第4話

『――外道、大丈夫? ちゃんと過去には行けたの? 聞こえていたら返事して!』

「ああ……明護か」


 不気味な声の正体は幼なじみ兼助手の明護朱音あかもりあかねだった。

 タイムシーバーを使って9年後の未来から話しかけているようだ。


「これ、ちゃんと使えたみたいだな」


 明護が優れた助手であることを再確認した。


 俺は悴んだ手で助手席に投げ捨てられていたタイムシーバーを拾い上げた。

 まだドクンッ! ドクンッ! と騒がしい胸を落ち着かせるように、一度深呼吸してから応答する。


「こちら外道、タイムトラベルは成功だ」

『……良かった。ずっと返事がないから心配してたのよ』


 明護の声から、本当に心配してくれていたことが伝わる。

 聞き慣れた助手の声を聞くだけで、心がスーッと落ち着いていく。

 人の声がこんなにもリラックス効果をもたらすのか。


「ただし、問題が起きた」

『問題……? どういうこと?』

「彼らに俺の存在が知られてしまったようだ」

『まさか、過去の人間にタイムトラベラーだってバレたの!?  何やってるのよ、あんたはッ!』』

「違うんだ!  宇宙外生命体にバレたんだ」」

『………………………………………はぁ』


 タイムシーバー越しに明護のため息が聞こえる。


『つまり順調ってことね』

「宇宙人に頭の中に爆弾を仕掛けられた可能性だってあるんだぞ!  順調なわけないだろッ!」

「わかったわ、だから早くミッションを終わらせて彼女を助けなさい。イカれたマッドサイエンティストさん』

「それはわかってるけど、イカれたって言わないでくれよ!  それに、宇宙人がだな――」

『外道、彼女に告白して未来を変えるんでしょ?  だから8年もの時間をかけてタイムマシンを完成させたんでしょ。今は宇宙人の話なんてやめて!』

「……了解だ」


 俺が今やるべきことは宇宙人から地球を防衛することではない。

 まだ幼い彼女を危険から――田中の手から救い出すことだ。そのためには幼い俺が彼女に告白する必要がある。


 俺は再び車のエンジンをかけ、森を抜けて道路に出た。カーブの多い山道を走りながら、あの日を思い出していた。

 彼女、十六夜凪咲が亡くなった日のことを……。



 ◆◆◆



「ずっ、ずっと好きだったんだ! 俺と付き合ってくれ!」

「ご、ごめんなさい」 


 中学一年の夏、俺はずっと好きだった女の子にフラれた。

 といっても、フラれることはわかっていた。

 なぜなら、十六夜凪咲にはすでに田中というイケメン彼氏がいたのだ。


 だけど彼女が田中と付き合う以前、小6のクリスマスまでは、十六夜凪咲は俺のことが好きだった。そのことは、十六夜とそこそこ仲が良かったらしい明護が証言している。

 だから、もしかしたらまだ間に合うんじゃないか。彼女は今も俺のことを好きでいてくれているんじゃないかと、淡い期待を抱いていたんだ。


 結果はご覧の通り。

 思い上がりも甚だしい俺の蕾は、咲くことなく無惨に枯れた。


 やがて夏休みに入ったけれど、俺は何もやる気にならなかった。

 友達に誘われたプールも断った。

 毎年恒例の花火大会も、お祭りも断った。楽しみにしていた新作ゲームも、今は何もやる気にならなかった。


 ただただ蒸し暑いだけの、とても長い夏だった。


 そんな永遠に続くかのような夏が終わりに近づいた4週目の水曜日――ピロリロリン♪  スマホが鳴った。

 無気力症候群に苦しむ体を捻りながらスマホに手を伸ばし、なんとなくLINEを開いた。


「うそっ、マジッ!?」


 LINEの相手は十六夜凪咲だった。

 驚きと喜びから飛び起きた俺は、もう一度メッセージの内容を確認する。


 ――突然LINEしてごめんなさい。

 本当はあの日、外道くんが好きだって言ってくれたことすっごく嬉しかった。

 でもあの時の私は田中くんとお付き合いをしていたから……ああ言うしかなかったの。

 本当にごめんなさい。

 もしもまだ私のことが嫌いじゃなかったら今夜21時、学校の屋上に来てください。

 とても大事な話があります。



「これどう思うッ!」


 俺はベッドの上で心が舞い上がりそうな気持ちを抑えながら、友人の女の子に電話をしていた。


『どうって……完全に脈ありなんじゃない?』

「やっぱりそう思うか? いや、そうだよな。これって絶対そうだよな! あっ、でも十六夜は田中と付き合ってるんじゃ……」


 あのいけ好かないイケメンの顔を思い出しただけで、楽しかった気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 田中はいつも俺を不愉快にする。


『……これ、噂なんだけどさ』

「なんだよ?」

『凪咲、仲のいい友達には田中と別れようかなって言ってたらしいわよ』

「えっ、マジ!? それっていつ頃?」

『あたしが聞いたのは夏休みに入ってすぐの頃だったと思うけど……』


 夏休みに入ってすぐ……?

