第5章▶鈴木浩生

第25話 「鈴木浩生のマンション🌀」

day 11月25日 金曜日


 舞花の実家を訪問した翌日、その日は早朝から雨風が激しく嵐のような天候だった。僕らは朝一番で、宇野から教えてもらった鈴木のマンションに向かう。


 鈴木は一度で会えるかは、わからない。何度か足を運ぶ覚悟だ。同時に今日、長谷川杏の出勤も把握していて、鈴木と合わせて彼女にも話しを聞く計画でいる。


 俺は、着慣れたザノースフェイスの紺のダウンジャケットに身を包む。吉田は、フードの付いたモスグリーンのナイキのナイロンジャケットを着ていた。


 さて、話は変わるのだが、改めて読者様にこのタイミングで、説明したいことがある。


 この探偵は、進展がゆっくり過ぎる故に、実際の時間経過がわかりにくくなっているのではないか…さすがに察したので、解決したい。下記に、調査などの時期を箇条書きにしている。おさらいして欲しいのである。


 


2022年(令和4年)


10月21日(金)池袋の事件


11月16日(水)菜月の依頼

11月17日(木)リコリス調査


11月20日(日)事務所に3人揃う

11月21日(月)宇野の調査

11月23日(水)神谷、愛紗の調査

11月24日(木)石川家を訪問

11月25日(金)鈴木の調査


 事件からは、一カ月と一週間経過。但し、菜月の依頼から、本日、鈴木宅を訪問するまでは、わずか10日ほどしか経過していない。


 そして僕らは実に日々休み無し。ほぼ連日調査。睡眠時間はもちろんに確保しているが、ハードスケジュールなのである。


 又、今回、鈴木宅を訪問するため自動車を使用する。我が愛車は、シルバーのミラ・ジーノである。見栄えは、若干3%ほどポルシェに似てる。そこが気に入っている。

 ミラ・ジーノは、四年前、探偵開業時に購入した走行距離8万キロの中古車だ。小回りが利く。しかし、とにかくは、動けば良いのである。


 鈴木の自宅マンションは、墨田区石原だった。大塚から車では、春日通り、蔵前橋通りを抜け、隅田川を渡りきった先。

 因みに俺は、車の運転が極めて苦手だ。それは、運転技術というより、致命的に方向音痴なのだ。俺が、運転すると目的地に到着出来ない。だから俺は、いつものようにグーグルマップ片手に助手席に座ると、ハンドルを吉田桃介に任せたのである。


 横殴りの風雨の中、30分程走行する。マンションに午前8時過ぎに到着。殺風景なビル群が立ち並ぶ大きな道を折れた先、そこに目指した11階建ての鈴木のマンションがあった。コインパーキングに停車してマンションに向かう。


 マンションのエントランスは、無防備にノーセキュリティだった。特に厳重な鍵はなく、正面入口からマンション内に誰でも自由に入ることが出来る。エレベーターは1つ。11階建て、22世帯の小規模なマンションだ。


 入口に入って直ぐに管理人室があったが灯りは消えていて、室内には誰も居ない。


 鈴木の外出を待ち、外で待伏せする選択肢もあったが、思い切って、部屋まで直接、訪ねる事にした。彼と簡単に、話せるとは鼻から思ってもいないのだし。

 エレベーターを上がる。部屋は最上階の11階だった。エレベーターで登り、表札の無い11-1号室のブザーを鳴らす。応答がない。もう出かけてしまったのだろうか…まだ第一日目、予測の範囲内だった。


