第2話

「本気で過去をやり直すつもりなの?」

「今さら何言ってんだよ? そのためにタイムマシンを作ったんだろ?」

「あんたがね」


 タイムマシンに乗って過去に向かい、俺は田中が告白する前に彼女に告白する。

 明護あかもりの話だと、小5の夏に転校してきた彼女は俺のことが好きだった。

 であるなら、小6のクリスマス――田中より先に彼女に告白することができたなら、彼女が田中と付き合うことはない。

 俺の芽も花を咲かせることができる。


「つーかこれ、本当にタイムマシンなのよね?」

「見りゃわかるだろ? バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクもびっくりのタイムマシン。使った車種は日本人らしくトヨタのプリウス。(中古だけどな)」

「あー、そういうのはどうでもいいの。てか外道さ、あんたどうやって告るつもりなわけ?」

「は?」


 どうやって告るもなにも、普通に好きだと伝えるつもりだ。

 そりゃ多少は緊張するだろうけど、過去に一度経験していることだし、次こそはスムーズに告白してみせるつもりだ。


 田中と付き合う前の小6のクリスマス以前の彼女は、間違いなく俺のことが好きなんだから、縮こまることはない。


「いや、だからそうじゃなくてさ、これタイムマシンなんじゃないの?」

「だからそうだと言ってるだろ」

「この著者ジョン・タイターの【時間逆行】をちらっと読んだんだけどさ、タイムマシンはタイムリープとは違うんだよね?」


 俺の大切な愛読書をトントンと叩いた明護が、当たり前のことを口にする。

 これだから素人の助手は困るんだよなと、俺はため息をこぼしてしまう。


「タイムリープってのはわかりやすく言うとだな、今現在の意識を過去の自分に飛ばすことをいう。対してタイムマシンは肉体ごと過去に移動するんだ。タイムリープなんかよりも遥かに使い勝手がいいだろ?  なんせ自分が存在しない時代にも移動可能なんだ。

 その気になれば中世や原始時代、果ては1000年後の未来にだって行くことができる」


 考えれば考えるほどに夢があふれる。

 タイムマシンを使えばロトを当てて大金持ちになることだって容易いのだ。


「いや、だからさ、あんたどうやって告白するつもりなの? まさかとは思うけど、21歳のあんたが小学生に告白するつもりじゃないでしょうね?  そんなことしたら変態として捕まるわよ?」

「………」

「ひょっとして考えてなかったの? いえ、その顔を見ればわかるわ。あんた莫迦でしょ?」

「なっ!?」


 この天才科学者――外道戦樹げどうせんきに向かって莫迦とは何事か。

 しかし、困ったな。

 過去に行くことばかりに気を取られてしまい、9年前の彼女が小学生で、現在の自分が21歳だということを失念していた。


「そ、それは……」

「それは?」

「……過去の俺に告白させれば済む話だろ」


 素晴らしき名案だ。

 なのに、明護はあからさまに肩をすくめて嘆息した。


「過去のあんたが素直に従うとは思わないけど? 小学生からすればあんたは未来からやって来たただのおっさんよ。そんなエキセントリックなおっさんの言葉を、ひねくれ者の小学生がハイそうですかって聞くと思う? 聞かないわよ」


 悔しいが、一理あると思ってしまった。


「それにもし告白が成功したとするじゃない? そん時あんたの存在ってどうなるわけ?」

「どうなるって……?」

「あんたがタイムマシンを作るきっかけになったことって彼女のことがあったからでしょ? でも過去に行ってそれをなかったことにするわけじゃない? そうするとタイムマシンはできないわよね? この本にも書いてあるけどさ、そういうのをタイムパラドックスっていうんでしょ? 9年前の過去に行ったあんたはなかったことになるのよね?」

「……っ」


 たしかに明護の理論は正しい。

 その場合考えられる可能性はパラレルワールド。

 未来分岐だ。

 でも待てよ。

 9年前に未来が分岐したとする。一方はクリスマスの日に彼女と田中が付き合う未来。この場合俺は未来でタイムマシンを作ることになる。もう一方は告白が成功した未来だ。

 この場合俺は、今現在の俺の未来は何も変わらないんじゃないのか?


「ねぇ、やっぱりこのタイムマシンは破棄した方がいいんじゃない? なんだか嫌な予感がするのよね」

「ばっ、莫迦言えッ! これを作るのに8年もかけたんだぞ! 俺の青春をすべてかけて作ったんだ! 使わずに終わるなんて科学の父、エジソンに申し訳ないだろ!」

「エジソンは関係ないでしょ。それにパラレルワールドに移行するなら、あんたが過去に戻って告ったってくたびれ儲けの銭失いじゃない」


 だとしても、だとしてもここまで来てやらずに終われるかッ。


「た、例え今の俺が報われなかったとしてもだ。別世界線の俺が救われるならいいじゃないか!」


 そうだよ。

 俺は彼女が生きている世界があることを知りたいのだ。

 この胸の蕾が咲かなかったとしても、その事実だけで俺は救われる。


「まぁ……あんたがそれでいいならいいんだけどさ。虚しくないわけ?」

「うるさいっ!」



 ◆◆◆



 ラボを飛び出した俺は車庫に向かい、タイム装置をプリウスのエンジンにセットする。

 乗り込もうとする俺を呼び止める明護へと振り返る。


「これ、一応持って行ってよね」

「なんだよ、これ?」

「タイムシーバーよ」

「タイムシーバーだぁ? ダサすぎるネーミングセンスだな」

「うっさい。とにかく持ってけ。タイムスリップしたあんたと唯一連絡を取れるモノなんだから」


 こそこそと何かしているとは思っていたが、まさかラボでこんなモノを作っていたとはな。

 せっかくなので有り難く頂戴しておく。


 運転席に乗り込み、タイムシーバーを助手席にポイッと放り投げる。


「あっ、丁寧に扱いなさいよね! 壊れやすいんだから」

「へいへい、以後気をつけるよ」


 エンジンをかけると同時に明護が窓をノックする。


「まだ何かあるのか?」

「過去に戻っても極力自分意外の人間との接触は避けるのよ。あと、無闇に過去を改竄しないこと。いいわね?」

「わかってるよ」

「帰りの分の燃料はトランクに積んでるから、終わったらすぐに帰ってくるのよ」


 こいつは俺の母親かよ。


「もう行くから離れてくれ」


 こういうお節介なところは昔から変わらないな。そこが明護の魅力でもあるのだが。


「じゃあ、またあとでな」

「……ええ」


 俺は軽く片手を上げて明護に別れを告げてから、ぐっとアクセルを踏み込んだ。



 これが壮大な冒険のはじまりとも知らずに。

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