第2章▶調査開始

第9話 「クラブ潜入調査➊」👗

 清水菜月から依頼のあった翌日、直ぐに僕らは舞花のバイト先のキャバクラ店への潜入調査を敢行した。無論、菜月に店を聞いたのである。その日は、嫌に底冷えする日で、僕らはダウンジャケットなどで念入りに防寒した。夜21時30分に入店する。


 「CLUBリコリス」は、ちょっとした高級キャバクラ店といった雰囲気の店だった。池袋駅東口から明治通りを左へ進み、大型家電量販店の裏手通りをやや奥まで進む。店は、雑然とした通りを少し離れた場所の、地下一階にあった。


 店のホームページを予め調べた際に知ったのだが、リコリスとは、彼岸花ひがんばなの学名らしい。彼岸花の燃えさかる炎のような細長く赤い花びらの美しさは言わずと知れたものだが、実は彼岸花の球根には強い毒性があるのだ。確かに、夜の世界の女性には怖い一面がある。まさか店自ら、親切に警告してくれているのだろうか…。

 階段を降りると、店内は、洞窟を模したデザインの白い壁に囲まれていた。壁は間接照明でライトアップされ岩肌が浮き出し高級感を演出している。真新しい黒のソファ、透明硝子のテーブルが整然と並べられ、配置のセンスの良さを伺わせる。どこか隠れ家的で落ち着ける雰囲気のある空間である。


 「二名様、フリーですね。こちらへどうぞ」

 色白で落ち着いた雰囲気の若い店員が奥のソファの一角に、俺達二人を案内する。


 俺はやや緊張しながらソファの座り心地の良さに感心していた。混み合わず、ガラガラでも無く、多分この時間がベストと踏んだのだが、店内は随分閑散としていた。


 「こんばんは。お二人はもう飲んできたの〜?」

 「まあそんなとこ〜」

 吉田は妙にリラックスしている。吉田は

自分がホストをしていて、こういった雰囲気に慣れているのだろう。

 「俺は木村で、こいつ吉田。二人の名前、聞いていい?」

 「私、あいこ」

 「ゆいかで〜す」


 あいこは声が低く、タメ口でぶっきらぼうに挨拶する。小柄で童顔、目の周囲の赤や青のラメが際だつ。メイクが個性的だ。

 一方のゆいかは逆に甘い声だった。まあるく大きな目、色白でふんわりとした可愛らしさのある女性である。


 俺と桃介が壁際のソファにゆったり男二人で横並びに座り、テーブルを挟んで、ゆいかが俺の前に、あいこが桃介の前というような合コンスタイルの様な配置で座った。

 

 乾杯をして他愛もない話をする。ゆいかは元は美容師。あいこは、芸能事務所に所属していてモデルや音楽活動もしているらしい。


 俺のくだらない話に桃介が冗句を交えてツッコミを入れて盛り上げてくれる、そんなパターンの会話である。


 焦りは禁物。しかし、いつまでも遊んで居るわけには行かないのだ。

 ただ…気になるのは、真正面のゆいかちゃんの黒ドレスから露出する真っ白でたわわな膨らみなのである。しかも淫らに谷間が深い。幼さとのギャップ萌えである。俺はしばし目のやり場に困り、手元のウイスキーグラスに目を遣りながら、コップの氷をカラカラ音をさせていた。

 

 そして芸能人のあいこには、左手の二の腕にタトゥーがある事に気づく。黒髪で彼女も童顔なのだが、何か小生意気で奇異な雰囲気を漂わせた女性なのである。 

 「あ、そのゆいかちゃんの水色のネイル、かわいいね」

 俺は、膨らみには勿論触れずネイルを褒めた。ただ、お世辞でなく色は水色が好きなのである。


 「え〜、ゆい嬉しい〜!」 


 「あいこちゃんは、なんか小悪魔的だよね。ああ、かわいいと言えばさ、噂で聞いたんだけど、この店の人気の女の子が、殺されたんだって?一体、何があったの?」

 俺は、やっと本題に入っていく。


 「ああそれ。一回閉めた時もあったし。マスコミがうじゃうじゃ来たしね。てか常連さんも気味悪いみたいで、来ないんだよ。お兄さん達知っててよく来たよね」

 あいこがだるそうに言う。


 「逆に空いてると落ち着いて話せるよ。それに空いてると、お店の一番かわいい子が先に直ぐ出て来るんでしょう?」

 桃介が珍しく気の利いた上手いことを言った。


 「うちの子、みんなかわいいけどね〜」


 「それでね、実はここの客が捕まったでしょ?俺実は、その彼とちょっとした知り合いなんだよ。鈴木を二人は知ってるかい?」


 「あ、浩生ひろおのこと?疑われてるって浩生でしょ?週刊誌に『警察は、石川さんの常連客の1人を容疑者としてリストアップした』って読んだよ。名前書いて無かったけど多分、浩生かなと。私も彼とは知り合いだったからちょっと信じられないと言うか、怖いよね」


