第3話

「……どこだ、ここ?」


 9年前の昼過ぎにタイムスリップしたはずなのだけど、車内から見る景色は暗い。

 出発したのが15時過ぎだったので、現在が真夜中だとすればタイムトラベルは成功したということになる。

 のだが、予定と随分違う状況に困惑してしまう。


「なんでこんなに道が凸凹してるんだ? ……って、ここ森の中じゃないか!」


 どうやら座標が大きくズレてしまい、本来の目的地からはずれてしまったようだ。


「参ったな。それに何だか冷えるな」


 9年前――小6の夏にタイムトラベルしたはずなのだけど、間違って9年前の冬に出てしまったのかもしれない。

 すぐに現在地を調べようとカーナビを起動するが、画面には【Error】の文字。


「わざわざ10年以上前のおんぼろを買ったのに、よりによってこんな時に潰れなくたっていいだろ」


 ならばとGoogleマップで現在地を調べようとしたのだけど、


「圏外かよ」


 森の中ではスマホも役には立たない。

 幸い道幅は広いのでプリウスで進むことは可能だ。森を抜けたらスマホも使えるだろうと思った矢先。


「うわぁッ!?」


 突然前方から野生の猿が突っ込んできた。

 石斧を振りまわす猿に驚いた俺は、思わずアクセルを踏み込んでしまった。


「あっちゃー。やっちまったよ」


 野生の猿とはいえ轢き殺してしまった。

 人間でなかったのは不幸中の幸いだが、


「どうすんだよこれ」


 フロント硝子に大きなヒビが入っている。

 これではさすがに公道は走れない。


「これじゃ警察に止められるよな」


 そうなれば免許証の提示を求められる。生年月日を見られてしまえば辻褄が合わない。

 間違いなく偽造免許証だと疑われるだろう。

 過去を変えるどころか留置所にぶち込まれてしまう。


「あぁーもうッ! なんで俺は昔からこんなについてないんだよ」


 ハンドルに額を叩きつけると、けたたましいクラクションの音が森の中に響き渡る。

 雑念を払うようにその音をしばらく聞き続け、この先自分がどう行動すべきかを思案する。


 森を抜けたところで車をパーキングに停め、あとはタクシーなり徒歩なりで目的地に向かう。すべてを終えたらタイムマシンを回収して未来に戻る。

 大丈夫、まだそんなに焦ることじゃない。


「それよりも――」


 問題は轢き殺してしまった猿の死体をどうするかだ。埋葬してやりたい気持ちはあるものの、あいにく掘るものを持ち合わせていない。


「――って、なんだこりゃッ!?」


 車を降りて後ろにまわり込み、猿の死体を片付けようとした俺は、驚きのあまり地面に尻を打ちつけてしまう。

 薄暗くてよく見えないが、眼前の死体はどう見ても猿ではない。


「――――ッ」


 震える脚で立ち上がった俺は、後部座席に置いてあった懐中電灯を手に取り、再び死体に駆け寄った。


「毛が、全然ない。しかも、色……おかしくないか?」


 懐中電灯の光で照らされた猿ではない何か。肌は薄い緑色で、体格はニホンザルよりも一回りほど大きい。手足の形状も猿のそれとさほど変わらないのだが、爪が霊長類とは思えないほどに鋭い。


「猿にこんなゴツい牙なんてないよな?」


 謎の生物の死体には吸血鬼を連想させる巨大な牙が二本生えていた。

 俺の――成人男性の親指くらいある牙だ。

 こんなので噛まれたら一溜まりもない。


「……やっぱり斧、だよな……これ」


 死体の側には原始人が使うような石斧が転がっている。


「意外と重いな」


 重量は5キロといったところだろうか。


「これをこの生きものが作ったのか?」


 にわかには信じられない。

 が、今しがた石斧を振り上げて突っ込んでくる、この得体の知れない生きものを目撃――轢き殺したばかりだ。

 

