第15話「四角関係」💔

 「いやあ、おごってもらって食べるお肉は格別ですね。ご馳走様でした」 


 「来河らいか君には足りないだろ。ステーキは追加しないんだけど、もう少し話を聞かせて欲しい」


 俺は雑談しながら仲良くなり、既に彼を友達のように名前で呼んでいた。

 聞くと来河の家は父がオーケストラ奏者、母がピアノの先生という音楽一家だとか。来河自身も音楽が好きでプライベートではいつも、ヘッドホンつけているらしい。

 DJ風貌の謎については解けたのである。


 「ええ、もう少し時間あります。何でも聞いて下さいよ」


 「そうだ。浩生のプライベートな話って知らないか?家族とか生い立ちとか」

 「…学生時代に聞いた話なんですけど…家庭環境が複雑みたいでしたね。早くから両親が居なくて、おじいさんに育てられたらしいです」 


 「確かにそれは複雑だね…。おじいさんが育ての親ってことか…」


 彼はどんな人生を歩んできたのだろう。俺はまだ会ったことの無い鈴木という男に想いを巡らせる。生育環境が難しいと成長過程で乗り越えるための課題が大きくなる。そんな推測はできた。

 俺の勤めていた高校は進学高だったから、ヤンキーみたい風貌の生徒は皆無だったが、複雑な家庭環境の子供はそれなりにいて関わっている。実感なのだ。


 「あっ。思い出したけど…朝霞あさかにある青葉台あおばだいってグラウンドで試合の時、近くに和菓子屋があるんですけど、大福をいつも家に買ってましたよ。そのおじいさんが好きとかで」 


 「ふうん。いい奴じゃないか…」 

 鈴木という男にネガティブなイメージがしない。そう感じる。


 「そうだな…。じゃあ率直に君の感想を聞きたいんだが、その友達の鈴木浩生がね、人を殺す、そんな事が出来る人間だと、来河君自身、思うかい?」

 


 「いや…うう、少なくとも大学時代の彼は、そんな奴じゃないです。曲がった事が大嫌いで男気がありましたよね。例えば、守備でエラーした奴を責めたり絶対しなかったです。逆にそれを責める奴に対してキレたりね。そういう感じ。いや彼はスポーツマンでしたよ。だから、例え女性と揉めたとしたって、その女の人に手を出すような、そんな男じゃない。僕は、そう思います」


 「わかった。教えてくれてありがとう。4年間一緒に居た訳だしさ、君の意見は参考になるよ。後はそうだなあ…そのおじいさん、その引き取られた先で、浩生は、どんな生活してたんだろ。何か聞いたことあるかい?」

 

 「ああ。経済的にみたいなですか?あんまりプライベート立ち居った事はないんだけど、見た感じお金持ち、でしたよ。奨学金とかお金に困ってるってはなしを聞いたことなかったし。野球道具も良いもの揃えてましたしね」

 

「なるほど。ところで浩生の勤め先までは、知らないよな?」


 「場所はわかんないですけど、仕事は、確か不動産関係とかって。キャバクラでも羽振りが良さそうでしたよ。大手なんですかね」


 その後、俺たちは、宇野来河と連絡先を交換し、先程、彼が連れて行かれたという鈴木浩生の墨田区のマンションの場所を教えてもらう。


 またさらには、来河が知っている長谷川杏について、いくつか情報を得る。その中でも、重要だったのは、彼女が、現在、都内の板ばし区役所に勤める地方公務員ということだった。


 これにより、鈴木のみならず長谷川杏にも接触する事が可能になったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 来河と別れる。帰り道、美幸が甘い物が食べたいと言うので、僕らは同じモール内のエクセシオールカフェに入り奥の壁際のカウンターに並んで座った。


 美幸がニューヨークチーズケーキを美味しそうに食べている横で、俺はポールペンを手に、いま知り得る舞花の周辺の人間関係図を紙に書いて整理してみる。

 

 神谷文哉かみやふみや石川舞花いしかわまいか

 鈴木浩生すずきひろお長谷川杏はせがわあん


 今回、浩生に長谷川杏という付き合いの長い彼女が居ることがわかる。そして舞花にも神谷文哉という同棲相手がいる。


 つまり複雑な四角関係になるのだ。


 舞花を、殺す動機があるのは一体、誰なのか?問題は「」なのだ。俺は、仮説を思い巡らせてみる。


 「美幸さ、ややこしいから図に書いてみたんだよな。パク付きながらでいいから、ちょっと一緒に考えてみてくれないか?

