第1章▶街の優しい探偵だ

第1話「永遠」✨

 ここは、秋口のとある首都圏のボールパークになる。深夜22時を超えた最終回、菜月なつき舞花まいかのふたりが応援するホームチームに、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスが訪れていた。

 バックネットからそれほど遠くない内野スタンドで、ふたりは肩を並べ若き主砲の一打を必死に祈り続けている。


 外野スタンドの応援に呼応してまばらに響くメガホンの音、生ビールを売る少女の甲高い声、アルコールと屋台の料理と、汗と熱気の入り混じった独特の匂いと空気感にふたりは包まれていた。

 左腕の外国人リリーバーは、アウトコース低めに狙いを定めると力を込めボールを投げ込んだ。2人には唸るような声が聞こえたような気がした。

 対峙たいじするバッター山田哲人やまだてつとは、その続けざまに投じたアウトコースを待っていた。狙いすませたかのようにその白球をめがけ豪快にバットを振り抜いたのである。

 

 音は殆どしなかった。その時、野球場全体の時間が止まる。(……バットに弾かれた打球は、を描き、ゆっくりとスローモーションでレフトスタンド前段に吸い込まれていく……)

 しばしの静寂せいじゃくの後、ボールパークは地鳴りのように揺れ、スタンド全体は大歓声に覆われた。清水菜月とその親友石川舞花にとって、それは人生で初めて目の当たりにしたサヨナラ満塁ホームランだった。

 「キャ〜〜打った〜!ナツキさ〜ん!!」  

 舞花まいかが勢い良く菜月に抱きついた。勝利の喜びに胸が高まったのか、突然に舞花がぶつかってきた衝撃に驚いたのか、菜月の胸の鼓動は激しくなる。

 菜月は無邪気に興奮する彼女の身体を受け止めるのに必死だ。

 舞花はその華奢きゃしゃな両腕からは想像出来ないくらい強い力で菜月の背中を締め付ける。清水菜月は舞花の波打つ体温を感じるのと同時に呼吸が苦しくなる。


 「マ、マイちゃん!はなして!痛いよ!」 

 ぴょんぴょんと舞花が飛び跳ねると彼女の左胸と菜月の右胸が触れて柔らかに弾んだ。

 周囲も大興奮で、互いにハイタッチをしたりと、それぞれの歓喜を表現している。

 

 溢れる人の叫び声、観客のざわめきはいつまでも止むことが無い。

 終わらない歓声……。

  ―――この歓声みたいにずっと幸せが続けばいい。私は今、幸せなんだ。私達は永遠に友達で居ようね。菜月は、そっと舞花にそうささやきたいような衝動にられていた。

 思えば3年前、この野球場で、私達は出会った。あれから何度、時間を共にしただろう。年下だけど大胆で行動力のある舞花。私は少し頼りないながらも、お姉さん的存在で、多分彼女にとっては憧れの先輩なんだと思う。

 でも何処か冷静な自分が居るんだ。なぜだろうね舞花。それは私が病棟で、沢山の亡くなる人を看取みとってきたからかもしれないよ。命に永遠がないように幸せに永遠なんてない、それを私は誰より知っていてその虚しさを整理出来ずにいるんだ…。―――

 

 菜月のほほを一筋の温かなものが流れる。熱気を帯びたその頬には、冷たい風がゆるやかに触れていた。


 ふと空を見上げると、この大きな野球場は、広い暗闇にぽっかり浮かぶ光のステージのようで、そこに居るのは、舞花と自分だけのように感じる。


 菜月は、舞花に気づかれないよう右手の甲で水滴をそっとぬぐった。


 ―――『この今を、舞花と共に過ごしてきたかけがえのない日々を、』―――





優しい探偵RE

2023.6.12掲載


 ※これから始まる探偵小説は、フィクションであり、コンプライアンス、つまり法律、倫理、個人情報、すべてに抵触しません。

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