第23話 「石川家❷」🍁

 

 舞花の実家は、二階建て、瓦屋根、板垣に囲まれ、小さな庭と縁側えんがわのある昔ながらの日本家屋にほんかおくだった。

 僕ら三人は、咲季さんに仏壇のある畳の部屋に案内されると、順番に舞花さんの位牌いはいに手を合わせた。


 「この度は、ご愁傷様でした」


 「お母さん、遅くなりました。申し訳ありません」


 「いえいえ菜月ちゃん。舞花とは本当に仲良くしてもらってたのに…こちらこそ勝手を言ってごめんね。こんな時期だから、家族とごく一部の親類だけの葬儀にさせてもらったの。最近、少しずつ色んな方に来てもらってるのよ。本当に有り難くて…」


 咲季さんは、そう言って襖を開ける。そこには庭に面した廊下と大きなガラス窓があった。ガラスの向こう側に縦長の庭が見え、そこには背の高い紅葉する複数の木々が見えた。赤々と燃えるような美しい紅葉もみじ

 その一つ一つの小さな葉は我よ我よと息づきながら個を主張し、その個が結果的に一体となり、美しく燃ゆる秋を表現している。そんな景色に目を遣りながら、咲季さんは静かに話しを続けた。


 「こんな悲しい時でも、紅葉は、美しく感じられるものなのですねえ…」



 「本当に、綺麗…」

 菜月が目を潤ませながら応える。


 「私の父は、花や植物が好きな人でした。私が舞花と大樹の名前に花や樹の文字を入れたのは父の影響です。皮肉なものですね。短く咲く花のように舞花は散ってしまったんですから。病気一つしたことの無い娘なのに、身体の弱い私より先に逝くだなんて…」


 「……」


 返す言葉が見当たらない。部屋の鴨居かもいには、額に入れられた野球チームの集合写真が幾つも飾られていた。

 小さなユニフォーム姿の子供達が整列している写真。男子に混じってポツンと一人、少女が中央でトロフィーを抱えていた。

 女性だけのチームの集合写真もある。中学生くらいだろうか。その中央には真っ黒に日焼けした女の子。以前、菜月に見せてもらった写真の舞花と直ぐ一致した。

 背景には、グラウンドの景色がある。真夏の土ぼこり、芝生の匂いが思い起こされた。

 飾り棚には、金銀のメダル、盾が幾つも飾られていた。彼女の歴史がその部屋の至る所に刻まれていたのである。

 


 「…舞花は、野球だけしてきたような子なんです。男の子みたいでしょう。一年生から始めて、それは六年生の時に全国大会に出た時の写真です。それから、ソフトボールの盛んな中高一貫校にスカウトされて、毎日泥だらけになって夜真っ暗になる迄、練習して…。でも、高校に入ってすぐ肩を怪我してしまったんです。その時は、随分と落ち込んでたんですよ。

 それが、高校二年生の時、菜月ちゃんと野球観戦で知りあってから、変わったんです。あの子、看護師になるって言い出して。又生き生きとした舞花に戻りました。でも今まで運動しかしてこなかった子でしたから、全く勉強ができなくて。菜月ちゃんには、勉強を沢山教えて貰っていたようですね。おかげで学校に合格できて。菜月さんには感謝してるのよ。ありがとう」

 咲季さんは菜月さんの方を見て笑みを浮かべ謝意を示す。それは何とも言えず優しく穏やかな慈愛に満ちた笑顔だった。


 「私は何も。舞花さんが頑張ったから看護学校に合格できたんですから」


 「…それなのにこんな事に。菜月ちゃんと同じ看護師になるんだって、嬉しそうに話していたのが昨日の事のようで…。今お店に出てもらってますけど、しばらく母も寝込んでしまっていたんです。夫も辛くて今は、仕事に没頭していたいんだと思います。最近は尚、帰宅が遅くなりました…」


 家族は、両親と大樹君、そして咲季さんの御母さんの四人。咲季さんの御父さんは舞花さんが小学生の頃に亡くなっている。咲季さんが石川家の一人娘で、夫のゆうさんは石川家の婿むこに入っている。


 

 ふと周囲に目を遣ると、隣の絨毯じゅうたんの敷かれた部屋で、大樹君が長方形の木製のテーブルの上にノートを広げ、鉛筆を持つ手を動かしているのが見えた。まだ小さな背中だ。


 咲季さんの話が途切れた頃合いを見て、俺は大樹君が居る部屋のふすまを静かに閉めると、先程自分達が出くわした彼と友人達とのいざこざについて、咲季さんに報告したのだ。

 彼の想いをお母様にお伝えしなくてはいけない、咲季さんは、僕らの話を聞きながら静かに頷いていた。


 「そうですか…そんなことが。全く知りませんでした。教えて頂きありがとう御座います…しっかり話を聞いてあげないといけませんね…」


 会話の中で、大樹君が未だ小学二年生だと知る。二年生にしては大人びている。


 「大樹君は強い子ですね。でも…とても優しいお子さんじゃないですか」


 「そうなんでしょうか。ありがとう御座います。私の話しは、全く聞こうとしないし、ちょっと気難しい所があって、心配していたんですが、そう言ってもらって少し安心しました。大樹が元気なのが私達のせめてもの救いです…」


