第29話 「菊桜会と炎紋会(加筆)🔥」

 浩生は助手席。運転席には虎徹こてつと呼ばれた男が乗り込む。


 「痛いか?派手にやられたな」


 「ですね…イテテテ…」


 「よく来たな。ワシは菊桜会組長、立花将司たちばなまさしだ。将司は、ジャンボ尾崎の将司と同じさ。ハッハッハ!アンタの事は、カトウから聞いてる」


 豪快に笑う老人を面前にしながら、ふと冷静に思う。なぜ俺は殴られ蹴られ怪我をして、ヤクザの組長のベンツに乗り、病院に行く事になっているんだろう。訳が分からない。コイツらがやったのでは無ければ誰が俺をこんな目に…。混乱する。愛想笑いもでてこなかった。

 車内は、エアコンが効いていた。暖かさにホッとする。痛みは落ち着いていたものの、ドッと疲労感が押し寄せて来る。俺は、意識をぼんやりさせながらも、必死に言葉を絞りだそうとしていた。


 「…ああ、どうも。僕は、木村玲きむられいという探偵です。カトウって情報屋の?」

 カトウとは、探偵事務所の開業間もなくから付き合いの有る情報屋の男だ。年齢をはじめ彼についての個人情報は皆無という謎の男なのだ。大学生の様な風貌で、色々な業界に顧客が居て、顔が広いと本人から聞いてはいた。反社とも取引をしていたのか。


 「ああカトウから聞いた。アンタ損得勘定を考えないような今どき珍しい探偵なんだってな」


 「あ、確かに。そうかもしれないですね。…だってそんなん、つまらんじゃないですか。自分のやりたいようにやらなきゃ、成りたい探偵に成らなきゃ、意味が無い。だから…。例え、ボカァ、こんな風にボコボコにされたって、絶対引き下がりませんからね」


 「れいか…名前は、女みてえだが、骨のある探偵だって聞いてたよ。おうおう、この世知辛え世の中でよお、見上げたもんじゃねえか。…じゃあ、れいちゃんでいいか?」


「どうぞ。…ただ今、混乱しているんですよ。自分を襲ったのが誰なのか?!立花さん達じゃないんなら? 誰が自分を脅しているのか?! たぶんその人間が、石川舞花さんを殺し、浩生君を陥れようとした奴でしょ? 僕は何とかしてその犯人を、突き止めたいんですよ」


 「ああ。わかってるさ。れいちゃんの言う通り浩生を、はめようとしたやからがいるのは間違いない。まだ確証は無いが…わしゃあ、炎紋会えんもんかい麻生あそうが絡んでるとみてる」


 「エンモン会?!」


 「ああ。ここ数年、力をつけてきた組よ。やつらとは長く緊張状態で一発触発だったんだ。浩生をはめて、ウチにダメージを与えようって魂胆だったのかもしれん。浩生はまだ若いが、贔屓目ひいきめでなく、デキる男でな、組の大事な仕事を任せてる。

 今回、浩生がげられていたら、ウチの組はどうなっていたかわからん。この落とし前は、つけさせてもらわないとならん。 

 ちょうどそこに現れたのがれいちゃんよ。 奴らの尻尾を掴めんか?勿論、報酬は用意するし、何か有れば必ず助けてやる」

 

「僕を呼んだのは、そういう事だったんですね…」

 俺は少し考えてから、鈴木浩生と組長の言うことを、とりあえずは、信じることにした。彼らが嘘を言っているとは到底思えなかった。そして、彼らの力も借りながら、調査を進めて行くことに決めたのである。だが俺に出来る事など限界がある。


 「でも…。それこそ、カトウの力を借りて調査したいですよ。それは良いですか?ただ彼が力を貸してくれるかはまだ、分かりませんけどね。まず連絡がつくかどうか…」


 「うむ。確かにそれは、いいかもしれないな…。ああああ、方法は、何でも構わんさ」


 「あと、一つ聞いてもいいですか?組長さんって、もしかしたら朝霞にある和菓子屋の大福が好物なんです?」


 「朝霞の大福?ああそうだな。変な事知ってるな。浩生よお、大学生の時によく買ってきてくれていたよなあ…懐かしい」

 組長が助手席の浩生に分かるように声量をあげる。 

 「やっぱり。浩生君のおじいさんが組長さんだったんですね」

 「ああそうだ。浩生はわしの孫さ」


 車は、渋滞しながら、プラタナス通りを小石川方面に直進して行く。何度か曲がりながら、茗荷谷駅の周辺を走っていた。見たことのある景色だった。茗荷坂を下っている。病院は、その先の大通りに面している中規模の医院だった。

