第27話 「深夜の襲撃💥」
ミラ・ジーノで、大塚の駐車場に到着したのは19時半頃だった。空は傘が要らないくらいの小雨になっていた。
「ブーン、ブーン」
俺のスマートフォンが震えた。
「今日遅いから食べてて、ご飯私いらない」
仕事で帰宅が遅いという美幸からのラインだった。そこで、吉田と二人で夕食を食べようと思い、電話を鳴らしてみるも出ない。出かけているのか寝ているのか。…吉田は、度々音信不通になる男なのだ。
俺は独りで夕食を食べるのも寂しいと思い、少し思案した後、久しぶりに大塚駅前の「キイチ」の店に顔をだすことに決めた。軽く飲みたい気分でもあった。
その店とは「焼き鳥大吾」と云う。大塚駅前にあり、店頭の大きな赤提灯が目印の居酒屋なのだ。「キイチ」というのは店長の名前だ。「大吾」はキイチの親父さんの名前で、キイチは2代目なのである。キイチは俺の大学時代の同級生で、長い付き合いになる。
つまり友人が経営する居酒屋なのである。
「ガラガラガラガラ……」
俺は入口の引戸を横に転がしたのだ。
「おお!!れ〜〜い!!久しぶりじゃねえか〜〜!!」
「こ、声でけえよ…」
彼は巨漢で背が高く、声がやたら大きい上に、意味不明に叫ぶ癖がある。
俺が、カウンター席に座ると、キイチが俺の正面まで近づいて来る。
「れい、もっと飲みに来い」
至近距離まで自分の顔を近づけると無表情のまま、そう言ってガンをつけて来た。そう態度もデカい。今日も彼の角刈りの頭の上部は、ボサボサとだらしなく突っ立っていた。
「…ち、近いな。ずっと忙しかったんだよ…」
しかし、彼のその一番の特徴は、振り切ったヤケクソ芸人のような独特キャラである。風変わりでハイテンション。多分深夜に出歩いていれば必ず職質されるタイプだ。良く言えば学生時代から明るく騒がしいムードメーカーではあった。
因みに彼は、大塚の商店街とこの店の常連客を中心に構成した草野球チー厶「大塚ブレーブス」のキャプテンをしていた。俺や吉田もブレーブスに、一応は所属している幽霊部員だった。
「れい頑張ってるじゃねえか。お疲れさん。で。美幸は、どうした?大塚に越してきたんだろ?
柿崎さんは、度々登場するが、桜町通りにある喫茶店の店主になる。
「美幸の仕事は、月末から月初めが忙しいんだよ。だから今日は来れないよ」
「そうか!じゃあ仕方ないな。美幸に俺が会いたがってるって伝えといてくれ。頼んだぞ」
「わかったよ…。人の彼女に会いたがり過ぎだろ…。しかし金曜日は、混んでるな。ああ、あのお客さんと話してる賑やかな女の子は、店員なのか?」
「ああ、
「なんだよ、その求人募集!!キイチは居酒屋だろ!?」
「メンバーいつも足りなくてなあ」
この店はコイツが店長なのに、不思議と結構な繁盛店だ。彼は、親から継いだ店にしろ、上手く切り盛りできてるのだから、意外と経営手腕があるのだろうか。
「ソフトボール…大学生…」
戸越の鴨居で眺めた額に飾られた写真の中の石川舞花を、俺は改めて思い起こしていた。
店内を見渡すが、知り合いは居ないようだった。ここは、俺の周囲にいる友人達の溜まり場的な存在の店だ。まあいい。1人でしみじみ酔いに浸り飲むのもオツなものだ。
今日は、この店の肉豆腐が無性に食べたくなっていた。甘じょっぱく味が染みた焼豆腐とホロホロの牛肉、そしてシャキシャキの刻みネギのコンビネーション。それが堪らない。この店は、焼き鳥だけでなく、肉じゃがなどの家庭的な料理、揚物など思いつく限りの酒のアテとなる料理を網羅している。
俺は、焼き鳥は、ネギマ、レバー、ウズラ串。そして肉豆腐、冷やしトマト。酒は、生ビールと生グレープフルーツサワーを一杯ずつ飲むと、店を後にした。
締めに、駅前のホープ軒本舗で、背脂の入った東京豚骨ラーメンを食べて満腹になると、幸せな気持ちになり、お腹を擦りつつ事務所ビルに戻ったのである。確か21時前だったと思う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あたりは街灯があるものの、心細く真っ暗闇だった。プラタナス通りを真っ直ぐ15分。途中左折してさらに小道に入る。「南陽Bビル」の二階が事務所になる。ビルの入口が見えた。