 その時、ふすまの滑る音、続けて可愛らしい少年の声だ。

「あのう〜。すみませんが〜。探偵のおじさんは、いますか〜?」

 大樹君がお母さんの存在を意識してか、間延びした変な敬語で話しかけてきた。    

  

 …そうだ、戦い方を教える約束したっけ。お母さん真面目だから、野蛮な話は誤解を与えるというのか、怒られちゃうんだからな。大樹、忘れててくれ。その時、俺は内心ヒヤヒヤしていた。


 「どうしたの?宿題がわかんないとかかな?」


 「宿題じゃないよ。おじさん、キャッチャーできる?」


 「キャッチャー?!ああ、ボールを捕って欲しいって意味ね。わかった。いいけど」


 「え〜やった〜!!ちょっと待って!!」


 大樹は、ドタバタと外の廊下へ駆けて行く。階段を上り又大急ぎでやかましく足音を響かせて降りてくる。その手のひらに、小さなゴムボールを一つ、大事そうに握りしめていた。


 「大樹、探偵さんは、忙しいのよ。大樹と遊びに来たんじゃないんだから、自分勝手なワガママ言うのはやめて」


 「おじさんがいいっていうんだから、キャッチボールくらいしたって、いいじゃないか!」


 大樹君の確信に満ちたハッキリとした物言いに、全員が少し呆気あっけに取られ、しばし言葉を失う。確かに…。どうもこの少年は、しばしば、真理を突いたような言葉を発して大人の心を掴む処がある。


 「そ、そうだよな。いいよいいよ。キャッチボールくらいしたっていいよ。お母さん、私、大樹君とちょっと遊んで来ますね?いいですか?」


 「…すみません、最近、うちのが忙してくて全然、大樹の相手をしてあげられてなくて」

 


 俺は、後は頼むと目で合図して、美幸にその後の咲季さんへの聞き取りを任せることにした。菜月さんも話したい事があるだろう。


 俺は彼を追って庭に出た。庭に出てみると思いの外広い。庭の端と端とに離れれば、大樹君が思い切り速い球を投げこんでも、俺がキャッチ出来そうな距離感が出来た。ゴムボールだから当たっても痛くはない。


 「行くよ〜、ビッチャー振りかぶって〜投げた〜!」

 そう自分で言いながら投げた。


 大樹は、一本足打法の投手みたいに足を高く上げ、軸足をフラフラさせながらボールを投じた。すると、びっくりするほど回転の良い速球が、しかも俺の胸の正面めがけて真っすぐに伸びてきた。

 「パシーン!」

 辛うじて両手で掴んだ。


 「ストライク。速い。大樹君、投げるの上手いね」


 「僕、はじめは上手くなかったんだけどさ〜練習したら上手くなったんだよ〜!」


 「そうか。野球好きなんだね。そういや、大樹君は、ポケモンも好きなんだろ?さっき使ってたノートポケモンでしょ?」

 先程、テーブルに閉じられていたノートを思い出して俺は口にする。


 「あのノートは、お姉ちゃんとお揃いなんだ」

 大樹は得意げに言う。


 「誰かに買ってもらったの?」


 「お父さんに僕が二冊買ってもらって、お姉ちゃんの誕生日に一冊あげたんだよ。お姉ちゃんとお揃いなんだ」


 「そうだったんだね」

 

 俺は大樹君にボールを幾度と無く、彼が飽きるまで投げさせた。大樹は俺がストライクをコールするたび嬉しそうに跳ねながら、ひゃっひゃっと声をあげて笑った。


 彼の力強いボールで、手のひらを引っぱ叩かれる度、俺は大樹から熱い気持ちを注入されるような、激しく鼓舞こぶされるような心持ちになった。又、大樹は、ケンカの仕方についての話は忘れているようで何も言わなかった。

「それではお邪魔しました…」

 僕ら三人は、咲季さん、大樹君に会釈して家路へ向かう。


 「おじさんさ〜戦い方教えてくれるんじゃ無かったっけ〜?」


 「覚えてたのか…。大樹君は今日三人に負けずに立ち向かってただろ?凄いと思う。もう君は勝ってるんだ。つまり気持ちで絶対負けない事。俺も大樹君に教えてもらったよ。ありがとね。でも…次からは、一人で考えないで、お母さんお父さんにも相談しような」


 「う〜ん…。勝ったの?意味わかんないや」


 「…だよな、わかんないよなあ。あのな、おじさん、犯人捕まえて、必ず大樹君に会いにくるよ。その時に又じっくり話そう」


 「わかった。約束ね」


 「約束だ」


 俺は必ず犯人に辿り着き、又此処に戻ってくる。静かに決意を新たにしていたのである。

 そして秋空は、紅葉のように、徐々に紅く染まっていくのである。


 



優しい探偵RE

2024.8.19掲載

 


 

 


 

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