第21話 「桃介と風俗嬢の友達❸」❤️‍🩹

 60分コースは時間がたっぷりあり、知りたいことを聞き出すには充分な時間だった。


 その後、僕は事件の日に浩生が舞花さんと会っていたこと。舞花さんが、その直後に亡くなった上、鈴木の自宅から凶器のナイフが見つかり鈴木が容疑者として疑われたこと。しかし、警察が証拠を詰めきれず鈴木を釈放したこと。僕らが鈴木を陥れようとしている真犯人も視野に入れながら調査をしていること。一通りの経過を包み隠さず話した。


 「鈴木さんと、そんな事になっていたんですね。私、何も知らなくて。探偵さんって、そこまで調べられるんですね…」


 「いやいやまだ何にもわからない事だらけなんだよ。今、一人一人、舞花さんの周辺の人を聞いてまわってるんです。…嫌な質問なんだけど、アイサさんは事件当日はどこに?」


 「この場所にいました。金曜日でしたよね。その日のシフト18時〜23時です。バイトの翌日の朝にニュースで事件を知ったんです。あの公園、反対口のサンシャイン通りの脇道に入った公園ですよね?私、昨日、お花を供えて来ました。私にはそれくらいの事しか出来ないから…」

  

 「そうなんだ。そんなアイサさんが犯人の訳ないよ。ごめんね。…そう、お店で一緒に働いてた時、アイサさんから見て、舞花さんと、浩生の関係って、どんな風に感じてたかな?」


 「舞花に話を切り出されるまで、ハッキリはわからなかったんですけど、以前から、同伴やアフターじゃなくて、休日に鈴木さんと会ってるって聞いてて。仕事としての付き合い以上なのかなあっていう印象はありましたよ」


 「それいつ頃からなんだろう?どの当りから親しくなっていたのか。親しい期間が長い程、一緒に住んでいる神谷君なら、舞花さんの気持ちの変化に気付いてもおかしくないと思うんだよねえ」


 「いつだったかなあ、そんな話を聞いたのって、確か私がお店を辞めるちょっと前くらいだったと思います!」


 「九月の半ば頃?事件の一月前くらいだね」


 「あの頃、『マイ楽しそう』って会って感じたのを良く覚えてます。でも、お客さんと恋愛するなんて、自由奔放なマイらしいです」

 

 「彼女は、不思議な娘だね。繊細さと大胆さの両方を持ったような、そんな子だったのかなぁ。ある意味個性的な気はするけど、お客さんやスタッフとトラブルは無かったかな?」        


 「マイは、人に憎まれるような子じゃないんです。性格がさっぱりしてて、周囲に気遣いも出来る。それでいて、真っすぐで、芯が強くて…。私にとっては、尊敬出来るし、心強い存在でした。何でマイがこんな事に…」   


 「そう。舞花さん、誰に聞いても評判がいい。あいこちゃんと、ゆいかちゃんからも聞いたよ」


 「ああ…でも、あいこちゃんとは余り喋らなかったですよ。マイ苦手だったと思うかな」

 「あの子、ちょっと変わってるよね。二人に何かあったのかな?」

 「いつだったか、更衣室で、マイが彼女と言い合ってるの見ましたよ。そんなの初めて見ました。珍しいです。何か声がきつい声で。私が部屋に入ったら直ぐに二人共話すのやめたから喧嘩の理由はわからなかったですけどね…」

  

 「そっか。あの子、そんな話は一切、言って無かったね。他になんか気にかかる話を舞花さんから、聞いてないかなあ。なんでもいいんだよ」


 「はい、ありますよ。尾行されていた話し。マイが殺されたって知った時、まず、そのストーカーの話を思い出したんです。だからゆいかちゃんからラインが来た時に、探偵さんに必ず伝えなきゃって思ってました」 

        

 「ストーカー…。こういうお店に勤めていたら有りがちだよね。それをアイサさんにも相談してたんだね。それいつ頃のことなんだろ?」


 「何回かあって。マイがお店はじめてしばらくの時。あと私がお店を辞める前あたりかな。警察に相談したらって話したんだけど、でも考えすぎかもしれないしって、笑いながら話してたから。私もつい大丈夫かなって…」


 「誰だったんだろ…」


 「あと、もう一つあります!その最後に会った日の別れ際に舞花が、次会った時に『菜月さんのことで相談したい事がある』って言ってたんです。何か恋愛の話しより、寧ろ深刻そうで

