるみたいな目してた」

「そんな目してたかなぁ」

「してたってー、うちのクラスで最初グループできたとき、亞呂のこと怖いって言ってた人何人もいたし」


 そ、そうなんだ・・・・・・結構ショックだ。


「でも、まぁ今思うとあれは、緊張してただけっしょ?」

「まぁ、初めての人ばっかりだったし・・・・・・最初は失敗しないようにとは思ってたけど」

「だよねー。亞呂が怖い奴じゃないっていうのは話したらすぐ分かったけどね」


 クラスで初めて私に話しかけてくれたのは、佐倉だった。体育の時間、二人組を作れなくてあぶれていた私を見かねて、佐倉が「一緒にペア組もうよ」と言ってくれたのだ。


「柔軟で思い切り身体捻られたときは殺される! って思ったけど」

「あ、あれはごめん。加減できなくて」

「あはは、それも今となってはいい思い出じゃん?」


 佐倉はポジティブだ。それでいて、人のことを、よく見ている。


「だから嬉しいよ。亞呂が普通に女子高生やってて」

「私、普通にやれてる?」

「うん、だって今楽しいでしょ?」


 当たり前の質問に、当たり前に頷く。


「かわいい服着て、楽しい場所来て、面白いメンツで集まって、美味しい物を食べる。バッチシ高校生やってんじゃん!」

「・・・・・・そっか」


 私、普通にやれてるんだ。いい調子ってことなのかな。


「てか、恋はどうなん? 順調?」


 佐倉がニヤニヤしながら、私の顔を覗き込んでくる。


「よくわかんないや」

「やっぱ、森崎のこと忘れられないの?」


 すでに私の中から消え始めていた人物だけど、その人は私が人生で初めて告白をした人物だ。特別ではないと言えば嘘になる。


「てかあれ、森崎じゃない?」


 佐倉が指を指す方向には、確かに森崎くんの姿があった。浴衣ではなく私服姿で、学校で見るときと印象が違う。


「行ってきたら?」

「えぇ、フラれてるのに?」

「何度でもトライが肝心だよ! 恋に必要なのはなんだかんだ勢いだし」

「うーん」

「今の亞呂見たら、森崎なんか一発で落ちると思うけど」


 自分のつま先を見つめる。


 下駄を履いた私の足の爪には、薄桃色のネイルが塗られている。


 いつもと違う自分。自信と、元気を持ってくるのは、オシャレという魔法の効力だった。


「じゃあ、行ってみよっかな。普通の女子高生になるために」

「あはは、なにその理由」


 佐倉に別れを告げて、森崎くんの方へと向かう。


 そうだ、そうだよ。


 何を悩む必要があるんだろう。


 私は普通だ。普通に向かってきちんと進んでいる。


 森崎くんと恋人になれば、これにて私の目標は達成されるのだから、行かない理由がない。


「森崎く――」


 声をかけようとした。


 だけど、森崎くんは私には目もくれず、向こうからやってきた他の女の子の方を向いた。 


 女の子は照れたように手を出すと、それを森崎くんが握る。


 あー、そっか。ふーん。


 駆け出した私は行き場所を失ってしまった。でも、このまま佐倉の元へ戻っていったら、佐倉に気を遣わせてしまいそうだ。


 佐倉は優しいから「ごめん、アタシが行けなんて言ったからだ」なんて言って、妙な責任感に駆られるに決まってる。


 こちらに気付いていない佐倉の目を盗んで、私は人混みの中に溶けていった。


 これは、そう。直接的ではなくとも、私は失恋したことになる。


 失恋は辛いと聞くけど実際、森崎くんにフラれたときはそこそこにショックだっただけで、そこまで心に傷を負うことはなかった。


 それはきっと、まだ諦めなければチャンスがあると思っていたからだ。


 けど、たった今、森崎くんと恋人になる可能性というものが潰えてしまった。


 諦めなければどうとでもなるとは思うけど、彼女がいる男の人を無理矢理恋人にするなんて恋愛、どう考えても普通じゃない。


 よって、私の願いは叶わない。


 森崎くんの恋人になれなかったことが悔しいわけではなかった。


