第18話 私の秘密


「三時の方向だ! 誰でもいい! 行け!」


 ――地獄と化していた。


 私が訓練に復帰してからすぐのこと。私たちの拠点は、敵からの襲撃を受けていた。


「くそっ、ボスがいてくれたら・・・・・・!」


 兵士の統率は乱れていた。


 襲撃を受けた際に迎撃に入ったボスは、その場で命を落とした。


 私たちは地面に横たわるボスの屍を飛び越えながら、敵の位置を教え合っている。


 ふざけてる者はどこにもいない。みな、怯えを隠すように闘志を宿している。


 私は結局、ボスに戦場へ連れて行ってもらうことはできなかった。


 けど、ここが戦場になってしまえば話は別だった。


 ――ようやく、人を殺せる。


「俺はどうすればいいですか!」


 近くにいた兵士に声をかける。傭兵として雇われている人間は、すでに我先にと銃声の聞こえる方へと走っていた。


「おお! アロ、生きてたか! 怪我はないか!?」

「俺、まだ戦えます。どこで待機すればいいですか。それとも、突っ込めばいいですか」


 私を見てホッとした様子の兵士。だけどすぐに真剣な表情に変わる。


「お前は地下から回れ」

「・・・・・・地下ですか?」

「そこに隠し通路がある。戦えない者をそこから脱出させる。アロはその援護をしろ」

「そんなの、誰でもできるじゃないですか! 俺は狙撃も、白兵戦もできます! もっと、もっと戦場に近いところで――」

「それは後でだ、まずは防衛が第一優先。それが終わったら、殺したいだけ殺せ。ボスも言ってただろ、死ぬ気でやるのは結構だが、すぐ死なれたらこっちが困る。分かったな」

「・・・・・・分かりました」


 その場は、従うしかなかった。私はその場から離れ、地下へと向かった。


 隠し通路へ向かっている途中、だんだんと戦況が掴めてきた。どうやら拠点は、敵から包囲されているらしい。おそらく事前に計画を練ってから実行された作戦なのだろう。


 ボスを失った私たちの勝ち目は薄い。だからこそ、まずは逃走することが第一の目標になってくるのだろう。


「よし」


 幸い、地下のことは敵にはバレていないようだった。


 ルートを確保できていることを確認してから、報告しに元の場所へ戻る。


「・・・・・・ッ!」


 その途中、人影が動いて私はすぐに銃口をそちらに向けた。


 ぞわりと、寒気がした。


 ――敵兵だ。


 負傷しているのか、足を引きずっている。


 武装は・・・・・・していない?


 出血によって手が麻痺しているのか、どこか神経がやれているのか。分からないが手が震えている。


 やれる。


 私はすぐに引き金に指をかけた。


「ひぃ!」


 その敵兵は、私を見ると、怯えるように顔を両手で覆った。


 ・・・・・・なんだ、その反応。


 今まで散々殺してきたくせに、自分が殺される立場になったら、怖いって?