 「え?!あいこちゃん浩生って人知ってるの?」


 「浩生は常連だよ。相当、舞花に通ってたもん。浩生とは好きな音楽とかあうから、私も仲良かったよ。舞花凄く人気があったから、いつも沢山の人に同時に指名されてて。浩生は話せなくて待機の私と結構な割合で話しててたのよ。なんとなく仲良くなったって感じ」


 「あ〜わかるかも。もしかしたらあいこちゃんその浩生さんって、好みだったんじゃないの〜?」

 ゆいかちゃんがイタズラっぽく冷やかす。


 「舞花ちゃんて〜、清楚系だし〜、なんか私憧れてたなあ〜。恨まれるようなタイプじゃ無いよ〜。そうだ、舞花ちゃんってさ、お客さんから貰ったプレゼント、どんなつまんないものでも絶対捨てないんだよね。凄いって思ってた。ホント亡くなったなんて信じられないよ…」

 ゆいかは話しながら段々と悲しそうに顔色を変え、声を落とした。


 「男ってさ、ああいう子が好きなんだよね。てか舞花って意外と気が強くてさ、媚びてなかった。やっぱいい子だったんじゃん?私は、これでいてカワイコぶったりもするし、嘘つくし、性格悪いからね」


 「あいこちゃんは、ズバズバ本音で話すね〜。面白いねえ」 


 「私にとって面白いって最大の褒め言葉だからさ。わかってくれる人にわかってもらえたらいいのよ。お兄さんちょっと女の趣味変わってんじゃん?変態っぽいし」  


 「変態…」

 「木村さんは変態っすよ、はははは」

 「え〜?どんな性癖あるんですかあ?」

 「おい桃介…。ないよ! 完全ノーマルだっつうの。で、話し戻すけど。実は浩生にお金を貸しててさ。連絡取れなくなっちゃって。誰か、住所か、会社とか知らないかなあ…って」


 「会社かあ。仕事は不動産関係だったかな。羽振りいいしね、いい仕事してんのかなって思った。借金してたんだあ。意外。ラインは知ってるけど?」


 「う〜ん。ライン教えてもらってもどうかな。アイツの仕事場とか自宅で直接会いたいんだよね」


 「自宅はわかんないな〜。実は浩生とプライベートで遊んだことあってさ。舞花にはナイショってことで。でも舞花、彼氏と同棲してたんだって?浩生は、舞花が好きだったみたいだけど、彼氏いるんじゃ相手にされてなかったのかな。私と寝るくらいなんだし…」

 彼女は首を傾げる。


 「え〜〜?!アイコちゃんって、浩生君とそういう関係だったんだ〜!舞花ちゃんのお客さんだったのにびっくり!!」

 

 「勢い勢い。◯万でヤラせてあげた」

 「プライベートでも金とるんだ…」 

 「私商品なんで」 

 「はあ…。ええっとそれより浩生は、『舞花に黙っててって』言ったの?じゃあ舞花とも付き合うような関係だったのかもしれないよな。客以上の関係だったのかなぁ?」


 「そりゃわかんないな。舞花とはそんなに深い話、したことないもん。ゆいかは聞いてる?」


 「何人かは、仲良い子いたと思うけど。アイサちゃん仲良かったよね?でも、あの子辞めたよね。私アイサとご飯食べに行ったことあるからライン知ってるよ。辞める時、別の店で働くって言ってたよ」


 「ふ〜ん。キャスト同士でライン交換すんだね」 

 「いやしない子はしないし。それぞれじゃん。私ゆいかのラインも知らない」

 「思い出した。前ね〜ライン交換してって私から言って拒否られた子いたんだけど、そういうのって気まずいよね」

 

 「それわかる!今はライン位、軽く交換すんじゃん。その子マジヤバいし…」


 「はいはい。でね。俺、アイサちゃんの居る店が知りたいな。ゆいかちゃんさ、彼女にラインでそれとなく、勤めてる店を聞くとかできない?」


 「…ねえ木村さんって、浩生って人の居場所を知りたかったんじゃなかったっけえ?なんで舞花ちゃんの話しを聞いたり、舞花ちゃんの友達に会いたいの〜?」


 「えっ…」

 しまったと思う。ぼくら四人は既に延長して飲んでいて、全体的に酔っぱらっていた。俺は普段酒を飲まないので、漏れなく酔いが回り「浩生の取立て」という当初の設定をうっかり忘れていたのである。随分と迂闊うかつな探偵なのである…。



優しい探偵RE

2023.9.18掲載

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