第5話

「ここからはタクシーを拾うか」


 蜘蛛の巣の張ったプリウスではこれ以上の走行は危険だと判断し、俺は山を下りてすぐの人気のないコンビニにタイムマシンを駐車した。


「寒っ」


 車に積んであったパーカーに袖を通し、時刻を確かめるためにコンビニに立ち寄る。


「深夜2時か……」


 コンビニでは缶コーヒーと適当な新聞を一部購入。

 缶コーヒーは冷えた身体を温めるために、新聞は今日の日付けを確認するために購入した。


 2014年12月24日。

 田中が十六夜凪咲に告白するのが25日のクリスマスなので、その前日にタイムトラベルしたことになる。

 予定では余裕を持って夏頃に来るはずだったのだが、やはり正確な時期までは調整できないようだ。今後の課題になるだろう。


「一応スマホは使えるみたいだな」


 この日のために昔のスマホを中古ショップで購入していた。

 さすがに通話はできないが、アプリなどを使用する分には問題ない。

 コンビニのWi-Fiを借り、Googleマップで現在地を確認する。


「やはり徒歩では無理か」


 実家まではかなりの距離がある。

 とてもじゃないが徒歩で向かうことは無理だろう。


「もたもたしていられないし、タクシー使うか」


 今日が24日ということは、明日のクリスマスにはませガキ田中が彼女に告白してしまう。そうなれば二人は付き合うことになる。

 そうなる前に9年前の――小6の俺に会わなければならない。

 会って十六夜に告白するように説得する。二人が付き合ったことを確認した後、俺は9年後の未来――現代に戻る段取りだ。


 田中のことは大嫌いだが、小6の俺と十六夜が付き合ってしまえば田中が彼女を屋上から突き落とすこともない。

 ハッピーエンドの大団円にするためには、小6の俺が男になる以外に方法はない。


 アプリを使ってタクシーを呼び、数年ぶりの実家を目指す。


『――外道、全然連絡ないけどそっちは順調なの?』


 突然、車内にくぐもった声が響く。

 驚いた俺はタイムシーバーを落としかけた。


「問題ない。こちらは現在タクシーで移動中だ」


 明護に状況を報告しつつ運転手を一瞥する。バックミラー越しに目があってドキッと肩がはねてしまう。


「さ、さっきは色々あって言い忘れたんだけどさ、こっちは夏じゃなくて冬なんだよ」

『は? それって大丈夫なわけ?』


 ちらちらとミラー越しに視線を投げてくる運転手には聞こえないよう、俺は声のボリュームを下げた。


「一応車にパーカーがあったから今はそれを着ている。といってもまだ少し肌寒いんだけどな」

『そんな心配してないわよ。あたしが言ってるのは告白は間に合うのかってことよ』

「ああ、そっちか。それなら問題ない。さっきコンビニで新聞を買って日付けを確認した。こちらは2014年12月24日の深夜2時過ぎだ」

『それってかなりギリギリじゃない』


 たしかにギリギリだ。

 田中が十六夜に告白するのが25日のクリスマスということはわかっているが、時刻まではわからない。

 俺に残されたタイムリミットは30時間程と考えていた方がいいだろう。


「――んッ!?」

『どうかしたの?』


 一瞬、窓の外に田中が歩いていたような気がした。

 慌てて振り返って後方を確認するが、走り去る車内から歩道を歩く人間を確認できるわけもない。


 気のせい……か。

 相手はまだ小6の子供。夜中の2時に外出なんてするはずがない。

 そう思うのだけど、なぜか胸騒ぎがする。


『外道……? 何かあったの?』

「いや、なんでもない」


 きっと10年近く田中のことを考えすぎたせいだ。

 だからこんな訳のわからない幻覚を見たりするんだろう。


「末期だな」

『あんた……本当に大丈夫?』

「ああ」


 だが、田中の悪夢にうなされる日々も今日で終わりだ。


「それよりそっちは何も変化はないか?」