 まず一つ目ね。仮に、舞花が、浩生を好きになったとして、長く付き合っている彼女が居る、って知った時どういった反応になるとおもう?」


 「(パクパク)自分も彼氏がいるから、お互い様には違いないよね。お互いがホントに好きなら、それぞれが元の相手と別れて、気持ちよく付き合いたいって、言うかなあ。もしくは、単にお互い浮気を楽しむとか。それはやだね〜」

 

 「そしたら話が終わるだろ?もつれそうになる下りを考えて欲しいのさ」

 

 「そしたら…やっぱり、私も別れるから、杏さんと別れて欲しいって言った…とか?あと恋愛にのめり込むような女性なら、杏さんのところに彼と別れてください、とかって押しかけたりするかもだよ。きゃ〜、なんかドロドロだね〜」


 「そうだよ。男女トラブルってもつれる時は事件にもなるさ。怖いよなあ。でもさあ、浩生の本命が長谷川杏だったなら、舞花が邪魔になるだろ?舞花に杏と別れて欲しいって言われても『遊びだったのに困る』みたいにさ。

舞花が杏のとこに押しかけそうになり、浩生と揉める。結果、勢い余って浩生は舞花を殺してしまった…とかね」


 「有り得るよね。でも殺さなくても良くない?殺す動機としては弱いような気がするけどなあ〜」


 「…だよなあ。俺もそう思う。じゃあね、逆に長谷川杏が、浩生に新しい彼女が出来たと知った場合はどうだろ?」


 「杏さんって人を知らないんだけど、奪われた恨みから、舞花ちゃんを殺す可能性はあるかな。そっちの方がわかり易いかもね」


 「だよな。そうなるとその杏にも動機はあるんだよ。そして神谷文哉だって舞花が浮気したと知れば黙ってないよ。動機になる…。でもなあ〜俺は、恋愛経験が少ないから、実際こういう男女の話が全く実感湧かないんだよな〜」 

 「私もモテる割に多くないよ」

 「自分で言う…。ええ、ええ、モテるでしょうね。なんか敗北感感じる…」


 ボールペンを置くと、フーッと俺は

溜め息をつく。一口飲んでから手を付けておらず覚めたカフェ・オレをごくりと口にした。


 今回、「長谷川杏」という調査対象がまた広がる。


 今後、舞花の交際相手「神谷文哉」、舞花の両親、そして「鈴木浩生」と俺は、さらに調査しなければならない。

これらの人々に頭を巡らせ、頭がごちゃごちゃになり混乱する。又、中々進捗しない調査への焦りを感じてぐったりした。思っていた通り、先は長く地道なのだ。


 「でもさあ〜二股とかって、ホント嫌だよね〜」


 「人間っていうのは、理屈通りにいかないし、わがままなものさ。でも、わかってるとは、思うけど、美幸だけしか見てないよ」

 ボソリと呟く。

 

 「…って。当然でしょ〜!(パシーン)」

 美幸が至近距離から、俺の右肩から腕の辺りを思いきりひっぱたいた。


 「痛い!そ、そう。当然だよ。ら、乱暴だなあ…」 


 それでも、俺は負けずに、腕を横に伸ばし、美幸の左手をたぐり寄せると、ぎゅっと手のひらを握り、彼女を見つめて言うのだ。


 「でもね、今日は、美幸のお陰で、宇野来河から話が聞けたんだ。助かったよ。美幸、いつもありがとう」


 「でしょう〜?どういたしまして〜」 

 美幸は、照れながら、目をそらすのである。

 (このツンデレ感がいいんだよな)




優しい探偵RE 

2024.1.2 初売り


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る