第8話「俺は街の優しい探偵だ」


 「大変失礼しました。本当に。ご友人のご冥福を心からお祈りします…」


 「菜月さん、ごめんね。さっきの雰囲気からは想像できないかもだけど、彼は事件を自分の事みたいに深刻に受け止めてたのよ。それはね、彼が先生だった時にね、」


 「美幸、言わないでいい」

 即座に止めた。俺が彼女に強い言葉をかけることは滅多にないのだけれど。


 「はい。って。れいさんのフォローしてんのにもう!」


 俺は美幸に対して強い物言いになった事を後悔しながらも、目の前の清水菜月の問題に全力で向きあおうと必死でいた。


 「菜月さん、大変辛い想いをされましたね。彼女の話したとおり、あの事件について、私もショックを受けていました。あなたがここに来たということは、つまり、事件に関する依頼ですね?お話を伺わせてください」 


 ―――清水菜月から聞いた石川舞花のこと、事件について彼女が知りうる情報を箇条書きまとめるとこうだ。元ナースマンの桃介が看護記録の要領で、以下のようにブラインドタッチで記録した。


 【石川舞花】

  ・板橋区の看護専門学校2年

  ・清水菜月と3年来の親友

  ・北区十条で神谷文哉と同棲。

  ・実家は品川区戸越。家族は両親と弟。

  ・今年5月〜キャバクラバイト開始

  ・舞花と最後に会ったのは9月中旬のプロ野球観戦

 【スズキヒロオ】 

  ・キャバクラ客・職業不詳

  ・事件の夜(10月21日)舞花と会食。

  ・自宅から凶器みつかり重要参考人となるが証拠不十分により釈放。


 「…ありがとうございました。進捗の中でまた相談しながらやって行きましょう。そもそも鈴木に殺す動機があるのか、舞花さんとのトラブルがないか?といった関係性からですよね。あと、同棲していた神谷文哉かみやふみやさんとも会わないとですね。で、菜月さんは、舞花さんから、何か人間トラブルなど聞いていませんか?最近、何か最近変わった様子は無かったでしょうか?」


 「それが全く思い当たらなくて…。会ったのは9月が最後でしたが、連絡は頻繁に取りあっていたのに…。舞花、お店の話や、神谷君以外の異性の話って殆どしませんでしたから。調査を依頼するもう一つの理由がそれなんです」


 「えっと…。もう一つの理由って?」


 「わたし舞花とは彼女が高校生のときからの付き合いです。もし舞花が殺されるようなトラブルに巻き込まれていたとして、私になぜ話してくれなかったんだろう?って。

 私は彼女が苦しんでいたのに、助けてあげられなかったんじゃないかって…。そう思うと…悔しい…。もう遅いけど…。でもだからこそ…今からでも、私にできることをしたくて。警察に任せて、ただ捜査の行方を待つなんて、私にはできない…。だから依頼したいんです!宜しくお願いします!」


 ソファに座って話していた菜月さんが、感情の高まりと共に、その場に立ち上がり僕らに訴えかけていた。その真剣な瞳は涙で溢れていた。


 俺には彼女の言葉の一つ一つが痛い程に、心の奥底まで響いていた。


 それは俺にも同じような、取り返しの付かない苦い経験があったからだった。俺は心が強く突き動かされていた。しかしだ。こんな時こそ、俺は高鳴る感情を抑えようと自分を律しながら、続ける言葉を選ぶ。

 それは、冷静に頭を働かせなければこの難解な事件は解決出来ない、そんな危機感を感じていたからだ。


 「もちろんやります…ただ、これは多分、とても難しい調査で…間違いなく長期戦になりますよ…」


 「お金は高額になっても、ちゃんと払います。ただ少し支払いまでお時間頂けませんか?」


 「いや。お金については、心配しないでいいです。菜月さんが支払えるような額しか僕ら請求しませんから。安心してください。

 今回の事件、自分にとっても、大切な事件の様な気がするんです。あなたのためだけじゃなく、私のためにも、やらなければって。なぜ彼女が亡くならなければならなかったのか、私も真実を突き止めたいんです」

 

 「そっすよね木村さん!僕もがんばりますよ!」

 「おう。頼りにしてるぞ。でな桃介、いま他に抱えてる案件は、並行してやらないとだけど、新しい依頼は断ってくれないか。あと桃介は暫くホストのバイト休みね」


 因みに、吉田桃介は、元は病棟看護師なのだが、実は、探偵開業当初の資金難の時期から、探偵助手とホスト業を兼務し、事務所経営を支えてくれている経緯がある。ホストとは言わずと知れたナイトワークのホストなのだ。この話は水商売の登場頻度が多いのである。


 「ホントにいいんですか?」

 

 「大丈夫。蓄えあるだろ」


 「木村さん、何故私のために、そこまで?」


 「えっと…」

  俺は返答に困る。自分のこれまでの様々な想いが関係している。彼女に上手く説明できるような言い回しがみつからなくて言葉を失ったのである。

 「れいさんって、そういう人なんだよね」

 「そうそう、それが先生ですよね」


 「…言うなれば、俺は『優しい探偵』だから。かな…」


 「優しくて温かくて熱い、わかります」


 「駅で配るチラシにも書いあったでしょ?自分で『優しい探偵』って、自画自賛じがじさんで変でしょう?」


 「確かに」

 清水菜月がクスリと笑った。


 「でもね、『優しい』ってつまりは、ちょっと『馬鹿』ってことなんだ。『優しさ』って難しい言葉だけど、俺の理解には、そんな意味合いが入ってる。つまり、人間には、損得抜きにしても、どうしても、やらなきゃいけない時がある。この事件、俺がやらなきゃ誰がやるのかってこと。そんな時、なりふり構わず利益度外視りえきどがいしでやる。それは他の人には馬鹿にしか見えないかもしれない。しかし、それが僕らのなんだ。探偵に限らない。仕事には、が無ければならない」


 「何となくわかります。人間にも仕事にも誇りが必要ですよね」


 「そう。今警察さえ解決出来ていない難しい事件だけど、謎解きは、パズルのピースの組み合わせなんだ。どんな難解なパズルも、地道に1つ一つのピースを探してあてて、組み合わせていけば、真実は必ず明るみになる。俺はそう信じてる」


 「ですよね、木村さん」

 「菜月さん、女同士、話しやすいことあると思うし、わたしで良かったら何でも聞くよ!」

 実に頼もしい仲間たちだ。俺は恵まれている。

  

 「私も何時までも落ち込んでいられませんよね。やれることはなんでもします。犯人を探してください。宜しくお願いします!」

 菜月は安堵したかのように柔らかく微笑みつつやはり両目を潤ませていた。

 



 ―――俺は幼少期、コナン・ドイルや、江戸川乱歩を読み耽り、シャーロックホームズや明智小五郎のような名探偵に憧れ、探偵になることを夢想するような一風変わった少年だった。

 それから社会科教諭を経て紆余曲折したものの、かつて謎解きが大好き、好奇心旺盛、多感な少年がそのまま大きくなり、大人になった。そんな探偵なのである。


 では、俺は「名探偵・木村玲」に成りたいのかって?いやいやまさかまさかそんな風には成れないさ。

 ただ成れるとしたら、そうやはり俺は「優しい探偵」になろう。




 ここは大塚、俺は街の優しい探偵だ。




優しい探偵RE

2023.9.14

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