 それって夏休み前に俺が告白したことが関係してるんじゃないのか。

 実は俺と十六夜は互いに想い合っていたけど、彼女が俺と付き合うために田中を振ったんじゃ……。

 いや、絶対にそうだよ。

 そうに違いない!


 十六夜のLINEには【あの時の私は田中くんとお付き合いをしていたから】とある。

 つまり、今は田中とお付き合いをしていないということだ。

 そして最後の一文【とても大事な話があります】これはもうそういうことでいいんだよな? いいんですよね?


「やったぁああああああああッ!!」


 抑えきれなくなった俺はベッドの上で舞い踊った。


『あのさ、それだけならもう切ってもいい?』

「なんだよ、つれないな。親友の幸せを祝ってくれないのかよ?」

『……別に』

「お前なんか冷たいな」

『いつもこんなんだし。でも外道、あんた相当田中に恨まれるだろうね』

「え……」

『あんたと違って田中はイケメンで有名じゃん。女の子にも人気あるし。そんな田中があんたに負けてフラれたとなったら、プライドはズタボロなんじゃない?  あたしが田中の立場だったら恥ずかしくて二学期には行けないもん』


 今、とてつもなく失礼なことを言われている気がする――が、ハッピージャムジャム最高モードなので許す。今日の俺は宇宙で一番心が広いのだ。


『じゃ、もう切るわよ』

「待て!」

『……なによ?』

「今日着ていく服装を何枚か写真で送るからさ、どれがいいか選んでくれないか?」

『知るかッ!!』


 プツッと切られてしまった。

 きっとエアコンが故障して機嫌が悪かったのだろう。


「この暑さだもんな。そりゃイライラするわな。クククッ」


 締まりの無い顔をパチンと引っぱたき。

 夜までに勝負服を決めなければ。

 俺はクローゼットからありったけの服を引っ張り出していた。



 ◆◆◆



「くそッ、母ちゃんのせいで遅刻じゃないか!」


 20時には家を出て学校に向かうつもりだったのに、


『戦樹、リビングのテレビ調子悪いのよ。ちょっと見てくれない? あんたこういうの得意でしょ?』

『今から友達と約束あるから無理!』

『何が無理なわけ? 少し遅れるって友達にLINEすれば済む話でしょ。一日中だらだらしてんだからこれくらいやってちょうだい。嫌だってんなら今後お小遣いはあげません』


 あのババアッ。

 自分がドラマ観たいからって無茶苦茶言いやがって。

 お陰で20分も遅刻だ。


 俺は脚が外れてしまうんじゃないかと思うほどペダルを漕ぎ、学校まで急いだ。

 校門前で投げ捨てるように自転車を降りると、俺はそのまま門扉を飛び越えた。

 夜空には夏の最後を彩るように、大輪の花が咲いていた。


「待っててくれよ、マイハニー」


 はやる気持ちを抑えきれなくなった俺が校舎屋上に目を向けたその時だった。


「え……」


 屋上から何か……人影らしきものが落ちたのだ。

 そして次の瞬間――ゴンッ!!!

 交通事故でも起こったのかと錯覚するほどの轟音が、夜の帳に轟いた。


 駆けていた俺の足もいつの間にかゆっくりになり、やがてぴたりと止まった。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をする。

 まだ少し肺が痛い。

 ドクンッ! ドクンッ! と暴れる心臓を服の上からギュッと掴みながら、俺は何かが落ちて来たほうに向かって歩き出していた。


「――――ッ」


 俺は暗闇の中に横たわる彼女を――十六夜凪咲を発見した。





「ああああぁぁああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあああああぁあああああああああぁぁぁああああああああああ――」






 それからのことはあまり覚えていない。


 ただ一つ覚えていることは。

 彼女を抱きしめて上を見上げた際、屋上からこちらを見下ろす人影を見たということ。


 警察は彼女の死を事故死として処理した。

 彼女が花火を見ようと柵に寄りかかった際、誤って転落したと。


 だけど、俺はたしかに見たんだ。

 あの日、十六夜が転落した屋上には彼女以外の誰かがいた。


 考えられる人物は一人――田中だ。

 俺は田中がフラれた腹いせに、彼女を屋上から突き落としたのではないかと考えている。




 田中、俺はお前だけは許さない!

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