第7話「探偵の推理」🔎
吉田桃介は、探偵事務所のドアを強く押し開けた。事務所のドアは昔ながらの喫茶店のドアの様な木製で、開いてから閉めると「バタン」という音が室内に響いた。
部屋でデスクに座って居た俺はハタとする。
「桃介か?」
「木村さん、駅前のチラシ配りから依頼ですよ。依頼人の方をお連れしました!」
「依頼?ええっと…。ちょっと待て待て。桃介、美幸、今から俺に何も言わないでね。依頼者が何者かをあてるからね」
俺は帰ってきた2人に咄嗟にそう小声で言った。
「れいさん、なによ?」
「まあまあ」
俺は依頼者と思われる女性の正面に向かい会釈すると唐突に語り出した。
「はじめまして。代表の木村です。あなたの依頼について、直ぐにでもお話を伺わせて頂きますが、ちょっとその前に少し宜しいですか?あなたの外観を見て、あなたの人となりを私が推理してみたいんですよ」
「えっ?推理ですか…」
「大変恐縮なんですが、これは、個人的な探偵としての観察眼を鍛えるトレーニングみたいなものなんです。一瞬だけ、ご協力頂けないですかね?」
俺は、わざとらしい笑みをたたえながらも、ソフトにお願いする。
「木村さん、それいつからすか?はじめて聞きましたよ」
桃介が菜月にわからないような小さな声で呟く。
「密かにしてたんだ(コソッ)」
「わかりました。私は構いません」
「では遠慮なく」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと!れいさん、ジロジロ見過ぎでしょ?失礼だよ」
「確かに確かに。ごめんなさい。もう終わります。では、最後に左手を拝借」
「あっ、はい」
「あ〜やっぱり!わかりました。うん。でも違ってたらごめんなさい。あなたの職業わかりましたよ。あなたナースさんなのでは?」
「えっ!?そうです!!」
「ですよね」
俺は満足げに頷くのである。
「あれっ?看護師だったんすか?僕ら菜月さんのお仕事までは、まだ聞いてなかったんすよ」
「へえ。れいさんスゴイじゃん?なんでわかったの?」
「ふふふふふ。では、種明かししますね。まずは後ろで結った黒髪に抑えめのメイク。清潔で衛生面が意識されたような現場仕事が考え易いでしょう。そして、その手。失礼ですが随分とカサカサして荒れている。アルコールでの消毒や、手洗いが多いからでしょう。それは働いてる人の手だ。そして爪。今どきの女子なのにネイルをしていない。多分仕事上、禁止なんでしょう。そして、その左手甲のインキ跡が決定的です。メモを手によくナースは書きますからね」
「一瞬で、そこまで…。凄いですね、探偵さん!」
俺はその言葉を待っていましたとばかりに鼻高々になるのである。
「なるほど確かに!僕今でも手に書いちゃいますもんね。菜月さん、僕も看護師なんすよ」
「桃介の癖も知ってたよ。そして、その靴についた赤土。あなた池袋周辺の病院の病棟勤務では?」
「そう、それも正解です!この直ぐ近くの総合病院の病棟です!えっ?靴についた土で働いてる場所やセクションまでわかるんですか?」
「すいません。それは、デタラメ。若手はほぼ病棟でしょ。そしてこの事務所に遠方勤務の方が来るとは思えない。その赤土って下りは、シャーロックホームズの推理の真似です。シャーロックホームズは物語の中で、依頼人の外観を
「木村さん、、、当たってはいましたけど、今から話す彼女のはなしを聞いたらそんな推理ゲームみたいなことしてる場合じゃないのがわかりますからね」
桃介が菜月の心情を察していた。
「あっ。こういうのは不謹慎でしたか。いやいや申し訳ない。確かにね、あなたの目が赤らんでいるところを見ると、もしやあなたは、泣いて…いたのかな?」
「ちょっと!そこまでわかってたのなら、空気読んでよ、れいさん!」
「いやそれは今、気づいたんだよ」
「木村さん、彼女はですね、、、池袋の事件、あの殺人事件ですよ。彼女はその時の亡くなった被害者のお友達なんです!!」
「えっ」
「そうですよね。びっくりされたかと思うんですが、そのとおりなんです。あの事件で亡くなった石川舞花は、私の友人です」
俺は、絶句した。知らなかったとはいえ随分と場違いに調子に乗りすぎたことを後悔したが、時すでに遅しなのである。
「うううん……そうでしたか。それは大変失礼しました。桃介、コーヒーを人数分、淹れてくれないか?」
俺は、指でクルクルと自分の頭の髪の毛を掻きながら、動揺する気持ちを抑えつつ、急激に頭を切り替えていた。
そうこの探偵、、、中々話は始まらないのである。
優しい探偵RE
2023.7.29掲載
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