第4章▶家族

第22話 「石川家❶」🪟

 その日の昼過ぎ、美幸と俺は東急池上線戸越銀座駅前で清水菜月と待ち合わして、品川区戸越に有る石川舞花の実家に向っていた。

 駅を降りて踏切を渡り、「とごし銀座」と書かれたアーケードをくぐると、全長1.3キロメートル、東京一長いという戸越銀座商店街が真っすぐに伸びていた。

 週末は観光客で賑わう本通りも平日は人もまばらだった。一直線に伸びる通りの頭上には、覆いかぶさるように寝そべって広がる灰色の曇り空と、冷たい北風が吹いていた。

 予報によれば全国的にも明日より急降下に気温が下がるらしく、12月という暦を目の当たりにして一気に季節は真冬へ突入して行くようだ。


 今回の訪問は、以前から菜月と約束していたことだ。菜月から御両親に連絡してもらい、母親の咲季さきさんと約束した。

 菜月は、戸越の実家に何度か招かれた事があり咲季とも面識があった。


 戸越銀座コロッケ、御当地和菓子など現代的で賑やかな色とりどりの飲食店の看板やのぼり旗を横目に見ながら石川家の営む書店より徒歩数分にある母屋おもやへ向かう。

 

 駅から15分ほど歩き、本通りを戸越公園の方角へ右に折れた。さらに左折。閑静な住宅街の小道に入っていく。

 その時だ。

 俺の視界にランドセル姿の複数の子供達の戯れが目に入った。


 「ありゃ」


 道路の隅で、一人の少年が地べたに尻もちをついて電柱に背をもたれていた。

 取り囲むように三人の子供達。

 三対一と圧倒的な劣勢にも関わらず、尻もち付いた少年は、三人の少年を見上げて果敢にも、必死に大声で何かを叫んでいた。小さな少年達だ。


 ケンカか。子供には子供の世界がある。こうした衝突も大事な大人への成長の過程ではある。とはいえだ。元教師として呑気に放ってはおけないのである。しかし、俺がおいと声を発せようとしたその瞬間、傍らの美幸が猛ダッシュで集団めがけて突進していたのだ。


 「み、みゆき!」


 (ザザザザッ)


 「ちょっとあんた達、何やってんの!」


 美幸のこういったところに元ヤンぶりを垣間見る。今の彼女からちょっと想像し難い話だが、美幸は、高校生の時に少しグレた経験があるらしい。ただ正義感も人一倍なのだ。

  

 「…オバさんには、関係ないだろ」


 「オ、オバさんって…。それより、あんたら、な、なんしよっと?!イジメだったらね、おねえさん、許さんけんね!」


 美幸がオバさんというワードに反応してさらに切れていた。

 標準語にやや熊本弁が入り交じっているのがその証拠だ。そして、しっかり自分でお姉さんと言い直しているところが彼女らしい。


 「まあ落ち着けよ美幸。ああ君たち。三人で一人を囲むのはよくない。ケンカならおじさんに理由をおしえてくれないか?」


 「うざ。みんないこうぜ!」


 「ちえっ。ダイキ、覚えとけよな〜!」

 (クソ、逃げた…)


 先程までうずくまっていた少年は静かに立ち上がる。

 色白、赤みがかったぷっくりとした頬。頭の頂点が寝癖で所々突っ立っており、髪色はやや茶色がかっている。頭や顔形が何処か甘栗の様だ。身なりも親のセンスの良さを思わせるような服装で、可愛らしい風貌の少年だった。


 「おい大丈夫か?君、ダイキ君っていうのか?」


 「知らないおじさんに名前言うわけないだろ」

 可愛らしい声。しかし口から出た言葉は全く可愛くなかった。


 「…確かに。まあいいや。じゃ少年。なんていじめられてたかおしえてくれない?ケンカか、イジメか知らんけどさ。おじさんは、自慢じゃないけど昔はいじめられっ子だったからな、戦い方おしえてやるよ」


 「ちょっと!れいさん何言ってんの?ケンカあおってどうすんのよ」


 「ほんと!?ぼく石川大樹いしかわだいき


 「石川?この辺りは石川さんが多いのかな。商店街にある本屋さんの石川さんは知ってるかな?」


 「それ僕のウチだけど?」

 「大樹君って、もしかしたら舞花さんの弟さんなの?」


 「えっ?そうだよ。なんで知ってんの?」


 「大樹君、私のこと覚えてないかな?」

 菜月さんが話に割って入った。大樹君とも面識があったのか…。


 「なつきちゃん…」


 「そう!大樹君、よく覚えていたね!驚かせてごめんね。私達、みんなお姉さんにお線香を上げさせてもらいに来たんだよ」


 「そうだったんだ…」


 「そう。お線香あげて、お母さんとお話しなきゃいけない事があるんだ。でさ、ダイキ君、何でケンカしてたの?」

 俺は菜月には後でゆっくり話して貰う事にして、とりあえず話を戻した。 

 先程の彼の叫び声、あんな風に感情を露わにしていた理由がとても気になった。


 「お姉ちゃんは…悪いことしてないよね?」

 そう言うと今にも泣きだしそうになって彼は肩を震わせた。


 「は!?どうしてそんな事おもうの?」


 「なにか悪いことしたから、殺されたんだって、タカシ君達がいうんだ」


 「…」

 なんという発想。よくちまたで聞く『いじめられる側にも理由がある』という屁理屈にも少し似ている。そもそも理由があったら、いじめていいのか?理由があれば殺していいのか?理由なんて、いつだって、誰かの勝手な都合で、如何様いかようにも作れるものなのに。ただでさえお姉さんを失い絶望している少年に何という酷い事を…俺の琴線きんせんに触れた。涙が溢れていた。


 「大樹君、おじさんの話しを聞いてくれないか?」


 「ないてるの?」

 大樹は、驚いて、逆に俺を案ずる様な心配そうな顔色に変わる。


 「ごめん。君の悲しい気持ちがおじさんに伝わったんだ。大樹君、辛いよな。でもな、良く聞くんだ。『お姉さんは絶対に悪くない』だから、そんな変な友達の言うことを気にするなよ」


 「ホント?」


 「ああ本当だよ。悪いやつは、お姉さんを殺した犯人だ。どんな事があっても、絶対に、人の命を奪っちゃいけないんだ。それに、大樹君はお姉さんが悪い事をしたなんて思うかい?」


 「思うわけないよ!お姉ちゃんは優しいもん!」


 「そうだよ。…大樹君も悲しいけどな、お姉さんも凄く悲しかったんだ。もう大樹君にもお父さんお母さんにもお友達にもあえなくなってしまったんだから。だから、、、お姉さんを信じてあげよう。おじさん達は、悪い犯人をみつけるために今調べてるとこなんだ」


 「おじさん警察なの?拳銃持ってる?」   

 「ふ…」

 笑ってしまった。


 「拳銃見たかったか。残念だけど警察じゃないから持ってない。大樹君は、探偵って知ってるかい?」


 「タンテイは知ってるよ。名探偵コナンでしょ?」


 「それだ。コナン君ほどの名探偵ではないけどなあ。さあ、お母さん、家で待ってるぞ。君のうち、案内してくれない?一緒行こう」


 大人三人と小さな少年。僕らは、こうして前へ歩き出したのだ。



優しい探偵RE

2024.8.7掲載

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