第24話
危険区域に足を踏み入れた俺は、独りごちっていた。
「まるでアイ・アム・レジェンドだな」と。
荒廃した街は昔の栄光を忘れ去られ、黒く薄い霧に包まれていた。その霧は建物を覆い、街路を侵食し、生命力を奪う邪悪な力を宿している。風が吹くたびに、その毒気は不気味な舞を踊り、さまざまな陰鬱な形を描き出した。
遠くからモンスターの恐ろしい雄叫びが響き渡った。その咆哮は街の廃墟に反響し、絶望と恐怖の象徴となっていた。
「中央のエリアが最も深くなっているわ。そこに近づくほど、現れるモンスターのレベルも急激に上がるから、注意が必要よ」
と、明護がガンケースからライフル銃を取り出しながら言った。
「レベルって?」と俺は尋ねていた。
「危険区域は基本的に三層程に分かれているの。一層はここ、あたしたちがいる場所で、魔晶石から最も遠いエリアのこと。次に二層、または中層とも呼ばれるエリアで、一層と三層の間に位置している。最後に三層。魔晶石から1km以内の深層のことよ。
一層にいるモンスターはレベル1。二層はレベル2。三層がレベル3って感じに分けられているのよ。同じゴブリンでもレベル1のゴブリンとレベル3のゴブリンでは強さがまるで違う。瘴気が濃くなるにつれ、モンスターが纏う魔力が跳ね上がるのよ。
それに危険区域は冒険者ギルドから危険度が発表されているの」
「危険度ってのは?」
「出現するモンスターによって危険度がSからFの7段階に分けられているのよ。たとえば富士の樹海にはレッドドラゴンが生息していると言われているわ」
「ドラゴン!?」
「あそこはS級危険区域に指定されているから、近づく冒険者は余程の実力者か、単なる自殺志願者しかいないわ。ちなみにここ、朧夜町に発生した危険区域の難易度はEよ」
「下から二番目か」
その難易度が具体的にどの程度なのかはよく分からなかった。
「とりあえずちょっとスキル発動してみてくれない?」
「え、なんで?」
「そんなの、あたしが見たいからに決まってるでしょ」
「……」
俺が疲れるし腹が減るからできるだけやりたくないと言うと、いざという時上手く使えなかったら意味ないじゃないと、ものすごい剣幕で怒りを爆発させた。
仕方なく、俺はスキル【ファイヤーボール】を使ってみることにした。
深呼吸をしながら手のひらに意識を集中させ、内なる力を覚醒させる。
そんな風に心の奥底から湧き上がる炎をイメージし続けていると、やがて手のひらがじわりと熱を帯びていく。
そして、力強く意志を込めた瞬間、俺の手から小さな火の粒が現れた。それはまるで星のように輝き、熱い情熱が内包された魂へと変化する。その光景に心を奪われ、喜びと興奮が身体を駆け巡った。
「で、できた! できたよ、明護!」
「きれい……」
手のひらから湧き出る炎は次第に大きくなり、燃え盛るファイヤーボールへと変わっていく。
明護は俺の手のひらに浮かぶファイヤーボールをじっと眺めていた。
しかし、やがてその表情が困惑に変わっていく。
「ちょっ、ちょっと外道……それ、大きすぎない?」
ファイヤーボールは気がつくとバルーンボールくらいの大きさになっていた。
「っんなこと言ったって、止め方がわからないんだよ!」
「放つのよ! 空に向かって放ちなさい!」
俺は言われるがままに特大級のファイヤーボールを空に向かって放った。
それはまるで赤い彗星のように空へと消えていった。
「初めて見るけど凄いわね。――って外道!?」
【ファイヤーボール】を放った瞬間、まるでハーフマラソンを走り終えたような疲労感が俺を襲った。
俺は我慢できずにその場に座り込んだ。
「スキルを使った後の疲労感は熟練度が上がると軽減されるから、今はゆっくり慣らしていくしかないわね」
「そ、そうなんだ」
てっきり【ファイヤーボール】を発動するたび、こんなにしんどいのかと焦ってしまった。
しかし、何より――
ぐぅ〜〜〜〜っ。
腹が減っていた。
これならまだ【
「ほら、10秒チャージして」
「あ、ああ」
ほとんど強制的にウィダーゼリーを口に押し込まれた。
◆◆◆
「少しは回復した?」
「なんとか」
俺は近くのマンションで体を休めていた。
かつてこの部屋に住んでいた家族は荷物を置いたまま、慌てて部屋を飛び出したのだろう。少し埃をかぶっていたが、家具もすべてそのままだった。
明護はモンスターを殺すことに慣れなくてはいけないと、バルコニーからモンスターの狙撃を試みていた。
「そっちは?」
「24発撃って命中したのは12発」
「半分か、中々すごいんじゃないのか?」
「仕留められたのは6匹よ。ちょっと微妙じゃない? モンスターの動きに合わせたり、風を読んだりしなきゃいけないから、中々ゲームみたいにはいかないわね」
この世界の明護はFPSゲームが得意らしい。
