第8話
「だから暴れるんじゃないって!」
「ん〜〜〜ッ、んんッ〜〜〜〜ッッ!!」
目があった途端に大声を上げて外に走り出そうとするから、つい反射的に捕まえて縛りあげてしまった。
これでは完全に犯罪者だよな。
うわぁー……今にも泣き出しそうだし。
すげぇー犯罪者を見る目でこっち見てるし。
……最悪だ。
「い、いいか、落ち着け。俺は怪しい者じゃないし、泥棒でもない。ほら、何も取ってないだろ?」
俺は両手を上げながら身をひねり、後ろにも何も隠していないことを見せる。
俺が無害だということをなんとかして俺にわかってもらいたいのだが、小さな俺は怯えた猫のような目でにらみ返してくる。
「ダメか」
考えて見ればそりゃそうだよな。
学校から帰って来たら知らない男が台所で煙草を吹かしているんだもんな。俺だって回れ右して全力ダッシュ決め込むよ。
……って、こいつは俺なんだった。
「信じてもらえないかもしれないけどな、俺は9年後の未来から来たお前なんだよ。9年後のお前はマッドでサイエンティストな科学者になり、タイムマシンを作って過去にやって来たというわけだ」
「んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!」
「信じられないってか? ならこれを見ろ、免許証だ。生年月日も名前も一緒だろ?」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
これでもダメか。
芋虫のように暴れ転がる俺は俺のことをまったく信じてくれない。
それならばと、俺しか知らない秘密を話せば少しは信じてもらえるかもと考えたのだが、やはりダメだ。そもそもこの小さな俺は人の話を聞く気がないのだ。
縄で縛られた上に猿轡を噛まされていれば当然か。
「猿轡を外してやるけど、騒ぐのはやめてくれよ。ただ話をしたいだけだから、わかるか?」
コクコクとうなずく俺の猿轡を外してやると、
「たすけてぇええええええええええええええええええええええええッッ!!!」
「ばっ、莫迦たれッ!」
俺は急いで俺の口を手で塞いだ。
そして、再び猿轡を噛ませた。
「頼むからマジで叫ばないでくれ。俺は本当にただお前と話がしたいだけなんだよ。話が済んだらすぐにこの家から出ていくし、絶対にお前に危害を加えたりはしない。だから話を聞いてくれ、頼む。この通りだ!」
――ドンッ!
俺は額を床に押し付けて土下座した。
大学生が小学生相手に土下座をする。しかもその相手は過去の自分。これをカオスと言わずしてなんという。
しかし、そんな俺の渾身の土下座が小6の胸にも少しは響いたのか、あれ程暴れていたのが嘘みたいに大人しくなった。
俺は祈るような気持ちで俺を見る。
じっーとこちらを見る俺と目が合い「外すぞ?」叫ばないか確認する。
小6の俺は小さく頷いた。
どうやら叫ばないことを約束してくれたようだ。
俺はそっと猿轡を外した。
「おっさん、一体何が目的なんだよ」
「おっ……俺はまだ21の大学生だ! 呼ぶならおっさんじゃなくお兄さんにしてくれ」
……って、俺は自分自身に向かって何を言っているんだ。
大きな声を出したから怖がっているじゃないか。俺は繊細なんだから、扱いには気をつけなきゃ。
「まあ、この際おっさんでもいいさ。そんなことより頼みがあるんだ」
「……俺に? 頼みって何だよ?」
「今すぐ十六夜凪咲に告ってくれ!」
「…………はぁああああああああああああああああああああああッ!?」
一瞬、小さな俺は驚きの表情を浮かべたが、次の瞬間には完全に熟れたトマトのように赤面し、大きな声を響かせた。
「何を言ってるんだよッ! な、ななななんで俺が十六夜に、こ、告白しなきゃいけないんだ!」
「しーっ、お願いだから静かにしてくれ! あと少し落ち着け!」
俺は発情した猫のような俺をなだめるため、台所で水を汲んでゆっくり飲ませる。
「落ち着いたか?」
「……できれば自分で飲みたいから、解いてくれ」
俺は逃げないだろうなと目を細めた。
「逃げないって。おっさんは意味不明だけど悪い人じゃなさそうだし」
「そうか」
正直なところ、このまま縛り続けるのもどうかと思ったので、少し怖かったけれど、俺は俺の縄を解くことにした。
「で、その……なんで十六夜なんだよ」
自由になった途端にそれかよ。しかもモジモジしてるし。
俺ってこんなにわかりやすい奴だったのか。
自然とため息がこぼれ落ちた。
「今から言うこと、ちょっと信じられないかもしれないけど、全部事実なんだ。話が終わるまで黙って聞く気あるか?」
「それって十六夜に関係あること?」
「大いにある」
彼女に関することだと知った途端、小6の俺の顔が一気に真剣な表情に変わった。
俺はこんなに十六夜のことが好きだったんだなと、再確認させられた。
自分でいうのもなんだが、この頃の俺はほとんど十六夜のストーカー状態だったからな。
「単刀直入に言うぞ。このままだと来年の夏、2015年8月26日――十六夜凪咲は死ぬ!」
「――――ッ!?!?」
小さな俺の目が驚きに見開かれる。全身の毛がザッと逆立っていくのが見て取れる。
俺を睨みつけるように見つめる目の前の俺は、しばらく迷った後にこう言った。
「なんで死ぬの?」
「世間的には事故死ということになっている。学校の屋上から花火を見ようと身を乗り出し、誤って転落したと。でもあの日、俺はたしかに見たんだよ! 十六夜しかいないはずの屋上に人影をッ」
知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。子供の俺に見せるような顔じゃなかったかもしれない。
だけど、こんなこと落ち着いて話せるほど俺は大人じゃない。
俺は今もずっと、あの校庭に取り残されたままなんだ。
「犯人は誰なの? 見たんでしょ?」
「正確には、顔までは見てない。俺が見たのはあくまで人影だ」
「でも心当たりはあるんでしょ? そんな顔してるよ?」
「……ああ」
確かに心当たりはある。
いや、俺の中では黒だった。
あいつ以外には考えられない。
「誰なの?」
「それを話すには、少し昔話をしなくちゃいけない。お前にとってはこれから起こる未来の話だ」
俺は明日の2014年12月25日クリスマス、田中が十六夜に告白すること、二人が付き合うことを話した。翌年の2月14日バレンタインの日、体育館裏でそのことを知ったこと。
そして、あの忌まわしい夏のこと、俺は包み隠さずすべてを話した。
ネタバレ全開でぶちまけてやった。
小6の俺は部屋の隅っこで体育座りのまま、じっと俺の話に耳を傾けていた。
「――以上だ。これが俺の地獄の8年間の始まりだ」
「そっか」
小さな俺は立ち上がると、寂しそうに窓の外に目を向けた。
そして――
「よくできた話だね」
詐欺師を見るような目で俺を見ていた。
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