 ベンツは、俺と鈴木をその医院の裏口で降ろす。車は、組長を乗せ再び走り去っていった。


 「ここだ」

 「浩生は、帰らないのか?」

 「俺の事は気にするな。怪我の具合は分からないが、最後まで見届けるよ。組長からも直々に頼み事をしているんだ。それくらい世話するのは、当たり前だ」


 そこは「茗荷坂診療所」と云う名の小さな診療所だった。小規模ながらレントゲンからМRIまである設備の整った医院で、普段は、内科・外科・脳外科を標榜しているという話だった。

 組長と古い付き合いのある佐々木という医師が院長で、もちろん例外的に院長自らが対応してくれたのである。

 

 佐々木医師は、白髪頭、彫り深い顔立ちの60代位の男性で、いかつい風貌とは裏腹に、随分と能天気に明るく妙に慣れ慣れしい話し方をする医師だった。少し酒を飲んでいるようで、それで饒舌なのかもしれなかった。たぶん、居酒屋のカウンターで隣り合わせたら、直ぐに話しかけてくるようなタイプのオヤジ、俺と気が合いそうだ。


 「うん。レントゲンはねっ、これね。はい問題なし!あちこち痛いとは思うけどね。頬骨も鼻骨も折れてなかったよ。打撲だね。不幸中の幸いだよ。消毒もしたし、アセトアミノフェンと、化膿止めに抗生剤も渡しとくからね。しっかり飲んで様子を見てくれるかな?オーケイ?」


 「あの…こ、この顔って…」


 「ああ、ねええ…。これから黒くなって、だんだんとその色が全体的に下に降りてくるかなあ。仕方ないよね。大丈夫大丈夫。元に戻るから心配しなさんなって。まあ色男が台無しだよなあ。炎症の治りを早くしたかったら、お酒は禁止だよ。俺は、飲んでるけどね。ガハハハ!」

 今日はよく笑う人に出会う日なのである。


「やっぱ先生、飲んでますよね…。しかしこの顔は目立ち過ぎるなあ」


「でもお兄ちゃんラッキーなんだよ? 待たずに診察で、直ぐレントゲンとってもらってさ、処置、処方。俺は、何でも屋だろおお? 放射線技師だろ? 看護師に薬剤師だろ? あ、ヤクザの医師だから、ヤクザイシかあ? ガハハハ!!」


 「先生、今の下り、最後のヤクザイシを単に、言いたいだけだったんでしょ。全く…」


 「浩生、爺さまに宜しく伝えてくれな」


 「ええ。ありがとうございます」

 浩生は律儀にピシリとの医師に深々と頭を下げた。

 

 それから俺は、浩生と外で待機していた虎徹の運転するベンツに又乗り込む。大塚の事務所まで送ってくれるという。俺は、車内で美幸に電話が繋がる。


 「色々あってさ、怪我をして、病院に行ったんだよ。治療が終わって、事務所に向かっていて、もうすぐ着くからさ」


 簡潔に伝えて電話を切った。電話口の向こう側で、美幸が動揺しているのがわかった。会ってから、順序建てて、丁寧に説明しようと思ったから詳しくは、話さなかったのだ。

 

 ベンツが事務所の南陽Bビルに到着すると、美幸はウールコート、吉田がは黒のダウンジャケットを来て、一階のエントランスの壁に背をもたれながら俺を待ち構えていた。 


 「わざわざ寒い中、出てなくても…」 


 「ええええ〜?! どうしたのよ、その顔、大丈夫なの〜? どういうこと? 説明して!」   


 「えっ。なんでベンツ?!木村さん、か、彼って?!」


 「ああ。鈴木浩生君だ」


 「えっ…」

  二人は、絶句した。





優しい探偵RE

2024.12.13

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