第6話「菜月の依頼」🌙

 「美幸さん、もうそろそろ帰りましょっか?」

 桃介が声をかけたその時、丁度美幸の視界の中に周囲から何処か取り残されるかのようにうつ向いて歩く一人の女性の姿が飛び込んでくる。

 ベージュ色のダッフルコート、色白で面長の輪郭、限りなく黒色に近い髪を後ろでまとめた落ち着いた雰囲気の漂う若い女性だった。

 美幸の目前をその女が通り過ぎようとした時、チラシとティッシュを差し出すと彼女の足取りがピタリと止まる。


 手に取ったチラシを食い入るように見つめるその眼は、美しく真剣な眼差しだった。

 チラシを掴むやや尖ったような透き通る細い指先が震えていた。一呼吸置いて、彼女から絞り出すような声が漏れた。


 「…本当に?何でも相談しても…いいんでしょうか?」


 「ええ。何かお困りなんですね!遠慮なさらず。相談だけなら無料ですからね」 


 「ありがとうございます。実は私……今日『ジジョウチョウシュ』を受けていたんです…」


 「え?今なんて?」

 美幸は今まで人生で、聞いたことの無いワードに耳を疑い、思わず聞き直してしまう。


 「警察のする事情聴取じじょうちょうしゅです」

  その女性は後ろめたいような小声で囁くように言った。


 「えっ!!だ、大丈夫?!えっと、、何か事件に巻き込まれちゃってるってことなの?!それは、さすがに弁護士さんとかじゃないからどうかなぁ」


 「いえ、私じゃなくて。の事で事情聴取されてるんです」


 「そっか。お友達に何かあったんだね。そのお友達に何があったの?凄く辛そうに見えるけどあなた自身の体調は大丈夫なの?」

 

「…実は友達がころされたんです…」

 

 「えっ?!ころ…」


 「親友だったんです……ワァアアアアアアアアアアァァァーー!!!」

 彼女はその場にうずくまって嗚咽してしまう。


 「ち、ちょっと!!だいじょうぶ!?」


 「あ〜!!ちょっと美幸さん!!若い女の子、泣かせちゃって?!どうしたんすか?」

 桃介が急いでかけよる。


 「ち、違うよ桃ちゃん、私ちょっと話を聞いただけなんだよぉ!」


 「まままま。とりあえず、ほらそこのスロープの所、座りましょう。はいはい。落ちつきましょ。どうぞどうぞ」


 桃介は、駅前スロープのちょうど座席のように座れる部分を素早く見つけ彼女と美幸を腰掛けさせた。因みにこのスロープは、どこから集まってくるのか謎なのだが、小学生の少年達がスケードボードの練習によく活用しているスロープになる。大塚駅前ではよく見かける光景なのだ。


 「ちょっと待ってて。寒いから温かいお茶かってきますから!」

 桃介は冷静に落ち着いた様子でその女性に優しく声掛けしてから南口のコンビニまでダッシュした。暫くして桃介は緑茶のペットボトル3つを手にして戻る。

 「お茶どうぞ」

 彼女は、ゆっくりとお茶を一口、二口、コクリと口にすると、次第に落ち着いた表情を取り戻したのである。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「…ごめんなさい。急に泣き出してしまって…」


 「大丈夫よ。びっくりしたけど。私は、美幸って言うの。こっちは吉田、、吉田桃介って名前だから桃ちゃんって私は呼んでるけどね。どう?落ち着いた??」


 「はい。大丈夫です…。私、清水菜月しみずなつきって云います」


 「菜月さん、一体、何があったの?話聞くよ。一人で抱えないで話してみて」


 「ありがとうございます。驚かないで下さいね。あの、3週間前ニュースになっていた池袋で起きた事件、お二人は、ご存知でしょうか?実はあの事件で殺されたの私の親友なんです……」