「うわぁッ!? 今度はなんだよッ!」


 突然死体が黄金色に光りはじめたと思った次の瞬間――パンッ! 癇癪玉のように弾け飛んだ。


「うわ……マジかよ」


 臓物が体中に飛び散った。

 汚い上に臭くて最悪だ。


「死んだら爆ぜますってか? 一体どういう仕組みなんだよ」


 げんなりする俺の視界の端で、一瞬何かがきらりと光った。


「ん、こんなのあったかな?」


 先程まで死体があった場所に、金色のカプセルが転がっていた。

 見た目はガチャガチャのカプセルのようだ。


 カラカラと振ってみると、まだ景品が中に入っている。


 ――カパッ。


 ほとんど条件反射だった。

 子供の頃からの癖とでもいうべきか。ガチャガチャのカプセルを手にしたら開けずにはいられない。たぶん日本人あるあるだと思う。


「――――ッ!?」


 カプセルを開けた瞬間、凄まじい光が放たれた。

 懐中電灯がなければ何も見えなかった漆黒の森が、一瞬にして輝きに包まれる。

 カプセルから放たれた光が闇夜を貫き、おとぎ話や神話に出てくるような光柱を作り上げた。


「眩しッ!」


 目がくらみ、カプセルを落としてしまった。

 すると、電池が切れたように光は消え失せ、代わりに宙に光の文字が浮かび上がる。


 スキル

視動眼ビジョンシフト

 レアリティ★★★★

 効果 視界範囲内にテレポート可能。

 リキャストタイム3分。


 習得しますか?

 YES/NO。


「なんなんだよ、これ!?」


 突然のことに理解が追いつかない。

 謎の生きものを轢き殺してしまったかと思った矢先、死体が爆発して金色のカプセルが現れた。

 条件反射で拾って開けてしまった俺も悪いけど、まさかこの世の終わりとも始まりとも思える光が――スペシウム光線が放たれるなんて誰が予想できるんだ。

 謎の文字が浮かび上がるおまけ付きだ。


 しかも、最初は古代文字のような摩訶不思議な文字だったのに、気がつくと見慣れた日本語に変わっている。


 ――残り10秒。


「えっ!?」


 眼前の光文字が俺を急かすようにカウントを開始する。


 ――9、8、7、


「スキルってなんだよ! ゲームとかに出てくるアレでいいのか?」


 ――6、5、4、


 もし押さなかったら、習得しなかったらどうなるんだ?

 この謎の光は消えてなくなるのか?


 そもそもこれはなんなんだよ!



 ――3、2、1、


 考えている間にも刻一刻と時間は過ぎていく。


「ええーい、ちくしょうッ! なるようになれ!」


 俺はギリギリのところで【習得しますか? YES】を押した。


「え……」


 すると、驚くほどあっさり眼前の文字は消えた。


「なにもないじゃん」


 あれほど焦って身構えたのに莫迦みたいだなと、喉の奥から乾いた笑いが込み上げてくる。


 ――ピコン!

視動眼ビジョンシフト】を習得いたしました。


 頭の中に効果音が聞こえたかと思えば、また眼前に文字が浮かび上がる。


「……」


 タイムマシンで過去に来た瞬間、訳の分からない現象に襲われる。

 こんなのはジョン・タイターの本には書いてなかった。


「まさか、時空を越えたことで宇宙外生命体に感知されてしまったとか?」


 その結果、彼らの被検体になってしまったと考えるのはどうだろう。

 先程の選択肢は我々の実験体になりますか? YES/NOだったのではないだろうか。


 仮にこの仮説が正しかったとすると、先程のあの……爆発した死体は宇宙人ということか? いや、宇宙人が被検体として地球に送り込んできた生きものだったのかもしれない。

 もしくは超進化光線を浴びせられたニホンザルだったのかもしれない。


 爆発したのは証拠隠滅のため、予めあの生きものには小型爆弾が仕掛けられていたのだ。

 心肺停止後、数分で起爆する小型爆弾が……。


「だとすると不味いッ!」


 俺は焦ったあまり、宇宙人の被検体001になることを許諾してしまったことになる。


「……ああッ、最悪だ」


 もしこの仮説が正しければ、俺の体内にもあの生きものと同じ小型爆弾が仕込まれたことになる。


「――ッ、ああ、もうッ!」


 とにかく一旦落ち着こうと車内に戻った。


『――……っ………――……』

「――――ッ!?――――」


 すると、今度はどこからともなく不気味な声が聞こえてくる。

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