第17話「警察官たかちゃん❷」👮

 俺の神妙な顔つきを見て美幸から貰ったビール2缶目を飲み干しほろ酔い気味のたかちゃんが、何を話し出すのだろうといった不思議そうな顔つきに変わる。


 「いやさ、、池袋署なんだったらだね…」


 「はい、何でしょう?」


 「看護学生が殺された事件って知ってるよね?」  


 それから俺は、舞花の親しい友達の依頼で、その事件について調べていること、秘密を守るので、知ってることを話してもらえないか丁重にお願いをしたのだ。

 聞けば、たかちゃんは、事件当日、現場に駆り出されていた。近辺に不審者が居ないかパトロールしていたとか。俺は、美幸と2人で事件の現場に居合わせたこと、始まったばかりの調査の経過などについてやっと話したのである。


 「話はわかりました。でも交番警察官が、そういった事件に関わるのは、初動捜査しょどうそうさくらいですよ。通報で現場に駆けつける。通行人の整理。近辺パトロール。目撃証人に話を聞いたり、後は、そのつど指示や情報をもらって動きますね。

 僕も警察官になるまで全然知らなかったんですけど、殺人事件の捜査は、警視庁の刑事部、所轄なら刑事課ですよ。刑事さんの仕事なんですよね」 


 「そ、そうだよな〜。しかしだよ、例えば殺人事件の情報共有ってのは、全体の警察官で共有しないってこと?」


 「はい。しませんね。殺人事件の詳しい概要や、捜査進捗は交番勤務の警察官にはわかりません。ただし…」

  

 「おっ。ただし?」


 「はい。ただ実のところは、僕の独身寮には、別課の色んな任務にあたってる警察官が沢山いるんですね。その事件は、管内の重要事件ってことで、よく話題には、挙がっているんですよ。先輩方の話が気になって、聞き耳たてて聞いてはいました。推測も含めて幾らかは…」

 

 たかちゃんの話はこうだった。電話での通報で警察官が駆けつけた時、多目的トイレの1室は血の海だった。たかちゃんも現場室内を見たと。俺は生生しくリアルな話しで気分が悪くなりそうになりぐっとこらえる。


 怨恨えんこんだろうと。しかし財布からは現金のみがきれいに抜き取られた形跡があり、怨恨の動機からは、ちくはぐな点もある。


 持っていた学生証、スマートフォンの情報、目撃情報から、彼女の身元、男と食事した店と行ったホテルの場所がわかった。直ぐに鈴木浩生のマンションがガサ入れされ、発見されたナイフから舞花さんのDNAが検出され鈴木が逮捕されたという。


 しかしだ。鈴木の自白じはくは得られなかった。ナイフの指紋は拭き取られていて鈴木の犯行は証明できない。確証がなく起訴きそできず釈放となったのだ。菜月から聞いていた内容と一致していたが、更に少し事実が加わった形になる。


 「確認だけど、そのホテルって…」 

  

 「はい。事件現場から歩いて数分のところで、直ぐにわかったらしいです」


 「いやさホテルって、ラブホテルだよね?  って事」


 「はい。関係性の深い男女が入る場所で間違いないと思います」


 「そうか…」

 ようやく、舞花と浩生の関係性がわかった。これまで聞いた真っ直ぐな性格の舞花に限っては、現代で言うところのまさか「パパ活」的なものではあるまい。二人に何が起きていたのか。男女のもつれなのだろうか。


 「しかし、なぜ凶器が出てきているのに証拠が不十分になるんだ?それは知らないのかい?」

 俺は、じっと、たかちゃんの言葉を待つ。


 「さっき話しましたけど、指紋が拭き取られていて無いってことです。あと、アリバイもあったみたいですよ。ホテルで別れた直後、部下の車に同乗して、自宅に帰ったとかって」

 たかちゃんは落ちついた口調で続ける。


 「鈴木ってお付きの運転士でもいるのか?そんな遅い時間に迎えにくる部下がいるなんて不自然じゃないか。むしろ殺害後に直ぐに部下の車で逃げたって方が理解しやすいよな。それに鈴木のマンションになぜナイフがあるのかって話しがまだ解決できない」


 「はい。実は、部下というのは構成員じゃないのかと。組対そたいが動いてるみたいです。そういう関係の方々なのかと…」


 「え、反社!?不動産関係の会社員って聞いてたんだ。話が違うじゃないか!」


 「はい。いや。はっきりわかりませんけど、組対が動く理由を考えれば、多分それしか考えられないかと。あと犯行後に車に乗って逃げたのなら、何かしら残りますよね。それは、鑑識かんしきが調べてるはずです」


 「鈴木以外の誰かが鈴木の自宅にナイフを持ち込んだ可能性はありますよね?まず、ナイフを持ち込める人を考えるべきっしょ。鈴木浩生の交際していた長谷川杏なら、合鍵くらい持って居てもおかしくない」

