第3話「公園の『想い』」🍀

 その小公園の入り口は、見事に封鎖されていた。

 地蔵じぞうを思わせるような丸みのある石状の車止めが2本建つ小さな入り口には、黄と黒のビニールテープが乱暴に張り巡らされ、2人の警官が門番の様に勇ましく立っていた。

 公園周辺の路上には所狭しとパトカーが縦列じゅうれつ駐車されており、物々しい雰囲気だ。公園をどこにいたのかという程の人が集まって取り囲み、辺りを右往左往する警察集団を注視している。


 夜の闇は暗いが、街灯と警察の用意したまばゆい照明器具の灯りが公園内を照らし、柵の外からも暗闇にうごめく人の動きはハッキリと見ることができた。

 公園の周囲は、低い植え込みと低い鉄柵に四方を囲まれている。俺は足早にその外周をぐるりと周り、様子を観察した。

 小さな公園は簡単に一周出来てしまい状況を直ぐに把握できた。公園のやや中央付近にある「多機能トイレ」がこの人だかりのみなもとであるようだ。私服も含めた警官がそこに集まり、同時に近くに人だかりが出来ていた。

 俺は、やや強引に人混みをかき分けて、最前列の、トイレ近くの警官の動きが見える位置の柵の前で立ち止まる。美幸も息を切らせついてきていた。


 前列に出ると、紺色のよれたジャンパーに、ツクシの頭のような緑色のニット帽をピッタリと被った小柄の男性と目が合った。


 男は、煙をくゆらせて一服中で、男と周囲の人には一定の距離感があった。俺はその異彩を放つ男性に躊躇ちゅうちょなく声をかける。


 「ちょっとすいません。何があったんすかね?ただ事ではないっすよね?」


 「おっおおお?!な、なんだよ。暗闇で急に話しかけんなよあんちゃん。おお綺麗なお嬢さんだな」


 「すいません。失礼しました」


 「ちょちょっと、れいさん。何で急に知らない人に話すわけ?」

 俺の背後で美幸が小声でささやきつつ俺の右のふぐらはぎを蹴った。 

 「痛っ」

 「ごめんなさい」

 謝ったのは俺にではない。その男にである。美幸は恥ずかしそうに軽く会釈する。

 

 「いや、いいけどよ。ほらそこさ。トイレがあんだろ?あそこでなんかあったんだろな」

 男は、煙を吐きながら話す。話し出すと外見よりも若いのがわかる、60代前半だろうか。

 「トイレの中、見たんですか?」


 「い、いや、見てねえよ。お、おれはさ、この時間は散歩の時間なの」


 「お近くなんですね?」


 「そう。池袋に40年住んでんだ。歩いて15分圏内かな。まさか怪しいもんじゃねえしな。ほら、そこのベンチがあんだろ。一息つくのにいつもあそこに座るんだよ。丁度、目の前で警官がさ、入り口塞ふさぎやがって。腹立っちゃったからね、しばらく見てたら警官がよ、どんどん増えてきてさ。びっくりしちゃたよ。いやだよなあ。やっぱり近くで物騒ぶっそうが起きちゃあよ」

 男の声が自分の話す勢いでだんだんと興奮してきているのがわかる。 

 

 その時、救急車のサイレン音が、公園付近に近づいてくるのが聴こえた。間もなくしてヘルメットを被った救急隊員が担架たんかを持って、目の前の多機能トイレに勢いよく入っていく。

 数分で、担架を運ぶ男達は出てくる。僕らは一部始終を見つめる。担架には、白いシートが全体に被せられていた。

 一瞬、強風に煽られてバサバサと音を立ててシートがめくれると、細くて華奢きゃしゃな白い片腕が見えた。若い女性だ、瞬時に感じる。


 「ちょっと道を開けてください〜!」暗い喧騒の中でもその叫び声は響いた。救急車に担架は運び込まれドアは閉められた。


 ―――救急車の高い金切り音と、低いサイレン音があっという間に深夜の池袋の街を抜けて遠ざかっていった―――


 「行ったな…。凄いとこに遭遇しちゃったね。助かるといいんだけど…」

 

 「もう亡くなってる」

 「はっ?なんでわかるんだよ?!」    

 「わかるんだ。担架が目の前を通った時に何か亡くなる前の人の悔しさっいうか未練みたいな「おもい」が見えちゃったんだよ。あの人多分、誰かに何かを、必死で伝えたかったんじゃないかな…」


 「あ〜。たまに出る美幸の感じやすいやつか。死ぬ人間は誰でも未練あるだろ。納得して亡くなる人なんていないよ。それ霊感って言うの?非科学的だな」  


 「わたしわかるんだもん!うちのママの血筋はみんなわかるの…」


 「あっいや。ごめんごめん。美幸が言うんだから否定しないよ。付き合わせて悪かった。もう帰ろう。終電無くなるぞ」


 「…私なんか気分悪くなっちゃった…」

 美幸は、少しよろけてその場にうずくまってしまう。


 「えっ?!大丈夫?!タ、タクシー使おう!今日美幸の家に行っていいなら一緒に付いて行くから。美幸、顔色が悪いよ。ごめん。俺が悪かった。あっそうだ救急車呼ぼうか?」


 「ちょ、ちょっと、冗談言わないでよ!簡単に救急車って呼べないんだよ!」 


 「いや本気だって!」

 「バカ…」


 俺は美幸と大通りに出ると、急いでタクシーを拾い、車に乗り込んだ。

 

 霧雨から始まった一日の終わりは、冷たい風の吹きつける深い闇夜だった。空には、灰色の雲がゆらゆらと流れ渦巻いている。


 この暗く深い夜が、この長い長い壮大なストーリーの始まりになるとは、僕らは、このときまだ知るよしもない。



優しい探偵RE

2023.6.26掲載


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