第31話 「捜査一課の男」💼

 「突然お伺い致しまして、どうもすみません。わたし警視庁本部捜査一課から参りました印南いんなみと申します。で、こちら部下の原田はらだです。ええ、ご存知の通り一課が扱うのは殺人など重大事件でしてね、ええ、今私が担当しているのは無論、池袋のです」


 第一声、印南はややかすれた声で、生々しい事実を発しながらもにこやかに微笑したのであった。隣の若い女性も軽く頭を下げ会釈した。

 印南は目が細く笑った顔が基本の表情といった顔つき男だ。年は多分定年間近の60代前半といったところか。小柄で猫背。カーキ色のコートはヨレヨレ。面長の頭の上には年相応な毛量の髪がペタンとのっている。


 今日の昼過ぎ、妙に堅苦しい口調で話す新見にいみという刑事から訪問を打診する電話あった。二人が訪ねて来たのはそれからまもなくである。電話では対応者を一人にしてほしいとの要請。そこには捜査情報を安易に話すわけにはいかない、そんな警察組織の体裁があるようだった。ただしかしそれは建前的なものであり、部屋を区切ったパーテーションの向こうでは、桃介と美幸が珈琲と紅茶を啜る音も聞こえていたし、二人が聞き耳を立てて話を聞いている事を、目の前の刑事二人も承知の上だった。

 

 「ん…」

 差し出された二人の名刺を見る。印南唯我いんなみゆいが。お坊さんのような名前だ。いやそこではない。原田という刑事の夏乃なつのという名前を見て思わず息を飲んだ。俺は気付かれないよう女性の顔を一瞬凝視した。


「原田とお知り合いでしたか?」


「あっ、いやいや。ま、まさか…。はじめましてですよ」


 いや会った事がある?!ただ記憶が遠過ぎて確証まで持てなかった…。女は不思議そうな顔つきでこちらを眺めている。違ったのか?他人の空似かもしれない…。しばし沈黙がある。

 

 「ああ…えっ、綺麗な方だなと思って…」

 俺は、苦し紛れに余計な言葉がでてしまう。しかし事実彼女は美しい女性だった。香水のいい香りがする。


 「ははは木村さん。今の時代、容姿については、褒め言葉でもセクハラになりますからね。気をつけて下さいよ」


 「確かに。失礼しました」


 「主任、人によります」

 彼女がクスリと笑う。何か親しみ深い懐かしさを覚える笑顔だった。


 「今回は大変な被害に遭われましたね。怪我の具合はどうですか。今回の木村さんの傷害事件を所轄から聞きましてね。調書を読んで驚きましたよ。清水菜月さんの依頼で調査されていると。色々と情報をお持ちのようですね…」


 「いやいや。警視庁の方にそんな風に言われるなんて、こちらが驚きですよ。ただ…今回、自分が襲われた事実を考えると、確かに、幾らか僕らは真実に足を踏み入れてるのかもしれない…そういう風には考えられますよね」


 「ええええ。私達は警察という組織で動いていますが、一方で組織ゆえの動きにくさも否めません。世間では警察を敬遠する人も実に多い。中々心を開いて貰えないケースが多々あるんですねええ。私はね、あなたがたの、探偵さんならではの力をね、ぜひお借りしたい、そう考えているんですよ。こちらの情報は可能な限りお伝えします。私達と協力関係を結びませんかと、そういった提案です。但し…知り得た捜査情報は、むやみに口外しないで欲しい。それだけが協力の条件です」

 彼はその微笑の上に更に微笑を重ねニヤリとした。


 「分かりました。こちらにお断りする理由はありません。僕らはなんとしても、舞花さんの無念を晴らしたいんです。勿論、協力します。ですから、僕らに色々と教えて欲しいです。こちらこそ、宜しくお願いします」


 俺は、ニ人に深々と頭を下げる。それから殺害現場について以前より抱いていた疑問点を即座に聞いた。防犯カメラの有無だ。監視カメラに犯人は映っていなかったのか…。質問をすると、印南はひょうひょうとした調子で、しかし理路整然と、簡潔に話しをきりかえした。熟練した刑事ならではの貫禄を端々で感じる。

 「ええええ。防犯カメラですね。本来はあった…あったはずというかね。事件の3日前、公園の防犯カメラが、電気系統のトラブルで故障しましてね、すぐに管理している区が修理の発注を業者にかけたようです。それがちょうど委託業者を変えた時期だとかで、連絡に行き違いがあって修理が遅れていたんですなあ。つまり事件当日、監視カメラは作動していなかったんですよ。これは落ち度と言えば落ち度。致命的でした。これこそ外に出せないお恥ずかしい話しですよ。それでもですよ、他にも公園周辺には、幾つか防犯カメラはあったんですがねえ。不審人物の発見に至りませんでした。犯人がカメラの死角を選んでいたという可能性はあります」


 「…その故障自体が仕組まれたっていう可能性だってありますよね?」


 「ええええ。そうです。ただそこまでは、鑑識でも特定できていません」


 「…で、犯人がどうやって彼女を公園に呼び出し殺害したのかですよ…。何か連絡を取り合ったような通信記録は残っていないんですか?」


 「ええええ。推論になりますが、犯人は石川さんの当日の動きを予め知っていたと思いますねえ。多分、前々から尾行を重ね、利用するホテルもわかっていた。当日も尾行していたのでしょう。だからこそ、ホテルから程近い小公園を殺害現場に選んだ。小公園のカメラは故障している。又深夜の公園は人の出入りが非常に少ない。ご指摘の舞花さんのスマートフォンからは、不審な通信記録は特に見つかって居ないんですよ。おそらく道端で声をかけ、なんらかの方法で公園まで連れて行き、さらに多目的トイレ内に誘導した。そして声をかけ公園まで連れて来られるとしたなら、それは顔見知りだろう。そこまでは推測が出来ます」