 ただ、私という存在が最後に残した悪足掻きまでもが、否定されているようで、辛いのだ。私は一生、そんな人間の真似事などできないのだと、世界から言われているようで。


「気持ちを切り替えよう」


 そうしよーう。


 と、佐倉の真似をして走ってみる。


 すると途中で、ぶちっという音が足元から聞こえてきた。


「わっ」


 そのまま私は地面に転ぶ。


 見ると、下駄の鼻緒が切れていた。それに靴擦れも起こしていて、挙げ句の果てには転んだ際にひねったらしく、立ち上がることもできなかった。


 さ、最悪だ。


 祭りの中を歩く人たちは、私を避けて歩いていく。時々邪魔だなという視線を向けられながら、私は道ばたに落ちている石ころのように扱われる。


「下駄なんか、履いてくるんじゃなかった」


 スニーカーなら、転ぶことも、靴擦れすることもなかったのに。


 転んだ際に、浴衣の袖も土で汚れてしまっていた。


 ここに来たときは色んな人に見て貰いたかった浴衣も、今は誰にも見て欲しくない。


「あー」


 もう一度立ち上がろうとしてみたけど、痛みで足を地面に付けることもできなかった。


 片足で、ひょこひょこ跳ねながら帰れって?


 浴衣を着ながら? 髪を編んでもらって?


 このオシャレを身に包みながら、見窄らしく

帰れって?


「兄に助けでも呼ぶか」


 巾着から、スマホを取り出す。


「嘘でしょ・・・・・・」


 電源が切れていた。


 私はため息をついて、地面に倒れ込んだまま項垂れる。


 悪いことって、とことん続くな。


 このあとには、雨でも降るんじゃないだろうか。


「・・・・・・来るんじゃなかったなぁ」


 結局、私には向いていなかったのだ。


 浴衣も、下駄も。オシャレも、友達も、恋も。普通の生活も何もかも。


 当たり前だ。生まれてからずっと、銃を持って走っていた人生だった。


 人を殺すためだけに生きて、生きるためだけに人を殺す術を学んだ。


 憎しみだけを原動力に引き金を引いて、そのくせ大人たちは私を許してはくれず、最後まで、私の本懐を遂げさせてはくれなかった。


 本当、大人というのは身勝手だ。


 答えを教えてくれればいいのに、ヒントだけを置いて、黙って私の前からいなくなる。


「どうしろって言うんですか」


 私を生かしたのだから、答えてください。


 私に人を殺させてくれなかったのだから、責任を持って答えてください。


 普通に生きて普通の幸せを手にして欲しい。そう願ったのなら。


 その普通とやらを、教えてから目の前からいなくなって欲しかった。


「亞呂ちゃん?」


 顔をあげると、七海さんが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「立てる?」


 なんで七海さんがここに・・・・・・?


 疑問に思いながらも、私は首を横に振る。


「んー」


 七海さんはふと、地面に投げ出された私の足を見ると「よし」と言うや否や私の目の前に屈んで背中を見せた。


「乗って」

「え」

「ほら」


 ・・・・・・おんぶされろってこと?


 どうして私が、七海さんにおんぶされなくちゃならないんだ。


 私は七海さんの彼氏の、妹で、それ以上でもそれ以下でもない。


 そもそも兄はどこへ行ったんだ。


 七海さんはいつもそうだ。


 兄から離れて、私の元へやってくる。


 私のことなんか放っておいてくれていいのに。


「重いですよ」

「健康でなにより」


 この人はズルい。


 私の欠けた心から漏れ出す硝煙の臭いを嗅ぎつけたかのように、私の隙間に入り込んでくる。


「強がらなくていいから」


 私が今欲しい言葉を、ピンポイントで撃ち放ってくる。


「すみません・・・・・・」


 だから、私も断れずに。


 この人に、甘えてしまうんだ。

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