「あと考えたんだけど、外道のファイヤーボール。あれって炎の大きさによって消費エネルギーが変わるんじゃない? 外道言ってたわよね? もう一つのスキル【
「ああ、全然違った」
先程の【ファイヤーボール】を使用した直後は空腹とかいうレベルではなかった。まるで2、3日何も食べていなかったような感覚だ。あれでは一発撃っただけでまともに動けなくなる。正直戦闘で使うのを躊躇ってしまう。
結局ウィダーゼリーだけではとても満たされず、ここに来てカップラーメンを2つも食べたほどだ。
「もちろんそれも熟練度が増せば少しずつ軽減するとは思うけど、一番の原因はやっぱり大きさにあると思うのよね」
そこで、俺は明護の提案で指先にビー玉サイズの【ファイヤーボール】を作り、ベランダから放った。
「どう?」
「腹は少し空くけど、全然疲れない。これなら5、6発は撃てると思う」
「リキャストタイムがあるから連発は無理だけどね。あと【
明護のいう【
1、移動距離によって消費エネルギーが変わるのかどうか。
2、視界範囲内に移動可能ということは、望遠鏡を使用した場合もスキルは発動するのか。
3、手を握った状態で移動すれば、握っていた相手も移動可能なのか。その場合、任意で切り替えられるのか。
以上の3点が、今回検証する俺の課題となった。
結論からいうと、明護の予想はすべて的中した。
【
そして、スキル使用の体に触れていた場合、一人で移動するか接触者と移動するかをスキル使用者が選択可能となる。この場合は俺だ。
◆◆◆
翌日、明護は大学に休学届を提出した。
「本当にいいのか?」
「別に気にしないで。あたしの目的は前に話した通り、石化病の治療に効果的なスキルやアイテムを見つけることなの。毎日大学に通うよりも、外道と一緒にいる方が可能性が高いと思っただけよ。それに、私は今すごく楽しいの」
明護は本当に楽しそうに笑っていた。
「今日は【ファイヤーボール】をどこで発生させられるのか、また一度に作り出せる【ファイヤーボール】は一つだけなのかを検証しましょう」
明護は【ファイヤーボール】を発生させる場所を手のひらに限定しなくてもいいのではないかと考えていた。
もしスキル使用者の周囲に発生させることができるなら、両手が塞がっている状況でも使用できる可能性がある。その場合、どの程度離れた場所に発生させられるのかが重要になるだろう。広範囲に発生させることができれば、モンスターの背後に【ファイヤーボール】を発生させて奇襲を仕掛けることも可能だ。
また、【ファイヤーボール】のスキル説明欄には、【効果:火球を生み出し放つ】としか記載されていない。明護は個数が明記されていないことに注目していた。
もし複数の【ファイヤーボール】を同時に放つことができるなら、小さな【ファイヤーボール】の命中率を大幅に上げることができるだろう。
これらの能力が可能なら、田中との戦闘時に大きなアドバンテージになると確信している
◆◆◆
それから数日間、俺たちは毎日のように危険区域に足を運んだ。
やることは決まっている。
スキルを使用して熟練度を上げること。できるだけ多くのモンスターを倒して戦いに慣れること。そして、もし可能ならカプセルを手に入れたいと思っていた。
「外道、一匹そっちいった!」
「了解!」
明護が建物の上から狙撃してレッサーコボルトを追い詰めていく。仕留められずに逃げてきたレッサーコボルトを俺が【ファイヤーボール】で倒す。この方法で確実にレッサーコボルトを仕留めていく。
それは本日18匹目のレッサーコボルトを倒した時に起きた。
いつものように絶命したレッサーコボルトの死体が弾け飛ぶと、黄色いカプセルが出現したのだ。
「まだ開けちゃダメよ」
スキルカプセルは一度に開けると習得するしかない。仮にNO――習得しないを選ぶとスキルが消滅してしまうという。
「でも、開けないと何のスキルかわからなくないか?」
「カプセルの底に小さなボタンがあるでしょ?」
「本当だ!」
カプセルの底に僅かに突起がある。米粒以下の小さなボタンだ。
「それを押してみてくれる」
「了解」
言われた通りボタンを押すと、光の文字が浮かび上がった。
パシッブスキル レアリティ★1
【外装魔力】
効果 習得者が使用する武器に自動で魔力を付与する。
「おおっ!」
俺は嬉しさのあまりバンザイしていた。
「おめでとう。これで今まで以上に効率よくモンスターを狩れるわね」
「俺が使っていいのか?」
「当然よ。あたしはもう習得済みなんだから」
ということで、早速【外装魔力】を習得する。
――ピコン!
【外装魔力】を習得いたしました。
これで俺も銃が使えるようになった。
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