 振り絞るように出てきた声は震えていた。


 「えっ?!そうなの?知ってるよ!まだ学生さんだった子よね」

 「あ!僕もあのニュース見ました」

 

 「そうなんです。亡くなった…いや殺されたが正しいです。専門学生の石川舞花は、私の友人です。まだ整理が付けられなくてさっきは優しい声をかけられたら安心して、そしたら急に涙が溢れてきて、止まらなくなってしまったんです…」


 「そうだったんだね」


 「殺されたと言うのは、その、あの日、舞花が亡くなる直前、ちょうど舞花と会っていた男性が居たんです」


 「ニュースではそこまで言ってなかったけど、それって誰なの?」


 「スズキヒロオ…と名前を聞いています。その男性のマンションから犯行に使われたナイフが見つかったとかで」


 「えっ?それなら、もう決まりなんじゃない?」


 「それがその男性が、なぜかもう釈放されてるんだそうです。証拠不十分だとかで。今日、たまたま警察で聞いたんです。ちょっと普通は理解できませんよね?」


 「確かにねぇ」


 「舞花、殺される直前にその男性と一緒に食事してたのは確かなんです。写真も見せられたけどが私は見たことも聞いたこともない男性です」


 「その男性と舞花さんは、どういう関係なの?」


 「舞花の働いていたお店の客、、キャバクって云うんですかね、そこのホステスとお客さんの関係みたいです」 

 「そういう話なのね。交際相手とかじゃなくて…」

 「舞花は、彼氏が居ましたから。恋人と同棲していたんです」

 

 「そっか。夜の仕事を彼氏も公認してたわけね」

 

 「そ、そうですね。そう聞いてます。私は始める時にちょっとどうかって反対はしましたけどね…。でも舞花は自分で学費も出したいからって。好奇心旺盛で華やかな夜の仕事に憧れてるところもあって。学生のうちにやりたいことをしたいって言って聞かなかったんです。舞花は自分の決めた事を曲げない子でした」


 「うん。今は、こういうご時世だし、学生さんに水商売の子多いでしょ。私は違和感ないなぁ」

 実は美幸もちょっと前まで新橋のとあるスナックのホステスと病院の医療事務を掛け持ちしていたのだ。舞花の気持ちに共感するのも自然である。

 

 「つまり『スズキ』って男性の釈放が納得しないと。その男性客が犯人として、何が二人にあったんでしょうね?」

 桃介が話の軌道を戻しながら、彼女の話しの深い所に入って聞く。


 「それは、わかりません。私も彼と舞花の関係性について、何回も警察に聞いたんですが『個人情報なので教えられない。捜査の進展を待って頂くしかない』そんな説明です」

 

 「ま、そうでしょうね。警察って、自分達の持ってる情報は出さないものですよ」


 「でも…。わたし、自分で何か出来ることをしたい…。そう私には無理だけど、探偵さんが一緒なら出来ることあるんじゃないでしょうか?その『スズキ』って男性について調べてもらう事は可能でしょうか?」

 2人は、彼女の口調が、希望の光を見出したかのように活気づいてきているのを感じる。


 「うん。菜月さん、うちの事務所、この駅から歩いて10分くらいなんです。代表が事務所に居ますし、正式に依頼されては如何でしょう?身辺調査は可能と思います。調査料のご説明もしっかりとしますよ」


 清水菜月は、大事に抱えていた白いキャンパス地のショルダーバッグから、花柄のハンカチを取り出す。涙で潤んだ眼を両手でゆっくりと拭き取り静かにしかし力強く言った。


 「はい。私、行きます」

 美幸はその時、彼女の真っ直ぐで凛々しくも温かな眼を見て密かに確信していた。

 あの風が渦巻く夜、目の前を担架が通り過ぎた瞬間に自分が確かに感じたもの=あの時に感じた石川舞花の伝えたかった「想い」の相手、それは、この清水菜月に違いないと。




優しい探偵RE

2023.7.17掲載🎂

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