 「なるほど…。警察は今の段階で誰を容疑者として疑っているんですか?」


 「今ですか…。正直苦しい…。お手上げ状態です。本来は鈴木浩生で決まりのはずでした。鈴木はご存知の通り菊桜会の構成員です。起訴まで持って行けると思っていたんですが、ゴミ集積所のドアには常に鍵がかかっておらず誰もが出入りできた。そして通行人の中から、深夜にその集積所を出て、走り去った「黒い服の男」を見たという目撃証言が出ましてね。これが釈放の決め手に成りました。それから神谷文哉については、アリバイは無かったんですが、確たる証拠も出てこなくてね、捜査線上から直ぐに外れています」


「直ぐ…なんですか?正直なところ僕は神谷への疑念も未だ持っています。白といい切れるか否かと」

 

「ええ。まあそうですね…不十分さはあったかもしれません。任意聴取の限界です…」


「それから、長谷川という女性。食堂の常連客によってアリバイも証明されています。そこまでですか…」


「そうでしたか。僕らの見立てと同じです。しかし今回、組同士の対立に舞花さんが巻き込まれたという仮説が出てきましたよね?誰が私を襲ったのか…」


「ええええ、そうです。新しい展開です。木村さんを襲った男達も含めてこちらも捜査中です。勿論組対にも協力を求めていますよ」


「しかし色々な関係性が入り乱れていますよね…刑事さんは、率直に、この事件ざっくりどんな印象に持っていますか?」


「そうですねえ…当初の鈴木の犯行。今はヤクザ同士の対立。正直、少し私には、違和感がある…」


「それどんな違和感なんですか?」


「鈴木が犯人と疑われた時も私は違和感が残っていました。というのもね、プロの殺しは、刺し傷が少ないものです。彼らは確実で楽な殺し方を知っている。刺す位置、刺し方ね。しかし今回、胸腹部を五カ所も刺して失血死に至らしめている。殺意を強く感じるものの、どこか犯行が素人臭い…下っ端のヤクザなのかもしれませんがね…」


「…成る程、素人臭いですか…。実は、鈴木と言えば、僕らはその鈴木と協力して、彼らと対立している炎紋会を僕らなりに調査するつもりでいます」


「…くれぐれも気をつけて下さい。鈴木浩生ですか…。実は私、鈴木がまだ小さな子供の時分から知っているんですよ」


「え?!印南さんは、彼の生い立ちをご存知なんですか?小さい頃から両親が居なかったと聞いていますけどね」


「ええ20年前、組対にいましてね。彼の親父は立花浩二たちばなこうじといって、やはり菊桜会の構成員でした。立花浩二は、鈴木がまだ幼い頃に組同士の抗争に巻き込まれて、射殺されています。鈴木の母親は内縁の妻でしてね、鈴木は母の姓です。しかしその母親も父親の後を追うように間もなく病死しています…。それで彼は、祖父であり組長の立花将司に引き取られた訳です。彼も可哀想な男ではありますねえ…」


「その鈴木の父親を射殺した組と菊桜会は今は対立していないんですか?」


「いや。今その対立していた中井組はありません。ただ中井組は後に炎紋会に吸収されました。鈴木にとっては、皮肉なものですよ。今も尚、父親を殺した組と関係する組織と激しく対立している訳ですからねえ。浩生はね、ヤクザには違いないが、根は悪い男では無い。今回、私が取り調べをしたが、そんな印象を持ちました。うまくやって下さい」


 それから印南は、連絡や相談は、部下の新見と原田と連絡を取り合って欲しいと伝え事務所を後にした。原田は帰り際、軽く会釈したが微かに微笑んだように見えた。


 ふたりがいなく成ると、美幸と桃介がパーテーションの向こうから出てくる。


 「れいさんよかったね…」


 「ああ警察と協力できたからな。よかったよ。大収穫だ」


 「れいさんって若い子好きだよね。綺麗な方だなと思って、とか言っちゃってさあ」


 「ご、誤解だよ。ちょっと、か、会話に間が出来たから、何か言わないとって思っただけでだな…」


 「サイテー」


 「え〜!?そ、その言い方はちょっと酷くない?綺麗って一言くらいで?美幸だって32歳だから、まだまだ若いでしょうよ」


 「すみません。仕事場で痴話喧嘩をするのはやめてください。美幸さん、木村さんはそれ程モテないから大丈夫です(真顔)」

 

 「それは知ってるけど、そういう問題じゃないの」  

 「吉田。あのなあ。まあいっか」


 桃介の失礼な助け舟により、とりあえず僕らの小競り合いは終わる。しかしその後も、美幸は不機嫌そうな様子で一日を過ごしていた。美幸がそこまで根に持つのは珍しい。


 しかしながら、警視庁刑事の協力と、情報屋カトウの登場により、ストーリーはまた少しずつ広がりを見せていくのだ。



 ここは大塚、俺は街の優しい探偵だ。


優しい探偵RE

2025.1.29











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