『んー、一応テレビを付けてニュースは確認してるんだけど、今のところはたぶん大丈夫なんじゃないかな?』

「……宇宙人の襲来を知らせるニュースもないんだな?」

『……っんなのあるわけないでしょ。あんたももう21なんだから、いい加減その中二病治しなさいよね。一緒にいるあたしが恥かくんだから』

「そうか……。善処しよう」


 しばらくの間沈黙が続いた。


「念のためにググってもらえないか?」

『は? 何を?』

「いや、だから、その……宇宙人に関する目撃情報を、だな」

『………』


 明護はあきれ果てているのだろう。


『ちょっと待ってなさいよ。今調べてあげるから』

「すまんな」


 やはり頼りになる助手だな。

 明護は何だかんだいつも俺を助けてくれる。


 8年前――学校の屋上から十六夜が転落死した際、俺が屋上に誰かが――田中が居たと証言しても誰も信じてくれなかった。

 同級生の死を目の当たりにしたショックで頭がおかしくなっただの、十六夜のことが好きだった俺が彼氏の田中を殺人犯に仕立て上げようとしてるだの、本当は俺が彼女を突き落としただの、みんなあることないこと好き勝手言っていた。


 明護だけが俺を信じてくれた。

 明護がいなければ俺はまだ精神病棟に閉じ込められていたかもしれない。

 彼女には本当に感謝している。


『――残念だけど人類はまだ、宇宙人とは接触できていないみたいよ』

「そうか」

『ただ、あんたが好きそうな面白そうな記事を見つけたわよ』


 面白そうな記事……?

 なんだろう?

 俺はすっと頭に入ってくる彼女の声をラジオ代わりに聴いていた。


『現在アメリカのネバダでは超能力者の実験をしているらしいのよ。それでね、ボーギング博士がいうには、人類はすでに新たなフェーズ――進化期に入っているらしいの。

 でもボーギング博士がいうには、これは一般的な生物上の進化論からは大きくかけ離れているらしいわ。本来生物の進化は長い時間をかけてゆっくりとしたスパンで行われるものなんだけど、今回の人類の進化は異常ともいうべき速度で行われている。まるで何者かの介入により、意図的に人類の進化速度が操作されたように。

 ボーギング博士は今後数年で人類は新たなフェーズへ移行し――第二世代と呼ばれる特殊な力を持った人類に変わると予測しているわね』

「特殊な力か……」


 俺はあの緑色の怪物を思い出していた。

 毛が抜けた緑色の猿。

 獰猛に発達した牙。

 石斧を作り出すことを可能とした知能。


 異常とも言える進化なら俺も先程見たばかりだ――が、あれは人類の進化ではない。

 どう見ても猿による進化だ。


 ボーギング博士同様、あれは確かに超自然的な理由による進化とは思えない。

 何者かが介入した末に起きた異常進化。

 宇宙外生命体による超進化光線を浴びせられた生物が思いもしない形で進化を辿っているのではないだろうか。


 では、あのカプセルと光は何だったのだろう。

 人類の進化を促す種、か。


 たしかスキル【視動眼ビジョンシフト】だったか。

 仮にこのスキルがボーギング博士のいう超能力だとするなら、ネバダのグルーム・レイク空軍基地で実験に協力している被検者は、あの怪物を倒し、謎のカプセルを手に入れたということになる。


 しかし、国土の広いアメリカならともかく、人、人、人、で密集する日本であんな怪物が隠れ棲むなんて可能なのだろうか。見つかればそれこそ大ニュースになっているはずだ。

 やはりボーギング博士の研究とあの怪物は無関係、そう考えるのが自然か。


『どう? あんた好みの話題だったんじゃない?』

「ああ、引き続きそちらでの観測を任せる」

『了解。あんたも頑張んなさいよ』




 六等星の夜が明けていくのを、俺はぼんやりと眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る