第19話 「桃介と風俗嬢の友達❶」👙

 僕は、吉田桃介、東京都足立区竹の塚生まれの30歳である。職業は元看護師。そして今は探偵助手、副業にホストである。 

  

 桃介ももすけという名前、物心ついた頃ちょっと変だと気づいた。子供の頃は随分と冷やかされたものだ。因みに2つ年下の弟は、「豆介まめすけ」だ。心情察するに忍びない。


 小学校低学年の時、自分の名前の由来について調べてくる課題が出された際、母に聞いた話では、確かこんな返答だったのを覚えている。

 「お母さんはね、自然の恵みを感じられるような、それでいて沢山の人から、愛されるような名前にしたかったの」


 それを聞いた時、僕は何となく納得する。そして、しっかりと名前に理由があったため、とりあえず宿題が終わらせて良かったと安堵した。ただ子供ながら何かに落ちない感が残ったのを覚えている。

 今ならその違和感がわかる。母の発想のユニークさは、同じ自然の恵みでも『食べ物』を名前に入れたところだろう。自然の恵みなら「大地」とか「陽太」とか、いくらでも一般的な名前があっただろう。いや、女子なら「もも」でも良かったかもしれない。ウチの母は天然だ。このユニークな名前は、少なからず僕の人格形成に影響を与えただろう。僕はよく他人から個性的と評される。

 『名はたいを表す』という言葉があるが、名前が人をつくるのである―――しかし、この名前、大人になって実感したが確かに愛称的で親しまれるし、すぐ覚えてもらえるという利点があった。今はまあまあ気に入っているのである。


 丁度、木村さんが、神谷と東京芸術劇場で会っていた時間と同じ頃、僕は石川舞花と「CLUBリコリス」で最も親しかったという「アイサ」という大学生の勤める風俗店に向かっていた。


 そこは、池袋北口を線路沿いにまっすぐ5分程。傘を片手に歩く。財布一つをポケットにいれた身軽だ。向かう先は店舗型ファッションへルスである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 余談になる。国内の風俗産業の市場規模は、年間5〜7兆円と言われる巨大産業で、日本は風俗天国と言われる。この巨大な繁華街・池袋にも多くの風俗業種がひしめきあってる。

 随分と前、何かのネット記事で見たが、二十代〜三十代女性のうち四分の一は何らかのナイトワークの経験があるという。

 そこには、急速に進んだ日本の格差社会が必ず絡み合っている。そんな話を木村さんとよく議論する。


 ここから先は、元社会科教師の木村さんの受け売りになるが、

 かつて政権党は、日本を「一億総中流社会」にすると息巻いて、高度経済成長を突き進んだ。

 しかしそれは、終身雇用の崩壊、派遣や契約社員などの非正規雇用の急速な拡大などにより跡形もなく崩れ去る。日本人の実質賃金はこの何十年、物価高騰にもかかわらず、減少している。 

 しかしだ。一方で、莫大な利益を上げ巨万の富を成す大企業、人々が増え続けている。つまり、富の分配が不公平に歪んだ社会。これが格差社会なのである。

 「収入は減っても、生活していかなくてはならない。誰もに明日食べるおにぎりと、雨をしのげる場所がなきゃならない」

 木村さんは常々熱弁する。ただ、、、そんな中さえ、風俗業ならば、その他の業種とは、比較にならない程の日給を稼ぎ出せるのである。もちろんその代償が大きいのは言うまでもないのだけれど。


 又風俗に関しては、僕も色々と考えるところがある。それは実にトラブルが多い業種であること。


 事を厄介にしているのは、男女の色恋が絡んでいるからだろう。そこでは常に、騙した騙されたとか『いざこざ』が絶えない。散財して借金で人生破綻するものもいる。ホストに貢ぎ、負のスパイラルにハマる風俗嬢だっている。例え話にいとまがない。


 そして、今回の事件でも、キャバクラでアルバイトをしていた専門学生の石川舞花さんが殺された。

 客から恨みを買うなど、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も否定できない。

 僕が言いたいのは、やはり、風俗産業はアンダーグラウンドな世界であり、怖い世界であることなんだ。

 と、語っている僕自身もホストという水商売で働き、本業の探偵業の収入を補填ほてんしている。でも僕は人に恨まれるような人を騙したり、貢がせたりはしない。ただ、そんな僕だって、いつ人を傷つけているかわからないんだ。僕は少なくとも、そんな緊張感を持って働いている。でもね、そんな僕みたいなホストがいることは、都市伝説くらいに思っていて欲しいよ。

 (随分と長い余談になった)


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 ―――その風俗店は三階建ての小さなビルの地下にあった。随分とこじんまりとした小規模な店舗だ。入口頭上にある縦長の小さな店名の看板を僕は念入りに確認すると、階段を一つ降りる。入口で、受付のスーツ姿の中年男性が随分テキパキと印象良い対応をした。料金を支払い注意事項を説明されると、僕はすぐに個室へと案内されたのである。


 「ガチャ」 


 ドアを開くとベッドに一人、小柄で黒髪の女性がちょこんと横座りしていた。透き通るような肌、端正な顔立ちの可愛らしい女性がそこにいた。


 デニムのハーフパンツに、肩紐のある薄手の白のキャミソールをまとう。

 彼女の細身の身体を覆う生地は至極しごく少なかった。

 ハーフパンツは下肢の美しさを際立たせていた。腹部は、露出しておヘソが見える。胸の膨らみはばかりだった。

 僕は、刺激の強いコスチュームに戸惑い汗が滲む。体温が上昇していくのを感じていた。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、彼女は目が合うと、クスリとどこかイタズラ少女のような笑みを浮かべたのでだった。




優しい探偵 RE

2024.5.2




 

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