 静かに聞いていた吉田が急に口を開いたかと思うと確信的に言い放つ。


 「その可能性です。ナイフの指紋がない限り、誰がそれを使用しかのかは、わからないわけですよね」  

 たかちゃんは、腕を組んで唸る。


 「ちょうど鈴木が舞花と別れたタイミングで、別の誰かが犯行を行い、合鍵か何かで自宅に侵入したうえに犯行に使ったナイフを自宅に置く。つまりは真犯人が居て、鈴木は、はめられたと…」


 「え〜〜!そんな小説みたいな話ってあるの?てか、推理小説は、私読まないないけどね。でもそれなら、凄くよく仕組まれた計画的な殺人だよね。真犯人は、舞花さんにも、鈴木にも恨みがある人ってことなのかな?」


 「う〜んどうかなあ。とはいえだ。鈴木はアリバイが怪しいし、自宅からナイフが見つかってる。まだ調査対象からは外せないよ。グレーということ。しかし他にも怪しい人間はいるよな。吉田はちょっとそれぞれの容疑者の可能性についてまとめておいてくれないか?随分と込み入って来てるからさ」  


 「ういっす!」  

 吉田はPCに長けている。Excelなどを器用に使ってビラを上手く作れるし、看護師時代に鍛えられたのか、文章を簡潔にまとめるのもうまいのだ。


 「そういえば、美幸。現場に居合わせた時、舞花が亡くなる前に、誰かに伝えたい『想い』がある人だって騒いでたよな。それ今普通に考えたら伝えたいのは、犯人の何じゃないのか?それ、わかんないの?」 


 俺は、霊感でも何でも犯人を見つけられるのなら、何にでも頼りたい気持ちになる。


 「…そ、そうだよね。でも不思議とね、犯人を伝えたいって感じじゃあ、なかったんだよね〜。なんでだろ。私の霊感って、中途半端なんだよ。お母さんならわかったかもだけどさ」


 「木村さん、鈴木浩生本人にストレートに聞いて反応見ましょうか?彼がはめられたとするなら、彼も思い当たる何かを知ってるかもしれませんしね」 

 吉田桃介が俺と美幸の会話をスルーして、力を込めていった。

 

 「それはそうだよな。ただちょっと危険だぞ。鈴木が反社なら、身の安全は必ず考えないと行けない。そうだ。必ず二人で動くぞ。慎重に」


 たかちゃんが僕らが調査している事件を扱う管内の警察官だったという、とんでも無い幸運により、話がまた少し明らかになってきた。

 明日俺は、神谷文哉かみやふみやと池袋西口の東京芸術劇場で待ち合わせている。 

 吉田は愛紗あいさの店に聞き込みで別行動になるのだ。桃介がホストを休んで、よく動けているから仕事が進んでいる。


 神谷文哉は、立大の三年生で舞花と北区の十条で、同棲していた恋人だ。もしも鈴木浩生と石川舞花の今日知ったような関係性が以前から長く続いていたとして、彼がそれを知っていたとしたなら…容疑者に急浮上するだろう。

 愛紗は、舞花とキャバクラで特に仲が良かったという友達なのである。重要な何かを知ってるかもしれない…。


 「沢山話したら、お腹空いちゃいました、どこかで軽く食べて帰ろっかな…」

 たかちゃんが帰り支度を始める。

 

 「あ、濱田クン、残り物で良かったら、今日カレー作ったんだ。食べていけば?ちょっとまってて。温めるから!」

 美幸がニコリと微笑む。

 

 「ええ。いいんですか?」

 美幸の作ったカレーは、ジャガイモ、ニンジンなど大きめに切ったゴロゴロ野菜、大きなブロック肉が入っている。ふかふか湯気が漂う。

 カレー粉は、平凡なバーモントカレー中辛だが、なぜか美幸のカレーは美味しい。何か隠し味があるのだろう。  

 「美幸のカレーは、うまいよ」


 たかちゃんは、むしゃむしゃとカレーをほうばっている。ごく平凡なカレーライス、しかし家庭的料理には、それはそれで、それにしか無い美味しさ、素晴らしさがあるのだ、おまけに美幸が作ったのだからね。俺は、嬉しそうに食べるたかちゃんを見て思う。


 「美味しいです、美味しいです…」


 たかちゃんは定期的に何度も美味しさを、美幸や僕らに伝えながら、スプーンを止めることなく、山盛りのカレーを数分のうちに平らげる。


 

 それから彼と僕らは、「焼き鳥大吾やきとりだいご」での再会を約束して別れた。


 焼き鳥大吾は、大塚駅前にある僕ら共通の溜まり場とも言える馴染みの居酒屋で、巨大な赤提灯がトレードマークだ。

 彼は外の闇にあっという間に消えていく…。

 温かな仲間と再会ができた嬉しい夜だ。

 事務所の壁掛け時計を見ると、21時30分をさしていた。俺と美幸は寄り添って階段を登り4階のマンションに引き上げる。吉田はパーテーションのまた炬燵こたつに戻って行った。

 

 



優しい探偵RE

2024.3.2掲載😐

昨日は親父の誕生日でした。おめでとう。

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