 そんなのが許されるわけがないだろう。


 ここに正義も悪もありはしない。


 私は、お前たちを殺すためだけに、ここにいるのだ。


『娘もそろそろ成人だ。デカくなってるだろうなぁ』


 ベッドの上で眠る、いつかの男の声が脳裏で反響した。


 なんのために戦ってるんだ。


 人を殺すため。


 その人にも、家族がいる。愛する人がいる。


 それらを全て、撃ち抜くために、私は銃を構えている。


「・・・・・・行け」


 私の声を聞くと、その敵兵は足を引きずりながらどこかへ去って行った。


 どうせ武装もしていないんだ。あんな奴、殺そうと生かそうと変わりはしない。


 隠し通路へのルートが確保されていることを兵士に伝えると、そのまま早急に倉庫へと向かった。


 倉庫には怪我をして動けない兵士たちがいた。


「これから地下へ向かう! 動ける者は、歩けない怪我人を背負ってやってくれ! アロ、行くぞ!」

「はい!」


 私たちは怪我人を引き連れ、周囲を警戒しながら地下へと向かう。


 すでに他の部隊も隠し通路へと向かったらしい。私たちも合流して、それから体勢を整えて戦線から離脱するのが今の目的だった。


 しかし。


「そんな・・・・・・」


 隠し通路へと続く倉庫の中には、目も背けたくなるほどの惨状が広がっていた。


「くそ、なんでだ! なんでバレてる!」


 物のように散らばる、死体の山。


 それは私たちより先に隠し通路へと向かっていた部隊のものだった。


璃空りくさん!?」


 そしてその中には、璃空さんの姿もあった。


 幸い息はしているようだが、腹部から大量の出血がある。


「そんな、なんで・・・・・・衛生兵への攻撃は禁止されているはずじゃ・・・・・・」

「流れ弾だ。くそっ! 璃空さん、何があった!」


 璃空さんはゲホ、と吐血してから、虚ろ気な瞳を私たちに向けた。


「・・・・・・ここに来たら、包囲されてた。敵は、隠し通路の場所を知ってる」

「そんなバカな! この周辺には誰も近寄らせていないはず・・・・・・!」


 そこで、心臓がドクン、と不快な音を立てた。


「あ――」

「どうしたアロ、何か知っているのか!」


 私が口を開くと、その場にいた全員が私を見た。


「さっき、敵兵が、いて」

「何!? だが、銃声は聞こえなかったぞ」

「う、撃てなくて」


 手が震える。唇から、熱が奪われていく。身体が、寒い。


「に、逃がしてしまいました」


 こんなの、考えなくたってわかる。


 さっき逃がした敵兵が、私たちの居場所を軍に伝えたのだ。


 それで先回りされて、璃空さんたちは・・・・・・。


「ごめんなさい、あそこで、殺していれば・・・・・・殺せばよかったのに・・・・・・殺さなかったから・・・・・・ごめ、ごめんなさい」


 自分のした失態は取り返しのつかないものだ。


 私のせいで、仲間が何人も死んだ。


「殺さなかったんだな」


 私に付いてきていた男は、私の肩を痛いほど強く掴んだ。


「殺さなかったんだな!」


 もう一度、力強く聞かれる。


 私が無言で頷くと、その男は璃空さんや、その場にいた兵士たちに視線を配らせた。


「アロ、よく聞け」


 男が真剣な表情を浮かべて、私を見る。


「敵兵は俺たちが引きつける。アロはここにいて、機会を待て。合図をしたら、ここから逃げろ」

「引きつけるって・・・・・・」


 包囲されてるこの状況で?


 そんなの、自殺行為じゃないか。


「行くぞ! お前ら!」

「ちょっと、待って——!」


 怪我人も、もう息も絶え絶えの者も、最後の力を振り絞って外に走って行く。


 なんで。


 分からない。


 大人の考えることは。


 結局、この場に残ったのは、私と璃空さんだけとなった。


「璃空さん! 大丈夫ですか!?」

「うーん」


 考え込むように唸って、璃空さんは私の頭に手を乗せた。


「ごめんなさい、俺のせいで・・・・・・俺がもっと、強ければ・・・・・・」


 遠くから、銃声が聞こえてくる。さっき出て行った人達が、戦闘を始めたのだ。


「なんで殺せなかったんだろう・・・・・・殺せばよかった・・・・・・!」

「殺さなくてよかった」


 それなのに、璃空さんは私の頭を撫でながら、安堵するように言った。


 璃空さんは深く息を吐くと、一瞬意識を失ったようでその場に倒れこんだ。そのあとすぐに身体を起こして、光のない瞳で私を見上げる。


「これ」


 璃空さんが手を伸ばしてくる。その指先には、小さな紙切れが握られていた。


「そこに行けば、あたしと同じ、日本に帰る医療従事者の人たちがいる。そこに、行って伝えて欲しいんだ。花園はなぞの璃空は、戦死しましたって」

「戦死って・・・・・・」


 死ぬ気ですか、と。助からない。という声が私の中でだぶって聞こえた。


「日本に帰る便があるはずだから、その人たちに付いていって。そうすればキミも、日本に帰れるはずだから」


 手が震えている。


 目の焦点はすでに、私を捉えてはいなかった。


「それから、これ」


 璃空さんは、自分の髪を束ねていた髪飾りを取ると、私の手に持たせた。


「それ、バレッタって言うんだ。亞呂ちゃんに、似合うと思う。女の子はやっぱり、かわいいアクセ付けなきゃね」

「だから、俺・・・・・・男だって」

「あはは、騙せてると思った?」


 璃空さんの手が、私の頬を撫でる。


「あたしだけじゃない。みんな気付いてたよ」

「そんな・・・・・・」

「もちろん、ボスもね。みんな、キミのこと気にかけてた」


 璃空さんの手を握る。まるで、鉄でも掴んでいるかのように冷たかった。


「亞呂ちゃん。キミは、普通に生きなさい」


 震えた声。璃空さんは、泣いていた。


「普通に生きて、普通に幸せになりなさい」

「・・・・・・分かりません。普通ってなんですか」


 今更そんなことを言われたって困る。だって私は、ずっと人を殺すためだけに生きてきた。普通に生きろだなんて言われても、私は・・・・・・。


「オシャレしたり、かわいい服着たり。あとは、そう。恋をしたり」


 私にできるとは到底思えない。まるでおとぎ話の世界のような代物だ。


「嫌です、私・・・・・・ここに残ります」

「亞呂ちゃん」


 消え入るような声。


 璃空さんは、血色の悪い、青白い顔で、満面の笑みを浮かべた。


「誰も殺さないでくれて、ありがとう」


 違う、殺さなかったんじゃなくて・・・・・・殺せなかったんだ。


 それと同時、近くで銃声が聞こえた。


「行って! 亞呂ちゃん!」

「で、でも・・・・・・!」


 すると璃空さんは、自分の腕に付いていた赤い十字のマークが描かれているワッペンを引き剥がして捨てた。


 私から銃を奪い取ると、ふらふらした足取りで、扉の前に立った。


「キミを兵器になんてさせない」

「い、嫌だ。璃空さん、私――!」

「生きて」


 もう、叫ぶ力もないのか。


 まるで子供を寝かしつけるかのような声で、璃空さんは言った。


「――ッ!」


 私は駆け出した。


 どうして?


 分からない。


 大人は私を見て嗤う。いつもバカにするみたいに。


 ボスも、璃空さんも、私を見ると笑う。


 送り出すみたいに。


 ――託すみたいに

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