 その階下には、「田中」と表札があるもう一つの世帯があった。むしろ鈴木不在のチャンスだ。すかさず、隣人に聞き込みすることにする。


 「ピンポ〜ン」


 ドアがそろっ〜と、開いたかと思うと、半開きのドアから少し白髪をまとった禿頭、70代前半かと思われる小さな背丈の男性が顔を見せた。


 疑り深そうな上目遣いと、何か癖がありそうな雰囲気をプンプン漂わせている。やや不安になる。


 「ああん。朝早くなんだねぇ?」


 第一声。どこの方言なのかわからないが随分と訛っていた。


 「すみません…私達こういうもんでして…。お隣の鈴木さんを訪ねて来たのですが不在でして。それで、ちょ〜っとだけ、鈴木さんについて、お話伺えないかと。ええ、ええ、秘密は厳守致します」

 そう言って俺は事務所の名刺を差し出した。


 「探偵…木村…。まあ、いいけんども

…お隣さんは、もう居ないよ」

 


「え。いつ頃引っ越しされたんですか?」


 「…いつだったかなあ。先週のマンション組合の会合で、大家さんが退去したって、報告してたんだよお。そりゃあ居れなくなったんでしょうなあ。警察が随分来てたからねえ。ごみ集積所のゴミ袋までひっくり返して調べてたのさあ。でも、捕まったニュースはないし、アレなんだったんだい?」

 話す言葉の1つ1つのイントネーションや、間延びする語尾がやや気になるが、話しの内容はわかりやすかった。


 「そうですか。出ていったの最近なんですね。いや…私達も、その、わからないことを、調べてましてですね。他にも色々聞いていいですか?」


 「ん、なんだい?」


 「10月21日の金曜日の事です。その日、いやその近辺の日でも良いですが、お隣さんの不審な行動を見たとか、もしくは知らない人がマンション内に入ってきたのを見たとか、そう言った事は、なかったでしょうか?」


 鈴木が事件に関与していたなら何か不審な動きがあるだろうし、もし凶器を鈴木の自宅に仕込んだ外部者が居たなら、その犯人が目撃されていないかも気になる。ぜひとも聞いておかねばなるまい。


 「あああ。警察も同じこと聞いていたよお。事件の日、マンションで誰にも会ってないよ。私ね、何時も朝早くてね、帰って来たら直ぐに寝ちゃうの。だから外にも出ないし何もわからんのさあ」


 「じゃ、マンションの他の人で、不審者を見た人という人も知らないでしょうか?」


 「ああ。それも管理組合の集まりで、話になったのさあ。警察もマンションの住人全員に聞いてさ、その日の鈴木さんや不審者を見たって人、居なかったって話しよ」


 「じゃあ普段の話しですが、鈴木さんの部屋に、家族や恋人が出入りしてたりっていうのは、見たことないですか?」


 「ああ、若い女。女の人がたまに来てた。多分退去するちょっと前だったと思うけんど、夜遅くに女の人の怒鳴り声がしてたのよ。喧嘩してたんだろうねえ」


 「…そうですか。色々とありがとうございました。で、もちろん、引っ越し先までは、ご存知ないですよね?」


 「誰も知らないじゃないかなあ〜。付き合いある人いないんじゃないの〜?」


 と、まあ、そんな感じの遣り取りで田中さんとの会話は終わったのだ。


 鈴木には会えなかったが、幸い、男のおかげで、マンション住民からの不審者の目撃情報が無かった事実は確認できた。とりあえず、他の部屋を1つ1つ回る手間が省けた。

 思えば田中さんは外観とは裏腹にとても率直で気さくな方だった。


 しかしだ。そして、鈴木の足取りが又、掴めなくなってしまう。いやいや。大丈夫だ。こちらには、もう一枚のカードがあるではないか…。


 恋人の長谷川杏はせがわあんの職場も知っているのだ。多分、隣人の田中さんが何度か見た女は、彼女だろうと、推測はできた。彼女なら鈴木の居場所を知っているはずである。


 僕らは、近くのオリジン弁当で好みの弁当をそれぞれ購入した。

 そして又隅田川を越え、引き返す形になる。中山道をひたすら真っ直ぐ進む。板◯区役所まで、ミラ・ジーノを走らせたのである。



優しい探偵RE

2024.10.24掲載

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