…。今日聞くよって話したら、遅いから又って。でもそれがマイと会えた最後になってしまったんてす…」


 「相談か。それは確かに気になるよね。何か菜月さんとうまく行ってなかったのかなあ。菜月さんに聞いてみるね。ありがとう。教えてくれて」


 僕は、その時、神谷や、鈴木との話を一番仲の良かった親友の菜月さんに真っ先に話したり相談されていない事に、強い違和感を感じていた。

 菜月には、何か分からないことがある気がする。清水さんにもう少し話をじっくり聞いたほうが良そうだ。見落としていることがあるかもしれない。


 スマホで時計を見ると、まだタイムリミットまで25分程あった。僕は店の前の自販機で購入していたミネラルウォーターを一口飲んでふぅとひと息着く。彼女もどこか恥ずかしそうに小さめのペットボトルの緑茶をそっと口に含んで静かに飲み込んだ。


 雑談の延長だが、アイサさんは、舞花とお互いの家族の話を良くしたという。特にお互い年の離れた兄弟がいて、舞花は、アイサさんの妹の事を自分事のように心配してくれたと云う。


 「私の妹は、1型糖尿病なんです」

 探偵業では、僕が元看護師らしさを発揮する場面は、ほぼない。けれど病気について僕は一応、専門家なのである。

 1型糖尿病は、同じ糖尿病でも、食生活や肥満が影響して発症する成人病として分類される「2型糖尿病」と原因が根本から異なる。1型は、自己免疫の異常から、インスリンを出すβ細胞を自らが攻撃して壊してしまう事で起こる。そして幼児や青年期に発症する事が多い。悲しい話だが、現代医学で根治が不可能とされる難病だ。


 血糖値を下げるためには、日々インスリン注射が必須になる。併せて血糖を自己測定しつつ、適切な血糖値となるよう自己管理していかなければならない。それは一生続く治療だ。

 聞けば、妹さんは、まだ中学1年生に成ったばかりだというではないか。

妹さんは、中学進学により運動量が急に増えた。以前より、体内の糖を多く消費するようになり、逆に低血糖を起こしてしまい、最近、外出先で頻繁に倒れてしまっていたらしい。

 血糖値は高く過ぎても、低く過ぎてもいけない。まだ幼くデリケートな思春期の彼女の心身の負担は、想像を絶する…。支える家族とて同じだろう。


 愛紗さんは、難病を抱えた妹さんの将来を心配していた。妹のためにも、お金を蓄えておいてあげたいと言う。

 妹想いのお姉さんだったのだ。


 「いつもマイちゃんが話を聞いてくれていたんです。舞花にも小学生の弟さんが居て、お互いの兄弟の話を何時もしたりして、楽しかったです…」


 「愛紗さんの妹さんを、自分の弟さんとも重ねていたのかもしれないね」


 「マイは、看護学生だったし勉強にもなるからって、色んな事を調べてアドバイスしてくれたり、妹の体調をいつも気遣ってくれていました」 


 愛紗の眼を見つめると、その黒目がちな瞳はみるみるうちに一杯の涙で飽和状態になった。その雫は今にも溢れこぼれ落ちそうだ。


 「…舞花さんは、本当に優しい子だったんだね…。何か愛紗さんの事、また少しわかった様な気がするよ」


 「はい。本当に優しくって、私にとって大切なだったんです!」


 彼女は顔を両手で覆って嗚咽する。僕は、気付くと彼女の背中を擦りながら、彼女を正面から抱きしめていた。もちろん下心ではない。泣いている彼女を見て慰めようと身体が勝手に動いた。小さな子供を慈しみ抱きしめるような気持ちだった。友達想いの彼女が愛おしい。彼女の鼓動とぬくもり。いい匂いがした。彼女は、ぎゅっと僕を抱きしめ返してくる。

 「桃介さん、しばらく、このままで居ていいですか?」

 「わかった。いいよ」


 彼女の小柄な身体はすっぽり僕の胸の中に包まれたが、彼女が強く抱きしめると、彼女の大きな二つの膨らみが、僕の厚い胸筋に密着していた。何とも表現し難い柔らかさだった。

 急激に僕の体温が上昇した。呼吸数も増加、頻脈だ。バイタル不安定…。さらなる生理現象。不覚にも股間部分が隆起していた。

 

 「桃介さん…」

 彼女が僕の背中をまさぐっていた手のひらを緩やかに、前方、そして下方に移動すると、さり気なく、僕の膨らみに触れた。

 (え?!触る?!)


 「ちょ…」

 「私、上手かもしれないです」


 その後の二人について…読者様の想像にお任せすることにしたい。


 そして、びっくりすることには、これだけでアイサと僕の話は終わらなかったのである。つまり僕は、アイサさんと後日、お店の外で、今回とは、違った形で、再会することになる。

 まさかそんな事が起きるとは、この今、この瞬間に、僕は1ミリとて想像だにしていなかったのである。

 


優しい探偵RE

2024.7.8


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