第1章▶優しい探偵だ
第1話「永遠」✨
ここは、秋口のとある首都圏のボールパークになる。深夜22時をまわった九回裏、
その日は、序盤から双方が点の取り合いとなるシーソーゲームで、七対七のダブルスコアのまま最終回に突入していた。しかもツーアウトながら満塁。この場面で打席にすっくと立つのは四番…
バックネットよりの一塁側内野スタンドで、ふたりは肩を並べ、我らが主砲のここぞの一打を、必死に祈り続けている。
外野スタンドの応援に呼応してまばらに響くメガホンの音、生ビールを売る少女の甲高い声、アルコールと屋台の料理と、汗と熱気の入り混じった独特の匂いと空気感に包まれる。
左腕の外国人リリーバーは、呼吸を整え大きく息をするとアウトコース低めに狙いを定め、渾身のスピードボールを投げ込む。二人には唸るような声が聞こえたような気がした。
しかし、対峙するバッター山田は、その続けざまに投じたアウトコースを待ちかまえていたのだ。瞬時に反応すると、白球めがけて豪快にバットを振り抜いたのである。
音は殆どしなかった。
その時、野球場全体の時間が止まる。(……バットに弾かれた打球は、
しばしの静寂の後、ボールパークは地鳴りのように揺れ、スタンド全体が大歓声に包まれる。
それは、清水菜月と石川舞花にとって、人生で初めて目の当たりにしたサヨナラ満塁ホームランだった。
「キャ〜〜!打った〜!ナツキさ〜ん!!」
舞花が勢い良く菜月に抱きついた。勝利の喜びに胸が高まったのか、突然に舞花がぶつかってきた衝撃に驚いたのか、菜月の鼓動は激しくなる。
菜月は無邪気に興奮する彼女の身体を受け止めるのに必死だ。
舞花は、華奢な両腕からは想像出来ないくらい強い力で菜月の背中を締め付ける。菜月は舞花の波打つ体温を感じるのと同時に呼吸が苦しくなる。
「マ、マイちゃん!はなして!痛い、痛いよ!」
ぴょんぴょんと舞花が飛び跳ねると、彼女の左胸に菜月の右胸が触れて柔らかに弾んだ。周囲も大興奮で、互いにハイタッチをしたりと、それぞれの歓喜を表現している。
溢れる人の叫び声、観客のざわめきはいつまでも止むことが無い。
終わらない歓声―――この歓声みたいにずっと幸せが続けばいい。私は今、幸せなんだ。私達は永遠に友達で居ようね。菜月は、そっと舞花にそう
思えば四年前、この野球場で、私達は出会った。あれから何度、時間を共にしただろう。年下だけど大胆で行動力のある舞花。私は年上なのに少し頼りないお姉さんみたいな存在で。でも彼女にとっては憧れの先輩ナースなんだと思う。
でも何処か冷静な自分が居るんだ。なぜだろうね舞花。それは私が病棟で、沢山の亡くなる人を
菜月の頬を一筋の温かなものが流れる。その頬を冷たい風が緩やかに触れていた。
ふと空を見上げると、この大きな野球場は、広い暗闇にぽっかり浮かぶ光のステージのようで、そこに居るのは、舞花と自分だけのように感じる。
菜月は、舞花に気づかれないよう右手の甲で水滴をそっと
―――『この今を、舞花と共に過ごしてきたかけがえのない日々を、私は永遠に忘れたくないんだ…』―――
優しい探偵RE
2023.6.12
※これから始まる探偵小説は、フィクションであり、コンプライアンス、つまり法律、倫理、個人情報、すべてに抵触しません。
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