前方を直視すると、入口の石段の周囲に、数人の柄の悪い男たちが不自然に集まり、立っているのが見えた。
マンション住人の誰かの取り立てといったところか。間違っても変な因縁をつけられないようにと俺は、足早やに素通りしようとした。…その時だった。
「アンタ木村さんだね?」
一人の海坊主みたいな男に声をかけられた。背丈は低い、体躯はガッチリしている。頭が禿げ上がっていた。
( はっ?! しまった。そうだ、そうだよ…。思えば今日は軽率に一人で飲み歩いて良い日では無かった! 全てが逆計算して繋がる。今日は、反社の鈴木浩生のマンションに行き、長谷川杏に会ったのだ。あの女の告げ口なのか?!そんな雰囲気全く無かったじゃないか… )
後悔が押し寄せていたが、もはや手遅れだった。拉致されるのか、いや多分殴られる方だろう。その彼らからメラメラと放たれていた威圧感で、俺は事を瞬時に察したのである。全部で三人…。
俺は声かけを無視して、そのまま建物に入り二階への階段をかけあがろうとした。しかし、後ろからその海坊主のような男に肩を掴まれて阻まれてしまう。そのまま三人の男達によって、近くの人気のない個人駐車場へゆっくりと誘導される。
俺の前、先頭には、体格が良い若い男。後に海坊主、ひょろりとした男性。前後を三人に囲まれた状態だ。
もう覚悟を決めるしかない。最小限のダメージでやり過ごしたい。俺は考えた…そうだ。ケンカは先手必勝。不意に顔面を殴れば、戦意喪失するのが人間だと、小説で読んだことがある。もはやこの状況は正当防衛に値するだろう。既に軟禁状態なのだからな。
「この辺でいいか…」
後の海坊主がそう云うと全体が立ち止まる。前の若い男が振り返り俺と正対して一瞬目が合った。若い男の顔が街灯に照らされ微かに見える。その顔は、青白く無気味だった。
俺はとりあえず最初の彼らの言葉を待った。とその瞬間、俺は宙に飛んでいた。前方の無気味顔の男性に、顔面をグーで殴られたのだ。視界が真っ白になる。先程の妄想は全く無意味な計画だった。机上の知識はイザと言う時に役に立たない…。
俺は地面に這いつくばりながら痛みに悶える。痛みを通り越して顔面全体が麻痺しているような感覚だ。顔からは、何かがダラダラと流れている。鼻から血が流れているようだった。鼻骨が折れたような気がする。
その男は、俺が地面に転がったままの状態から、立て続けに、脇腹やら、足や、腕を、何度も何度も、続けざまに蹴った。一回、二回、三回、四回……。
痛みがその度、身体中に走る。ダメだ。何もできない。このままでは、殺される…意識が朦朧としながら本能的にそんな事を考えていた。
「おい。そのくらいでいい…」
遠くで海坊主が指示している声が聴こえる。やはりコイツがリーダーなのか。
「いってえええ……。痛い痛い痛い痛い痛い……うううう……」
俺は意識がはっきりとして、やっと痛いという音になる声が出たのだ。
這いつくばって逃げようにも、腰が抜けて動かない。しかし口は動いた。
生まれながらに口だけは達者なのである。寝転がって、空を見上げ、
「お前ら、一体、なんなんだよ。誰なんだ。目的はなんなんだ。鈴木なのか?
海坊主が少し間をおいて口を開く。
「良く聞け。一回しか言わないぞ。アンタは、この事件から手を引くんだ。わかったな?まあ、底なし沼にでも、沈められたいのなら話は別だけどなあ…」
「ううう。だから……誰に頼まれてるんだよ……鈴木なのかって聞いてんだろ〜?」
「…………」
暗闇の中、三人の男たちは口を閉ざしたままだった。俺はそれからしばらく、顔面と身体中の痛みから、動けず悶えながら、ただただ、その場の路上にうずくまっているしか無かったのである。
優しい探偵RE
2024.11.4
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