第11話「石川舞花⚾」


 調査が、始まったばかりだが、時間軸は10数年前に遡る。石川舞花の幼少期のストーリーになる。

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 石川舞花は、東京都品川区戸越とうきょうとしながわくとごし、舞花の母の実家で生まれ育った。家族は、舞花の両親、祖父母の5人で、住まいは、戸越銀座商店街の本通りを折れて直ぐにあった。というのも舞花の母の実家は、商店街の古くから続く小さな書店を生業なりわいとしていたのである。


 戸越銀座は、高度経済成長期に大変な賑わいを見せた歴史ある商店街だ。

 大型ショッピングセンターの台頭により日本全体の『商店街』が次々とシャッターを下ろしていく中にあっても、古き良き下町情緒を残しながら、活気ある商店街として戸越銀座は存続し、全国的にも注目を集めた商店街だった。そんな地域で舞花は育つ。

 


 当時、舞花は6歳の少女だった。ここは、秋めいた木々に囲まれた文庫の森公園内の大きな芝生広場だ。舞花の自宅から歩いて数分の場所に、この文庫の森公園があり、幼い頃の舞花の一番の遊び場だった。


 芝生は踏みしめると優しく柔らかだ。父と子は、昼過ぎのやや傾いた温かなで心地よい陽ざしに照らされていた。爽やかで緩やかな緑の風がふたりの頬を撫でていた。


 「ストラーイク!ナイスボール!!舞花は、いつも凄い球を投げるねえ」

 父、石川雄いしかわゆうは、成長著しい愛娘に目を細めていた。

 小さな頃から舞花は、運動神経が抜群で保育園の年長クラスとは思えないような球速のボールを小さな左腕から精一杯に投げていた。小柄なのにボールが速くコントロールも良いものだから、尚更に驚くのだ。汗っかきの舞花は、投げ始めたばかりなのに、もう汗ばんでいた。

 柔かなゴムボールとはいえ、捕らえる父親の石川雄いしかわゆうも気持ちが良かった。野球好きな父親である。


 ストライク・ボールのカウントを数え、フォアボールになるとランナーが埋まる。ストライクを決めて三振を3つ取るとチェンジ。そんなゲームだ。


 鳥のさえずりや、周囲を駆け回る子供達の明るい声が聴こえる。今日は、日曜日でレジャーシートを引いて食事をする家族もいる。


 「まいか、小学生になったら、シンちゃんの入ってる少年野球に入るの」


 「えっ、そうなの?でも、まいちゃん、練習もあるし、大変なんだよ。それに男の子と一緒だぞ。女の子のお友達はいないかもしれないし…」

 「大丈夫だよパパ、まいか男の子より強いんだから。保育園で何でも一番だもん!」


 「そっか。舞花がやりたいことをしたらいいってパパは思うけどね。ママにも相談してみようね」


 舞花の父は、神田にある文芸雑誌を扱う小さな出版社に勤める会社員で、母は実家の書店を手伝っていた。


 休日になると、父のゆうは、どんなに疲れていても、舞花とよく遊んだ。晴れた日は公園まで歩き、広場でキャッチボールをする。疲れたらベンチに座って持参した水筒の麦茶を飲み、池の水面や水鳥を眺めうっとりした。そして、たまに顔を覗かせる亀に舞花はいつも餌をあげるのだ。

 文庫の森公園には、戸越公園も隣接していて四季折々の緑の茂る広い公園内も父子でよく散歩した。戸越公園は、大きな池、渓谷、滝、築山などの配置の中を一周できる回遊式庭園と云われる本格的な庭園で、舞花は、飛び石をぴょんぴょんと繰り返し飛んで遊ぶのが好きだった。

 幼い頃から体力があって中々、自宅へ帰ろうとしない。父親をよく困らせた。そんな時、雄は「ママが心配して待ってるから、お土産を買って帰ろう」そう、いつも舞花に言うのである。


 すると舞花は、ハタと表情を一変させた。帰宅する気持ちになるのである。母親が病弱だった事もあってか母親想いの娘に育った。

 帰り道、戸越銀座にある老舗のおでん屋で、母の好きな「おでんダネ」をお土産に選んで買って帰宅する、そんな日常だった。


 また舞花の野球好きのルーツは、ほぼ父親に起因する。雄は、墨田区の生まれで、小中と軟式野球をしていた。在京球団のスワローズのファンで、舞花が野球が好きになったのも必然的だった。


 よく野球観戦に家族3人で行ったが、当時のスワローズは、打者なら青木宣親あおきのりちか選手、投手なら石川雅規いしかわまさのり選手らが主軸のチームだった。

 舞花は、同じ『イシカワ』という姓の左のエースが活躍していたという偶然も相まって、女の子ながら、スワローズや少年野球に夢中になっていく。

 小学生になると、リトルリーグに入団。6年間、舞花は少年野球に取り組み、男子に混じりながらも、5年生にはエース投手に君臨くんりんした。


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 これは舞花が短いながらも確かに生きていた命のストーリー、その一部なのである。


優しい探偵RE

2023.10.10掲載

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